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何だか最近、「廃人やっているか、お医者さんやっているか」の
どっちかの生活になっています(泣笑)。
今日は「廃人デー」。
一日、布団の中で生活しました。
昨日、当直で、一睡もしていないためです。
お産がいっぱいありました。
よいことです。
ふらふらと帰るなり、シャワーも浴びず食事もせず、布団に直行。
そして、身体が布団の中に入り切ったか切らないかのうちに、爆睡です。
夕方になって、手が痒くて目が覚めました。
ゴム手袋のアレルギーのため、いっぱいお産があると
いっぱい水胞ができてしまうからです。
いけないと思いつつ、ばりばり掻いてから、
おにぎりと、ストローで飲める野菜ジュースを枕元まで持って来て、
床内飲食(笑)。
数口食べたところで、睡眠欲が食欲を上回り、
再び夢の国へ。
何だかしあわせな夢をみていたところで、
携帯の呼び出し音。
イケメンのけんちゃんからのお誘いでしたが、
「今、忙しいの」
と、大ウソを言って(笑)、断ってしまいました。
目が覚めたついでに、学生時代からの親友、みみ(仮名)にメール。
みみも、何故か同じ産婦人科勤務医です。
近況と一緒に、「こんなことでいいのかな……」と添えると
「今から帝王切開!」という返事が来ました。
みみも大変なのね。
こんなことで、いいのかな〜
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福島県総合磐城共立病院
奈良県大淀病院
大阪府阪和住吉病院
北海道立江差病院
栃木県国立病院機構栃木病院
茨城県北茨城市立病院
栃木県いわき市労災病院
茨城県国立病院機構水戸医療センター
兵庫県西宮市立中央病院
山梨県塩山市立病院
長野県下伊那赤十字病院
本年中に、分娩取り扱いを中止する病院です。
ちょっと調べただけで、また、病院だけでこれだけありました。
今現在の産科医療事情は、まるで第二次世界大戦当時、
戦局が悪くなってきた頃に似ているように思えてならないのです。
患者さんは、長い待ち時間や、遠くの病院までの通院、
産科医不足の心細さに耐えています。
産科医は、長時間労働、頻回の緊急呼び出し、低賃金に耐えており、
社会的生命損失=訴訟・刑事罰の危険と、いつも隣り合わせです。
しかし、どんどん医療事情は悪くなる一方で、改善の目処が立ちません。
次々と戦友が第一線から退いています。
中には、精神的・社会的に重症を負ってしまった産科医もいます。
我々残っている産科医は、
見方によっては、マインドコントロールを受けているかのような状況です。
月10数回当直があっても、
夜中や入浴中やデート中に病院に呼び出されても、
時給がコンビニのバイトより安くでも、
訴訟のリスクと隣り合わせでも、
使命感があるため、誇りと喜びを持って、仕事をしています。
「逃散したくならないの?」と聞かれることがありますが、
逃げたいと思っているわけではありません。
逃げずに、この空前の崩壊を、
何とか止めることはできないのか、と思っているのです。
でも、このままではどうにもなりません。
第二次大戦において、国民の忠誠心に頼っていた結果、破綻したように、
このまま産科医の使命感と良心に頼っていては、
近年中に産科医療は、敗戦直後の焼け野原のような、壊滅状態になってしまうでしょう。
そして、このような危機的な状況が
一般国民にはほとんど知らされていない、という現状も
第二次大戦中にだぶって見えるのです。
明日、元福島県立大野病院、加藤克彦先生の、第一回公判があります。
この裁判こそ、産科医療崩壊の行方を左右する、
重大な局面になるでしょう。
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潤子さん(仮名)が、3人目の赤ちゃんのお産が始まって、入院していらっしゃいました。
ご家族の立会い分娩をご希望されていらっしゃいましたが、
3人目のお産の経過は早く、
上2人のお子さんとパパの到着は、間に合わないかも知れないくらい、順調なお産です。
かなり痛みが強くなり、潤子さんがつらそうな声をあげ始めたその時、
分娩室のドアが勢いよく開きました。
入って来たのは、天使のような男の子2人。
「ママ! ママ!」 と叫びながら、ベットサイドに飛んできました。
潤子さんは、子供たちに笑顔で応えることもできず、
ひーっ、ひーっ、と悲鳴のような声をあげています。
普段とは全くちがうママの様子に、感じ取るものがあるのか、
2人の男の子は、今にも泣き出しそうな顔で、心配しています。
「ママ、ママ! 大丈夫?!」
「ママ、痛いの、泣いてもいいんだよ!」
「泣いてもいいんだよ」。
若干4,5歳の男の子の言葉です。
きっとパパが、そう言う素敵な男性なんでしょうね。
これだから産婦人科は、やめられません(笑)
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先日、Women’s health(女性健康学)の勉強会に出席してきました。
その日の課題は「女性に対する暴力」です。
DV(ドメスティック・バイオレンス)や性暴力に関しての研究は、我が国は非常に立ち遅れており、
この分野に関しては、諸外国の研究なしでは成り立たないのが現状です。
この日は、海外からこの分野の権威の先生がお見えになっていました。
「” Shitsuke”, Japanese traditional domestic violence is・・・」
のっけからこんな言葉が飛び出して、驚きました。
もちろんJokeで言ったことですが、国際学会の会長を務めるような先生の言葉です。
「躾の一環としてやったこと」
「愛の鞭だった」
子供を虐待し、大怪我をさせたり、ひどい場合は命を奪ったりした親の、常套句です。
ですが、躾であろうが何であろうが、
「とにかく体罰は一切だめ」というのが、心理の世界の常識です。
子供は親との関係から、様々な情動や人間関係の基本を身につけます。
他人に対する愛情の基本は、親から注がれる愛情から学びます。
なので、親からたっぷりと愛情を注がれると、他人にたっぷりと愛情を注げるようになります。
主従関係や上下関係の基本も、親との係わり合いから身につけます。
子供にとって親は、「支配者」であり「目上の人」です。
子供が目下の者や自分より弱い者と接する時も、
親との係わり合いがそのまま鋳型になるのです。
「目下の者が自分の言うことを聞かない場合は殴る」ということを刷り込まれてしまったら、
子供は親のやり方しか知りませんので、「言うことを聞かない弱者は殴る」ようになってしまいます。
「そんなことを言ったって、動物並みにものの善悪がわからない年齢であれば、
言うことを聞かない場合は痛い思いをさせるしかないでしょう」
そんな反論も出ていましたが、その先生は柔らかな笑顔で、こうおっしゃっていました。
「今、言うことをきかせることが、その子にとって最良のことですか」。
もちろん、現実はなかなかうまく行かないでしょう。
親に殴られた子供が、必ず暴力をふるう人間に育つわけでもありません。
ですが、昨年、路上生活者が数人の若者に殴り殺されるという痛ましい事件がありましたが、
犯人は全員、親から暴力をふるわれた子だったそうです。
暴力は、連鎖します。
人を殴る子に育てたくなければ、親が子供を殴ってはいけないのではないでしょうか。
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産婦人科部長がお休みの日のことです。
その場合、私が現場のコーディネイトをしないとなりません。
「お願いだから、今日だけは何も起きないでね」。
そう祈ってから、一日の業務を始めました。
始まりからして、私の期待は空しく外れました。
日柄、フル稼動している病院は少ないこともあってか、外来が激混み。
一瞬ひるみましたが、「始めなければ終わらない!」をモットーに、
平常心で、こういう時こそ丁寧に、外来をスタートしました。
粛々と進めること約1時間、隣県で開業されている先生からの電話です。
「妊娠20週で、胎胞が透見できる患者さんがいます。受けてもらえませんか」。
つまり、本来子宮の中に収まっているはずの、羊水と赤ちゃんを包む膜(羊膜)が、
流産しかけて開いてきた子宮口から、肉眼的に見える状態、ということです。
そのままではほぼ確実に流産しますし、
緊急手術をしても、助かるかどうか、という緊迫したものです。
知り合いの先生からのご依頼ですので、お受けしたいのは山々ですが
進行中の分娩もあり、外来の混み具合とその日のマンパワーから考えると、
お受けするのは、かなり無理があります。
他の病院も当たって頂いて、 もしどこも受けられないようなら
再度ご連絡を頂戴するという約束で、
一度電話を切りました。
約1時間後、やはりどこも受けられない、という電話がかかってきました。
そうなったら、引き受けるしかありません。
ほどなくして、救急車でやってきた妊婦さんを、すぐに診察しました。
電話で聞いた状態より、さらに状態が悪化しており、
胎胞が子宮口からせり出して、膣内まで垂れ下がっています。
妊婦さんもご主人も、前医でかなり厳しい話を聞いてきているようですが、
妊婦さんご自身は、急な事態の変化に気持ちがついて行けず、
不安と恐怖で泣き通しです。
「手術をしても、流産を止められるかどうかわかりませんが、どうしますか」
とお聞きしたところ、
こちらが全てを言い終えないうちに
「お願い。助けて下さい」。
すぐに手術室に連絡しましたが、この日は手術室もいっぱいいっぱいで、
脳外科と消化器外科が、緊急opeをやっているということです。
「4時間後くらいなら入れられますけれど」という、困り声の麻酔科の先生に
「そんなに待ったら、赤ちゃん出ちゃいますよ」と言うと、
一方の外科のopeが一段落したところで、そちらをストップして、
無理やりこちらのopeを入れてくれました。
緊張してopeを始めると、最後に診察した時よりさらに張り出した胎胞から、
赤ちゃんの手か足と思われるものが、羊膜を通して透けて見えます。
これを見て、一緒にopeに入った後輩ドクターも、隣で凍りついています。
持ちは怯みますが、ここで私が諦めたら、ひとつの命が確実になくなります。
泣きつづける妊婦さんの身体を、頭を下にしたかなり無理な体勢にしてもらい、
子宮口からせり出した胎胞をなるべく子宮内に収めるようにしながら、手術開始。
子宮口を鉗子で挟みながらこちらへ引っ張り、 胎胞を決して破らないように、
ガーゼツッペルで慎重に子宮内側に収めながら、子宮口に糸をかける手術です。
胎胞を破れば破水ですから、赤ちゃんは助かりません。
しかし、胎胞を子宮口に収めようとしても、そっと押すそばからせり出してしまい、
なかなか思うように行きません。
一方で、子宮口をあまり強くこちらに引っ張ると、軟らかく血流の豊富な妊娠子宮は、
簡単に出血したり切れたりしてしまいます。
ようやく糸がかかった! と思って、慎重にありったけの力で糸を締めたら、
子宮の一部が切れて、糸が外れてしまいました。
さあっと血が流れ、益々視野が悪くなります。
でも、諦めるわけには行きません。
何度目かのトライの時、胎胞を押すガーゼツッペルが、瞬時に水びたしになりました。
破水です。
・・・嗚呼。
病棟に戻って数時間後、体長10数cmの赤ちゃんが、娩出されました。
このくらいの時期の赤ちゃんが流産になった場合、外に出てから動くことがあるのですが、
この児も少しの間、動いていました。
無力感に打ちひしがれながら、ご夫婦と動かなくなった赤ちゃんを残して、
分娩室を出ました。
ちなみに、この間に2件、搬送依頼の電話がかかってきています。
1件は子宮外妊娠、もう1件は子癇分娩後の褥婦さんです。
Ope室ナースも麻酔科医も産婦人科医も緊急ope中、
子癇分娩後には助力を仰ぐかも知れない脳外科の先生達も、緊急ope中です。
だから断らざるを得なかったのですが、
それでもことがあれば
「受け入れ拒否、たらい回し」なんて書かれてしまうんでしょうか・・・