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2006.11.18 22:27 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 4

患者さんのペースに合わせる

患者さんに、死なれてしまったことがあります。

 

 

誓子さん(仮名)は、妊娠糖尿病の妊婦さんです。

近所のクリニックに健診に通っていたのですが、尿糖が続くため検査をしたところ、妊娠糖尿病と診断され、

総合病院受診を勧められて、紹介されていらっしゃいました。

食事療法と精査のため入院され、病棟では私が受け持つことになりました。

入院していらした時は、医療者に対して明らかに警戒していました。

前医で、かなり厳しいことを言われたためのようです。

妊娠前から太めの体型だったところに、妊娠してからの体重増加が標準ペースを上回っていました。

女性にとってはただでも気になるこの点を、厳しく指摘され、傷ついていました。

また、妊娠糖尿病ではあり得ることですが、赤ちゃんが標準より大きく、羊水も多めでした。

それだけならいいのですが、胎児奇形を伴うこともありますので、注意深く赤ちゃんを診る必要があります。

誓子さんの病識を促すためか、「赤ちゃんに異常があるかも知れない」と、シビアな説明がなされていたようです。

つまり、妊婦さんにとって、一番目と二番目に気になる点を厳しく言われたも同然ですので、

医療者に心を許せなくなってしまったのでしょう。

何を話しかけても、硬い表情で最小限のことしか答えてくれません。

どうしたら誓子さんの心をほぐせるだろう?

まずは、本当に赤ちゃんに異常があるかどうかを、確かめることにしました。

胎児エコーの専門家に、1時間くらいかけてじっくり診てもらったところ、 

「確かに大きいし、羊水も多めだけれど、これといった異常は見つかりませんよ」

という返事が返って来ました。

少し誓子さんの表情が和らぎましたが、硬い態度は相変わらずでした。

そこで、毎日毎日しつこく胎児エコーをすることにしました。

誓子さんと一緒に、赤ちゃんのうつっているエコーの画面を見ながら説明しました。

これが頭で、これが手のひら。あ、今、子宮の壁を蹴りましたね。

毎日こんな会話をしていると、そのうち誓子さんもエコーがわかるようになってきて、

「あ~、今、口あけた!」などと、笑ってくれるようになりました。 

誓子さんの態度がすっかり和らいでも、さらに毎日毎日エコーをしました。

この誓子さんとの穏やかな時間に、逆に私の方が癒されるようになってきた頃、

誓子さんは、大きな赤ちゃんを見事ご出産されました。

 

産褥1ヶ月健診で、誓子さんが言ってくれた言葉です。

「なな先生がいなかったら、きっと私、自殺していたと思います」。

目をうるませながらも笑顔で、一段と大きくなった赤ちゃんを抱いて、帰って行きました。

 

 

  祥子さん(仮名)は、経過が順調な妊婦さんです

それなのにいつも表情が暗く、妊婦さん特有のやわらかいオーラが感じられません。

当時勤務していた病院の外来は、非常に混んでいましたので、ゆっくりお話を聴く時間がないのですが、

あまりにも気になるので、すこしゆったりした雰囲気で、祥子さんが話しやすくなるように心がけていたら

少しずつ、身の上の話をしてくれるようになりました。

結婚を機に、一度も来たことのなかったこの土地に引っ越してきたこと、

ご主人はお仕事が忙しく、1日中ほとんど顔を合わせる時間もないばかりか、ひと言も話をしない日が続いていること、

小さいアパートの一部屋を借りて住んでいること、

この土地には当然友達もいなければ、街を歩いてもどこに何があるかもわからないこと、

実家や友達に電話をしても、胸の内を言えずにいること。

「毎日、朝起きてから夜寝るまで、どんなことをしていますか」とお聞きしたら、

朝、ご主人を送り出した後、一日のほとんどを狭いアパートの一室で、一人で過ごしているのだそうです。

誰とも口をきかない日も珍しくないようで、それでは気持ちが沈んでも当然です。

当時は私も未熟で、祥子さんの置かれた環境の厳しさを、正確に読み取ることができませんでした。

私のしたことは、ただ妊婦健診の回数をちょっと頻回にして、祥子さんが外に出かける機会を増やしたこと、だけ。

健診のたびに、祥子さんが話してくれる時間が長くなってきたので、むしろそれを嬉しく思っていました。

祥子さんが無事にお産された後は、経過が順調だったこともあり、祥子さんのことも忘れかけていました。

 

産褥1ヶ月健診で、祥子さんが言ってくれた言葉です。

「私の話を聞いてくれたのは、なな先生だけでした。先生がいなかったら、きっと自殺していたと思います」。

目をうるませていました。

そして、笑顔ではありませんでした。 

 

その3ヶ月くらい後だったと思います。

祥子さんが赤ちゃんを置いて、電車に飛び込んだのは。  

 

 

患者さんのペースに合わせる。

一生向き合うべき、重い課題です。         

 

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