| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 |
共同通信社の記事からです。
<判断遅れ仮死状態で出産 北大病院で医療事故>
北海道大学病院は5日、出産の際に胎児が低酸素状態になっている可能性があったのに帝王切開をする判断が遅れ、仮死状態で生まれる医療事故があったと発表した。同病院は新生児の母親や家族に経過を説明し謝罪した。
北大病院によると、9月に入院した道内の40代女性の出産時に、胎児の心拍数が少なくなるなどの異常が見られた。しかし、担当した産科の医師らはすぐに帝王切開を選択せず、胎児の頭を引っ張って取り出す方法を試みた。このため出産が遅れ胎児は自発呼吸ができない状態で出生、現在も人工呼吸器をつける重篤な状態が続いているという。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
全く同じ体験をしたことがあります。
「ここまで来ているのだから、出るだろう」
「今から緊急帝王切開にしても、赤ちゃんが出るまで1時間近くかかってしまう」
そんな考えで、何とか下から出そうと頑張ってしまいました。
更に、NST(胎児心拍のモニター)は、心拍数の変動を表す曲線が描かれると同時に、
心拍の音そのものが聞こえます。
分娩室でこれを聞いていると、希望的観測も入ってしまうのか、
怒責の後、児心音が回復してくる度に、つい「よし、大丈夫」と思ってしまったのでした。
結果として、その赤ちゃん・裕ちゃん(仮名)は、新生児仮死で出生しました。
帝王切開で生まれた裕ちゃんは、産声を上げることができず、ぐったりしていました。
挿管され、NICU(新生児集中治療室)のある病院に搬送されました。
入院中は、産婦さんの部屋に毎日訪室し、創の消毒をしました。
訪室を拒否されなかっただけ、まだよかったかも知れません。
しかし、針の蓆にいるような時間でした。
病院内も、針の蓆でした。
病棟では助産師さん、看護師さんたちが、気を遣って接してくれるのがわかります。
医局に行くと、私が姿を見せるまでは雑談していた先生方が、
ぴたっと話をやめる気配を感じることもありました。
院長先生や病院管理職の方が事務的に接して下さることに、却って救われる気持ちでした。
病院の弁護士さんと面談し、詳細を話さなくてはなりませんでした。
心身ともに消耗する時間でした。
今でも、裕ちゃんのことを考えない日は、ありません。
ちょっと水の中にもぐっただけでも、すぐ苦しくなりますよね。
それを思うと、脳に障害が残るかもしれないような低酸素状態って、
どんなに苦しいでしょう・・・
元気に育った裕ちゃんの姿を具体的に想像しながら
裕ちゃんは元気になる、裕ちゃんは元気になる、裕ちゃんは元気になる、と
毎日3回、言霊を信じて、言葉にせずにはいられませんでした。
院長先生、病院管理職、当事者の医師数名と、裕ちゃんのご家族との面談がありました。
大変冷静で良識的なご家族ですが、当然のことながらお怒りでした。
「言い訳するんじゃねえ! 殴ってやろうか!」
産婦さんのお舅さんに、他のドクターがそう怒鳴られた時は
心臓が縮む思いでした。
それ以降しばらくは、分娩台の前に立つと、あの時のフラッシュバックが起きて、
平静ではいられなくなってしまいました。
このお産で、赤ちゃんの心音が落ちたら・・・
恐怖としか言いようのない感覚でした。
怖いと、本当に手が震えたり、心臓がドキドキしたり、手先が冷たくなったりするのですね。
夜、ベッドに横になって目をつむると、
帝王切開を決めてから手術室に向かうまでの、苦しそうな心音や、
娩出した時にぐったりしていた裕ちゃんの姿が頭に浮かんで
はっとすることがしばしばでした。
もうだめだ、と思いました。
医局に辞意を表明する前に、
まず、産婦人科医療を一から教えて下さった、敬愛してやまないI先生に、
ことの顛末と自分の気持ちを伝えました。
I先生に大反対されても、気持ちは変わりませんでしたが、
それまでは数ヶ月に1回程度しかお話をしなかったI先生が
毎日のように遠距離電話を下さって、ただ「元気か」とだけ聞いて下さることに心打たれて、
結局今日まで来ました。
裕ちゃんの予後は、まだわかりません。
しかし、裕ちゃんのご家族から、喜びの瞬間と楽しい成長の期間を奪ってしまいました。
既に、償いきれるものではありません。
固定リンク | コメント (39) | トラックバック (0)
コメント
コメント一覧
医学的なことはわかりませんが、なな先生は、精一杯の処置をされたのだから。。そんなに自分を責めないでほしいです。
私は子供がいないので、実感としてわからないのですが、最近のニュースなどを聞いていて、お産や産科の先生は本当に大変だとつくづく感じています。
私は内科医ですが、産科の先生方は本当に大変だと思います。なな先生のような方達がいるおかげで、日本の産科医療はかろうじて支えられています。本当にご立派だと思います。
日本の産科医の現状が改善することを、願ってやみません。
最後に、こんな辛い思いをしながも、産科をやめずに続けてくださって、本当にありがとうございます。国民を代表してお礼を言います。
レトロで反省すべき事は自分にも沢山あります。
でも現在進行形で出来るだけ反省のない様に医療を行っていたのであればそれで良いのではないのでしょうか。
私はその患者さんを自分の家族、血縁に置き換えて診ているつもりです。
それでも甘えが有ると言われてしまえばそれまでですが・・・。
でもその時に出来ることにいずれ限界はあると思います。
余りご自身を責めないようにお願いします。
医師という者少なからず過去に傷を負う者と思っています。
反省のない者には「罰を」とは思いますが・・・・。
こちらに書く事にも大きな勇気がいったでしょう。
伝えてくれてありがとうございます。
ずっとずっと背負ってこられたのですね。
お産は本当に命がけです。
それも二人分の命。
一件、一件、ドキドキハラハラと神経をすり減らしていらっしゃる・・・真剣だからなお更ですよね。
つらい経験のう~んと倍以上の
”なな先生に逢えて良かった”と、おっしゃる方達も
いらっしゃいますよ。
いないと思います。
数々のお辛い経験があっての
今の、なな先生がいる。
人の心の痛みがわかる
なな先生がいる。
そう思います。
高齢出産のリスクも覚悟していたはず
他の先生でも同様の事態になっていたかもしれません。
お産も多種多様ですよね。
同じ人でも一回目と二回目が違うし
その場の判断は難しいですよね。
私の二回目もけっこう大変でした。
帝王切開で出血多量→意識もうろう
確か2リットルの輸血
赤ちゃんもなかなか出てこれず吸引
長引くオペで麻酔もきれて
きつかったです。
前コメントで無事と書いたけど、
全然無事じゃなかったですね。
先生、これからも頑張ってくださいね。
実際の患者さん、ブログの訪問者
数知れないたくさんの応援団が毎日、旗振っていますから
一番応えたのは、ご家族との面談でも院内の雰囲気でもなく、
自責の念でした。
今から自分にできる、最善のことは何か。
これが今の課題です。
同じ医療者からの力強いメッセージに、いたみが和らぐ思いです。
この事件のようなことがあっても、いい医療を提供したい、という気持ちは
変わらないのです。
産婦さんのご自宅を訪問した時に、お姑さんに
「裕を抱いてやって下さい」と言われ、抱かせてもらいました。
その時のことを思うと、辞めることだけが引責の方法ではないような気がして、
今でも産婦人科医を続けています。
先生は麻酔科の先生ですよね。
いつも急に呼び出して無茶を言い、ご迷惑をかけっぱなしの麻酔科の先生に
ご理解頂いて、本当に嬉しい気持です。
>医師という者少なからず過去に傷を負う者と思っています。
ああ、本当にそうだな……と、
身の回りの医師たちを見て、思います。
もう少し時間がたてば、過去として受け止められるようになるのでしょうか……
先生はきっと現場でも、人の気持ちのわかる、いいお医者さんなのでしょうね
。
ブログを始めた時、いつかこの事件のことを書こうと思っていました。
誰も発信していないようなことを書きたい、という気持ちがあったからです。
新生児仮死を出してしまった医師側の状況を発信したい。
そんな気持ちが、書けない気持ちを上回りました。
もっと詳細を書けないのが残念です。
裕ちゃんの予後が確定するまでは、周産期医療の現場に身を置きます。
発達障害が出た場合の、最新の対処方法をキャッチするには
その方が有利ですから。
その先も、本当は大好きなお産を続けたいというのが本音です。
本当に大変な体験をされましたね。
折があるごとに「お産は命がけです」と話していますが、
mizuhoさんも赤ちゃんも、文字通り命がけだったでしょう。
その体験を踏まえて、尚「がんばって」と言って下さるやさしさに、
心温まる思いです。
ああ、真面目に医者やっててよかったな、と思えます。
なな先生がどれくらい辛い思いを抱かれたか、想像しかできませんが、その辛さも抱えながら、産婦人科医を続けてくださっていることがありがたいなと思います。
自分が出産するまで、産婦人科の先生がどれだけ苦労しながら妊婦を助けてくださっていたか、知りませんでした。
病院にかかるときは、「神様にみてもらっているんじゃない、自分と同じ"人"にみてもらっているんだ」ということを忘れないようにしています。もし、何か起こったとしても、一生懸命やってもらってその結果なら、受け入れなければいけないなと思っています。
その分、無事終わったときは、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。なな先生にも、無事育ったわが子を見てほしいという患者さんがたーーくさんいるんでしょうね。
私の話でいいですか?
今日は、”少し物忘れが多くなってしまった80歳老夫婦”の介護保険申請の説明に同行しました。
老夫婦は「こんな歳で物忘れが多なって、すいません。」と、笑顔で何度も言われました。
ご自分を責めないで下さい。・・・そう、言いたかったのに
言葉がつまって言えませんでした。
自分、相手、何か・・・を、責めても解決には繋がりません。
なな先生、ご自分の直感を信じて下さい。
なな先生の張り詰めた背中が伝わって来ます。
深呼吸して、栄養摂って下さい。
この場でご自身の辛い経験を話されるのはすごく勇気の
いったことでしょう。
何が正しくて何が間違ってるかなんて、はっきりできることでは
ありません。
ただ、なな先生は、その時点で最善を尽くされました。
先生を引き止めてくださったI先生は、とても素敵な先生ですね。
なな先生を必要としているのは、患者さんだけではありませんね・・・。
なな先生、頑張りすぎず、頑張ってください。
レス遅れて申し訳ありません。
温かい言葉を、ありがとうございます。
裕ちゃんのお母さんも、今、同じ一歳児のお母さんです。
たまにご連絡をしていますが、
むしろ我々が直接お話するのは控えたほうがいいのか、と
迷うばかりです。
そしていつもながら、思いやりあるお言葉に、胸がつまります。
”少し物忘れが多くなってしまった80歳老夫婦”の介護保険申請の説明に同行しました。
いいですね・・・
兼ねてから、こんな医療が憧れでした。
地方は大変と思います。
少し本物らしい寒さもやってきたようです。
暖かい冬をお過ごしになりますよう。
現場経験のある方から「最善を尽くした」と言って頂いて、
少々肩の荷が下りる思いです。
本文には書きませんでしたが、
この事件は、深夜帰宅しようとした時、他のドクターに呼び止められて
たまたま立ち会ったお産でした。
それ以来しばらくは、duty外のことはやらずにいましたが、
それだと診療が成り立たなくなってしまうのです。
医療の構造上の問題も浮き彫りにする事件でした。
「下から出す」か「帝切か」は産科医にとって大変な岐路ですね。僕ら小児科医は当然「帝切」希望なのですが、母体への負担、リスクを考えると「経腟」を検討したいのでしょうね。
僕も何度か「下から出た」子で苦労した思いがあります。一人はMASで12時間前からNST低下があるのに張り止めで粘られた患児です。出てくるまで小児科連絡されておらず、1分後分娩室についたときは心拍20。
産科医は「赤ちゃん元気そうですよー」と言っていて殴り倒してやろうかと思いました。あの時産科病棟に僕がいなければあの子は確実に死んでいました。
もう一人は死産なのに診せられた患児。同じ産科医でした。NSTで反応がないのにも関らずお産。そして立会いの僕にわたして
「小児科の先生に診てもらいましょう」
といけしゃあしゃあと言われました。当然死亡確認以外することはなく、両親からは詰め寄られ、
「見殺しにした」
と言われ訴訟一歩手前までいきました。
この産科医はななさんのような方とはまったく違うと思いますが、我々小児科医にとって「仮死の子に立ち会う日」は、その患児との「闘いの始まりの日」でもあります。
そんな患児たちを受け持つにつれ、「帝切」を選択してもらうよう我々としては要望してしまうのです。
>我々小児科医にとって「仮死の子に立ち会う日」は、その患児との「闘いの始まりの日」でもあります。
まさにその通りと思います。
我々産婦人科医は、どこか「お産にしてしまえばとりあえず自分たちの手は離れる」という安心感のようなものがあります。
しかし小児科の先生たちは、一人仮死の子が出てしまうと、その先しばらくの予定がすっかり変わってしまいます。
この不条理は、ずっとどこかで感じていました。
そして、その申し訳ない状態を、産婦人科医がどこかでフォローできる場面はなく、
give & take ではない、take onlyになっているのも、紛れもない事実です。
その申し訳なさを抱えつつ、何よりも産婦さんと赤ちゃんにとってベストな選択という点を見つめながら、
経膣分娩を追究する理由を、次回あたりでつぶやきたいと思います。
give&takeでないtake&takeなのは小児科医同士でよく言われることなんですが、それを恐縮して受け止められる産科医もいれば、「そんなのどうしようもないだろう」とごり押しする産科医もいます。
しかし産むからには患児のことを考えてほしいと小児科医からは感じます。自分が産科医になっていたらどう思うか分かりませんけど(^_^;)
助産師さんとも昨日はなしましたが、周産期医療は本当にグレーゾーン、境界域の医療だなとつくづく感じます。だからこそ産科医・小児科医ともに要望があり、ジレンマのあるところだと思います。
世間一般の患者は医療が進んで何でも医者にはわかると思っている所に、医師との大きな隔たりがありますね。ほんとうは僅かしかわかってなくて、出来ることは僅かなのにね。
そんなことですので、先生も無理せずがんばってください。
もっと研究が進んで、胎児の状態がもっともっと正確に診断でいるような手段ができればいいのに、と切実に思います。
しかし最近の産科医療の現状を見ると、研究どころではないですよね。
先日もお世話になったベテランの先生とお話する機会がありました。
その先生は、年間700件近いお産を取り扱っていらっしゃる医院の、院長先生です。
曰く
「ここ数年で産科医療は、きっと焼け野原になるね。でもまあ、できるところまでやるしかないかと思っていますよ」。
どこか寂しそうに笑っていらっしゃいました。
温泉天国先生も、身体を大切になさいますよう。
心音はさがってはいるものの、努責後は回復する。
下からいけると頑張ってクリステレル、アトニンMAX以上投与で、出てきた我が子は、アプガースコア1/1 3/5の重症仮死。
脳の萎縮は激しく、寝たきりの宣告。
ただいま4ヶ月になりますが、新生児レベルの発達です。笑顔もみることもできないでしょう。
私たち家族は、この現実がスタートしたばかりです。この子には長い人生の始まりです。
助けられたこの命、複雑な思いです。
何ということでしょう・・・
今日までと、これからの
りゅうさんとご家族のお気持ちを考えると
言葉もありません。
いくらお心を慮っても
当事者の方以外には
苦悩を図り知ることすらできません。
考えれば考えるほど、コメントできなくなってしまいました。
私は出血が1360mlでほとんど、気を失いかけていました。
赤ちゃんの心音が途中途切れ途切れになっているのがわかりました。
吸引器を3つ以上使っても出てこず、結局は先生が手で引っ張り出した感じでした。
赤ちゃんは真っ白で生まれてきました。産声も聞こえませんでした。先生がへその緒を切ってすぐ人工呼吸しているのが見えました。
赤ちゃんはぐにゃぐにゃ曲げられて、たたかれてなんとか泣かせようとしていました。
そうこうしていると、救急車が来て2人の医師、2人の看護士が、赤ちゃんを抱えて連れて行きました。大きい病院に搬送されたのです。私は気が遠くなる中泣いたのを覚えています。
私は子宮内がぐちゃぐちゃで縫うのに1時間以上かかりました。
貧血もひどくまったく動ける状態ではなく・・・でもおっぱいは張るので、搾乳して主人に毎日運んでもらいました。
心身ともにぼろぼろでした。
主人から赤ちゃんの写真を見せてもらうと、NICUに入っていて、体中にたくさんの管。その写真を見て毎日泣きました。
私は入院が2日延び、赤ちゃんは18日間入院していました。
今は退院して、ともに穏やかに過ごしています。
しかし、赤ちゃんに硬膜下血腫があるので安心はできません。また、MR検査をする予定です。
本当に壮絶な出産でした。
早くに帝王切開という決断はできなかったのか。。。と今でも疑問に思っています。
誕生した時すぐに抱きしめてあげられなかったこと、赤ちゃんにあんなに大変なおもいをさせてしまったこと、本当にかわいそうに思います。
ほかの先生だったらこんな思いはしなかったのに・・・と思わず、この先生だったからこそ赤ちゃんの命がつながった!と思うようにして、家族で納得するようにしています。
今はお身体の調子はいいのでしょうか。
3回吸引、1000mlを超える出血、赤ちゃんの受けた治療、
壮絶なお産であったことは容易に想像できます。
かなさんも赤ちゃんも、よく生き抜かれましたね。
誕生してすぐに抱きしめてあげられなかったのは、本当におつらいと思います。
これからいっぱい抱きしめてあげられますよう。
そして血腫が早く快癒して、元気で、幸せにと
心の底から祈らずにはいられません。
うちの娘は、アプガールスコア0から5分後に1です。
今1歳4ヶ月になりました。
私の子は、産科医療保障からもはずれ、今、移植法案が可決した、ドナー側にあたるというか、近い存在で。
日々、複雑な心境で過ごしています。
でも、ずっと後ろを向いてるわけにはいきません。
けっこう今の生活を楽しみながら、在宅生活を送っています。もう、時間は戻らないですから。
りゅうさんの書き込みは4月だったので、もう読んでもらえないかもしれないけど、なんとか連絡がとれたらいいのにと思ってしまいました。
私はネットで、いろんな方と知り合い、勇気をもらって、はげましあいながら、今があります。
娘に、生きるという事の意味を日々、教えられています。
なな先生、かってな書き込みで失礼しました。
でも、どうしても言いたかったんです。
一人じゃないですよ。みんなが助けてくれますよと。
いくつか、質問をいいですか?
今回の出産で「新生児仮死」ともらった書類には書いてありましたが、産院の先生からは全く説明がありませんでした。
新生児仮死とは重大なことなのでしょうか?
「大変な出産でしたね」と言われただけで、私も主人も無知で特に何も聞きませんでした。
赤ちゃんが退院して落ち着いた今、ネットで調べてみると重大だったのかな・・・と疑問が出てきて。。。
それと、産後2ヶ月たつのですが、まだ悪露がでています。傷がひどかったからかな、と思っていましたがやはり診察を受けたほうがよいでしょうか?
こんな質問で申し訳ありません。
赤ちゃんは元気いっぱいに成長しています。
来週2ヶ月検診、その後血腫がどうなったかMRの予定です。
きっと大丈夫!と思い心配はしないようにしています。
その後、産科に報告に行こうと思っていますが、行くのは迷惑かなぁ、思い出したくないかなぁ、とちょっと迷っています。
新生児仮死となった赤ちゃんを育てているご家族から
直接お話を聞ける機会は、今までありませんでした。
羽さんの言葉の重みを、感じます。
あまりの重みに、言葉に詰まっています。
羽さんが今のようにお思いになるまでには、
どんな苦悩があったのかと思うと・・・
今も、どんな思いで毎日をお過ごしなのでしょう。
コメント、ありがとうございました。
赤ちゃんは元気いっぱいにお育ちとお聞きして、ほっとしました。
まだご心配はあるかと思いますが、「元気いっぱい」、本当によかった。
ブログはつぶやきの場ですので、医学的な質問にはお答しないで来ましたが、
かなさんのお身体のことも含めて、
産科に行かれるのは、とってもにお勧めです。
悪露は診察をお受けになった方がいいと思いますし、
産科医としては、かなさんの赤ちゃんのことは
とてもとても気にしていると思います。
迷惑なんてとんでもないっ
私は新生児仮死を出してしまった方の立場ですが、
赤ちゃんのことは気になって気になってたまりませんでした。
でも、私がご連絡することによってご家族のお気持ちを乱すことを考えると
心がぎゅっと縮んで、ご連絡はできませんでした。
赤ちゃんの具合を間接的に聞ける機会を心待ちにするばかりでした。
産科に行って、そして疑問点があれば遠慮なくお聞きになっては如何でしょう。
多くの産科医は、一生懸命答えると思います。
なな先生は、その後、裕ちゃんとはお会いになっているのですか?
ご自宅に行かれたりしたと聞いて、裕ちゃんが羨ましくなりました。
私もせめて、手紙くらいいただけたら、先生のせいじゃないって思えたのになと。
もう少し、親身になって欲しかったです。
10ヶ月近く、通った病院ですから、いい思い出もたくさんあったので。
以前、書いたかどうか分かりませんが、促進剤の投与は、お気をつけください。
そして、怖さを妊婦さんに、しっかり分かってもらって下さい。
私は副作用で、子宮破裂になりました。
あっという間でした。
もしも、メールをいただけたら、私の経過をお知らせしたいくらいです。
私は、本当にいろんな意味で無知でした。
帝王切開を選んでいたらと、何度、後悔したか・・・。
なんだか暗いことばかり書いてしまいましたが、毎日、そんな事ばかり思っているわけじゃないんですよ。
退院してから、遠出したり、家族4人で、楽しんでいます。
まあ~ほぼ引きこもり生活ですが、友人達が遊びに来てくれて、毎日、楽しく暮らしています。
なな先生に、私なんかが書き込みしたら、いけないかなと思いながら、やっぱり知ってもらいたくて書いてしまいました。
娘も、長期・・と呼ばれる子ですが、りっぱに成長しています。私にとっては不思議ちゃんです~~
陣痛促進剤だけではなく、お産という行為そのものを怖いと思っています。
本当に、何が起きるかわかりません。
来院された時には既に赤ちゃんの心臓が止まりかけていたり、
持病が急激に悪化して、母体が生命を落としたりすることもあります。
帝王切開も怖いものです。
思いもしなかった大出血になったり、
術後に母体が突然死することもあります。
「お産は母児共に生命がけ」って、その通りなんですね。
お友達が遊びに来てくれる、というお話、心温まりました。
すみませんでした。
言葉って難しくて、うまく伝えれるか自信がないのですが、何があるか分からないという点では、すべてというわけではないですが、分かってきています。
娘の事がきっかけで、大勢の障害児ママと知り合い、お産事故例を知りました。
もちろん先天的な例も含めてです。
ただ、私の場合だけを書いた方が良いかと思って、はぶきました。
私を担当してくれていた、助産師さんが言ってました。
『一人、一人、お産は違っていて、当たり前という事はない。私達は、もっともっと気を引きしめないといけない』
と。
これって妊婦(患者)側にも言えることで、自分の体の事なんだから、あらゆる事を調べておかないといけない。
その中の一つが、促進剤で、どのような副作用が起きて、結果、どのようになるのかまで、知っておかないといけないと思ったのです。
私は二人目という事もあり、かなり気がゆるんでいました。
何もかも、お医者さんまかせ。
産むのは自分なのに・・・
すみません、書いてるうちに愚痴になってきたので、もうやめます。
失礼しました。
丁寧に答えていただけて嬉しく思います。
ありがとうございました。
羽さんのコメントでもありましたが、裕ちゃんのご家族、裕ちゃんはなな先生に想われて、羨ましくなりました。
私も羽さん同様、先生からお手紙やお電話などもう少し、親身になっていただけたらなぁ。。。と思いました。
10ヶ月通った病院。長男の時もその産院でとても信頼していました。なので、悪く思いたくないですし、なんだか後味の悪いままで心残りです。
なな先生の「産科医としては、かなさんの赤ちゃんのことは
とてもとても気にしていると思います。
迷惑なんてとんでもないっ」というお言葉を励みに、避けてきた赤ちゃんを連れての来院ですが、赤ちゃんの2ヶ月検診の後、成長報告を含め私も検診に行ってきます。(産院の先生、助産士さん、看護士さんは立ち会ってくださった方以外、赤ちゃんを見ていないので)
なな先生に相談してみてよかったです。
もしかしたら、産院の先生は会いたくないかも。。。と不安でした。
1歩踏み出してみますね。
本当にありがとうございました。
羽さんのお話をお聞きして、お産の事故は、こんなにも当事者の妊婦さんが自責の念にさいなまされるものなのだと知り、驚くと共に、胸がしめつけられます。
羽さんは、何も悪くないのに。
医療者を責めるのではなく、自分を責めてしまうような責任感の強い方の方が苦しむなんて、あまりやるせないですね。
普段は友達に囲まれ、ご家族で遠出をして楽しく過ごしているという日常をお聞きできたのは、私にとっては貴重なものです。ありがとうございました。
裕ちゃんに会いに行ったり抱っこさせて頂いたことは、私の自己満足に過ぎないと思っていました。医療者側の気配の感じるものは不愉快ではないかと思うと、ぎゅっと委縮して、お手紙を書くのもものすごい勇気が要りました。その行為を肯定して下さったかなさんと羽さんに、どう感謝していいのかわかりません。
是非、元気いっぱいに育った赤ちゃんを、担当医に会わせてあげて下さい。私だったら、嬉しくて泣いてしまうかも知れません。元気な赤ちゃんの姿を見ると、神聖さに心が洗われるような気持ちになります。そして、自分の医療を素直に省みて次に活かしていく糧になると思います。
なんとはなしにネットサーフィンでここにたどり着きました。私は4カ月前に帝王切開で子供を出産しました。
子供はアプガースコア1/0、5/0、10/0、15/2の重症新生児仮死でした。今の状態は自発呼吸は微弱にあるものの、レスピレーター管理で、おぎゃーと泣くことはおろか、哺乳もできず、自分で動くことなど全くできない、ほとんど脳死に近い植物状態です。7年間の不妊治療の末にやっとできた待望の赤ちゃん。危ない出産は絶対したくなかったので、NICUがある総合病院での安全な出産を選んだつもりでした。ふたを開ければ、陣痛促進剤を使用しているのに、分娩監視装置をつけないような、当直もいないような、さい帯が落ちてきているのを知っていながら医師を呼ばないような未熟助産師がいるような産婦人科でした。心拍70で発見され、帝王切開までに一時間20分もの時間がかかりました。私はほとんど無麻酔のような状態で腹を切られ、産声を上げない真っ黒なわが子を見ました。そして、蘇生の間「駄目だ!駄目だ!」という先生の声を聞かされ、手を押さえつけられ、やっと会えるわが子がどうなるのか不安で怖くて、「なんで駄目なの?」と叫んだ私の気持ちがわかりますか?
わたしは出産の4時間も前にもうお腹を切ってください!なにか怖いことがあるなら切ってください!って懇願したのに、「この程度なら大丈夫」と言って切ってくれずいなくなってしまった先生を怨むなと言うほうが無理ですよ。子供は生まれて間もなくから薬づけ。たくさんのルートにつながれ、毎日入るはずのお風呂にも、まだ3回しか入ったことがなく、毎日唇が渇き、はがれ、舌の皮まで剥がれるときがあるくらい。まさに生き地獄です。私は看護師ですが、こんなふうに生きる子供がいることを今まで全く知らなかった。きっと当事者にならないとわからないんですよ。医者に対しベストを尽くしたんだから罪はないという人もいるでしょうが、私はそうは思いません。大きな罪があると思います。その罪を一生背負って、今後間違いが起こらないよう、判断を誤らないよう、医療を続けていってください。こんな思いをしている家族がいること、罪のない赤ちゃんがこんな地獄を味わわないですむように、どうか安全な医療を。そして誠実な医療を志していただきたい。
新生児仮死は非常に多様です。
一人一人の顔が違うのと同じくらい
ケースによって全くお話が違います。
とらママさんと、とらママさんの赤ちゃんと、担当した医療者、
裕ちゃんのママと、裕ちゃんと、私、
それぞれなのだと思います。
コメントを書く