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2006.09.15 23:57 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 8

忘れられない患者さん (2)

志保さん(仮名)は、卵巣癌の疑いでクリニックから紹介されていらっしゃった、

若い患者さんです。

前医で病名を告げられており、初診時から硬い表情でした。

 

ひと通りの検査が済んだところで、

今後の治療予定や副作用についてご家族を交えてお話ししようとしましたが、

こちらが話す予定だった内容にはほとんど関心を示さず、

自分は治るのか、いつまで生きられるのか、と、繰り返し質問されていました。

2,3歳の小さなお子さんがいらっしゃることもあり、当然のご不安と思います。

 

無事手術が終わり、その後は化学療法を何回かやる予定でした。

そのために、志保さんは何度か入退院をしていたのですが、

治療が進んでいるにも関わらず、回数を負うごとに、

どんどん表情が暗くなっていくのが気になっていました。

 

次の化学療法の予定をたてるために、外来にいらっしゃった時のことです。

診察室に入って来た瞬間、いつにも増して表情が硬いと思ったら

転院したい、とおっしゃいました。

一点を見つめ、思いつめた表情がとても気になりましたが、

ご本人の希望ですので、その場でそれまでのデータと紹介状を用意しました。

出来上がったところで、再度志保さんを診察室にお呼びして、

「どうか最善の治療をお受けになりますよう」と言って紹介状をお渡ししたら、

「何ですか、その態度は?!」。

「・・・・(えっ・・)」

志保さんは、病院と私に対する不満を、一気にぶちまけました。

先生はいつも回診の時えらそうだった、

看護婦さんに薬をお願いしてもなかなか持ってこなかった、

痛いと言ったのに、軽くあしらわれた、等等。

そして出て行く時に

「これで先生の顔見ないで済むかと思うと、せいせいします」。

 

大きな岩が、頭の上にガツーーンと落ちてきたようなショックでした。

患者さんには、やさしく親切に接してきたつもりでした。

診察や処方の約束は必ず守るように、

小さな訴えも真剣に聞くようにと、

心がけてきたつもりでした。

消灯後、眠れない志保さんと一緒に庭に出て、

1時間近くドライブの話をしたのも、ついこの間のことでした。

ところが志保さんの目から見たものは、全くちがっていたということです。

 

ショックで使いものにならなくなった私を見て、

部長先生は「何だよ、そのくらい」と叱咤してくれるし、

後輩ドクターたちは「先生、元気出して下さいよ~」と励ましてはくれますが、

一向に耳に入りませんでした。

その日は、その後何をしたか、よく覚えていません。

 

日々の忙しさに紛れ、ショックも次第に薄れてきたある日、

外来受付嬢から、興奮気味の声で連絡がありました。

志保さんがいらっしゃっている、というのです。

心気亢進を隠して外来に行くと、

見違えるほど痩せ細った志保さんが立っていました。

硬い表情はあの時と変わりませんが、

それに加えて覇気がなくなっています。

以前出した診断書について聞きたいことがある、とのことですが、

到底必要とは思えない内容を、うつむいたままぽつり、ぽつりとお聞きになるだけです。

不審に思いながらも、心して丁寧に答えましたが、

会話は途切れがちです。

今、どうしていらっしゃるのかとお聞きしたら、

あの後さらに病院を2つ変えて、それでも治療が受け入れられず、 

今は心の治療に専念している、とのことでした。

 

話が尽き、席を立った志保さんが、今にも消え入りそうな声で言いました。

「・・・あの時は、すみませんでした」

志保さんがずっと苦しんで来たことが、一瞬でわかりました。

「あれは志保さんが言ったんじゃなくて、病気が言わせたことですから、気にしていませんよ」とさらっと言うと、

志保さんは初めて顔を上げてくれました。

志保さんの両目に、あっという間に涙があふれてきました。

 

後で受付嬢に聞いた話ですが、この日しばらくぶりに来た志保さんは

「本当になな先生が会ってくれるのですか」と何度も聞いていたそうです。

 

自分の言動が患者さんに及ぼす影響を思い知ると同時に、

志保さんをそこまで追いつめたものを思うと、

今でもやり切れない気持ちになります。

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