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1 東京近郊で
周産期がご専門の先生が、東京に隣接する県の中核病院にご栄転されました。
ご自宅は都内ですので、当初は通勤される予定だったそうですが、
とても立ち行かないので、病院の近くにアパートをお借りになりました。
いったんそうなると、まったくご自宅にお帰りにならなくなってしまって、
結局ご家族と別々に暮らす、単身赴任の状態です。
それどころか、そのアパートに帰ることすらままならなくなって、
月のうち半分以上は病院で寝泊りしている上、
たまにアパートに帰っても、ope着のまま寝ています(いつ呼ばれてもいいように、です)。
大学医局に、何とか人を送ってもらえないかと交渉しても、
医局の人不足も甚だしく、「冷たい返事」しか返ってこないのだそうです。
「春までに人が増えなかったら、産科を閉めるしかないね」。
20年以上、その道のエキスパートとしてやってきた先生の、
重い言葉です。
2 地方病院で
医局の先輩である真由美先生(仮名)が、
ある日突然、書置きを残して、行方不明になってしまったことがあります。
元々都会育ちの真由美先生は、初めての地方生活を、
赴任される前からご不安に思っていたようでした。
独身の真由美先生は、踏み入れたこともなかったその土地に一人で引越し、
地方の中核病院にありがちな無茶苦茶な労働環境で、しばらく頑張っていらっしゃいました。
それがある日、ふっつりと切れてしまったのでしょう。
その日の外来も、ope予定の患者さんも、医師としての信頼も全て放り投げて、
文字通り逃散してしまったのです。
しばらく静養した真由美先生にお会いする機会があり、
当時のことを言葉少なに、話してくれました。
朝は8:30から病棟処置、その後外来かope。
お昼ご飯を食べられることはまずなく、午後はそのまま外来かope。
18時頃から、体外受精。
それが終わると病棟を回診し、さらにその後毎日検討会・勉強会があって、
午前0時に身が開放されたことは、数える程しかなかったのだそうです。
決して正しい逃散のやり方とは言えませんが、
それでもそうしてしまった真由美先生の心情は、
ご本人にしか、理解できないものと思います。
3 また、別の地方で
妊婦さんの陽子さん(仮名)。
妊婦健診は私の病院で受けて、お産が近くなると故郷に帰って健診・分娩をする、里帰り出産の予定の方です。
順調に経過して、33週を迎えました。
最後の健診にいらっしゃった時に、里帰り先の病院宛ての紹介状をお渡ししました。
宛先の病院名をお聞きすると、際立って産科医療の崩壊が進行している地方の病院です。
えっ、と思って一瞬間を置き、
「今、そちらの地方は大変でしょう」 と言うと
「そうなんです。何かあったら、車で3時間かかる病院に搬送することになるから、そのつもりでいて下さい、って言われました」 という返事が返ってきました。
(このままうちで産みませんか・・・?)
それが隠さざる本音ですが、陽子さんご自身が望んでお決めになったことです。
精一杯支持するのが、私の役目。
「むこうでも、是非このまま摂生して下さい。これまで順調だから、きっと大丈夫。」
祈りにも似た言葉でした。
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