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2006.09.30 19:55 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  なな  | 推薦数 : 7

「内診しない」のが助産師の技術

手袋をしないで済むお産が好きです。

 

お産は、経過が順調であれば、産婦さんと助産師さんのもので、

医者の手は必要ありません。

会陰切開や急速遂娩を要する場合には、医者の介入が必要ですが、

特に経産婦さんの場合には、医者は「ただ立ち会うだけ」のお産が理想と思っています。

 

規則なので、お産の時は必ず分娩室に医者が呼ばれます。

でも、様子を見て「いける」と思うと、分娩そのものは助産師さんに任せて、

私は手袋をせずに産婦さんの頭の方に立って、赤ちゃんが出るまで産婦さんを励ます役に回ります。

助産師さんたちも心得ていて、私がこの体勢に入ると、

必死で会陰保護をして、産後に縫合がいらないよう、頑張ってくれます。

見事無傷で分娩が終わると、上手に力をぬきながらいきんでくれた産婦さんをねぎらい、

♪私の大好きな手袋をしないお産~~♪

などと言いながら、分娩室を出ます。

助産師さんとの信頼関係を実感する、うれしい瞬間です。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

 

看護師による内診の可否が、問題になっています。

様々な意見が出る中で、

「助産師は、自分たちのテリトリーを守りたくて、看護師の内診に反対しているのではないか」

という意見があるようですが、

私の目には、少なくとも現場の助産師さんたちは、そんな狭小なことは考えていないように見えるのです。

「内診は、医師・助産師にしかできない高度な技術」というのが

内診助産師限定主義の人たちの主張です。

しかし、優れた助産師さんとは、

「いかに内診しないで児娩出まで持っていくか」という技術に

長けた人たちです。

内診は、膣の中に他人に指が入る行為ですから、

痛みや不快感がつきものですので、

より快適なお産を目指すのであれば、内診の機会は

なるべく少ないに越したことはありません。

ですので、できる助産師さんは、内診によってではなく、

産婦さんの訴え、息遣い、表情、肛門圧迫感などから分娩の進み具合を見事に判断し、

そろそろかな、と思うと会陰の消毒(つまり赤ちゃんが出る準備)を始めるのです。

この技術は、産科医でも到底叶いません。

もちろん急変があって、内診が必要になることもありますが、

この場合は医者も呼ばれますので、

内診するのが助産師か看護師か、という議論は、

経過が順調であることが前提です。

 

「産婦さんのため」という焦点のぼけない議論がなされ、正しい結論が出ることと、

一日も早く、医療者がゆるぎない気持ちで診療にあたれることを、願うばかりです。

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2006.09.24 15:01 |  診療  |  仕事 / 職場  |  医療事故  |  なな  | 推薦数 : 9

産婦人科医の、うたかたの寝言

先週も金・土・日・月、

今週も金・土・日・月と、4日連続当直です(本当なんです)。

元々ワーカー・ホーリック気味の私、

土曜も日曜も朝も昼も夜もお産を取っている自分も、悪くないと思っています。

 

とは言え、こんな生活を続けていると、

思考が現実と乖離してくることがあります。

  ・

  ・

  ・

もし私が、医療事故→業務上過失致傷・致死で逮捕→懲役刑にされたら、

刑務所に入ることになるわけだけれど、

そうしたらいっそ、デパートの紙袋作りなんかじゃなくて、

最近不足して困っている、産科医の仕事をやらせてもらえないかな。

名づけて「刑務所内産院」。

まさに24時間体制で産院が可能!

それに、自分が健診で診た妊婦さんは、全員自分でお産がとれるわけで、

これぞ産科医のロマンというもの(笑)。

さらに、既に捕まっちゃっているんだから、もう捕まりようがないわけで、

萎縮医療にならず、存分に腕をふるえるかも。

そうそう、他の科のドクターもいっぱいいるはず。

タクシーの運転手さんが、運転の機会が多ければ多い程、交通事故が多くなるのと同じで、

医者も臨床経験が多ければ多い程、事故→逮捕の確率も上がるわけだから、

きっと自分と同じ「臨床大好きドクター」が、各科勢ぞろいすることだろう。

そうすると産院じゃなくて、「刑務所内総合病院」のがいいわね。

被刑事罰医者同士の連帯感も相俟って、院内のムードは和気あいあい、

他科コンサルトは超スムーズ。

ん~、いいかも。

シャバでも土曜も日曜も朝も昼も夜もお産、

塀の中でも土曜も日曜も朝も昼も夜もお産・・・

 ・

 ・ 

 ・

産婦人科医の、うたかたの寝言です。

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2006.09.21 21:32 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 8

スピード違反で捕まった話

あるんです、はい。

その日は、同期のSくんと、ちょっと離れたところにドライブに行きました。
2人とも病院に呼ばれないはずの日に会えるのは、
数年ぶりだったと思います。

今頃と同じ、季節は秋でした。
高い空。
少しひんやりし始めた空気。
車窓から見える植物は、すすきに、コスモス。

近くに砂浜があったので、出ました。
ジーンズをまくり上げて、足首まで海に浸かって、
Sくんも私も、大はしゃぎ。

ひゃあひゃあ言いながら車に戻って砂を払い、タオルで足を拭いていると、
鳴らないはずのSくんの携帯が鳴りました。
一瞬で空気が緊張します。
「えっ?    うん、うん……わかった、すぐ行く」
聞くと、常位胎盤早期剥離だそうで、
携帯がつながる医者には、全員に連絡しているようでした。

一秒でも早く、ope室に行かないとなりません。
いいからスピードを出しました。
緊張してハンドルをさばいていると、近い距離に警官の姿。
当然、車は止められました。
そしてもちろん、事情を話しました。
「XX病院のS先生と、私はT病院のななです。
S先生が緊急事態です。後で出頭しますので、行かせて下さい」。
ところが、Sくんや私よりも10歳は若そうな警官は
それを許してくれませんでした。
「規則は規則ですから」。
止められること、約5分。

以下は、後でSくんに聞いた話です。
緊急帝王切開でしたが、赤ちゃんは亡くなりました。
ope室に入室して、消毒をする直前の胎児心音確認の時は、
遅めながらも、心拍が聴取できたそうです。
この後、ope開始から児娩出まで、3分。
つまり、消毒から児娩出までの数分の間に、
赤ちゃんは亡くなったことになります。

誰も、悪くありません。
あの若い警察官は、法律を、職務を守りました。
警察官が、我々を行かせてくれたところで、
赤ちゃんの救命はできなかったかも知れません。

でもこれを、ひとつの真実として、あの若い警察官に知らせるべきか否か。
Sくんも私も、ことの重大さにどうしていいかわからず、立ちすくんでいます。

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2006.09.17 15:02 |   |  なな  | 推薦数 : 8

「医療崩壊」と言うよりは

今日は、毒を吐きます。

 

<序の口>

その日も、外来は混んでいました。

恩師I先生の

「患者さんを待たせること即悪、ではない、

待った甲斐があった、と思わせる医療をやればいいのです」

という言葉を胸に、粛々と診療に当たっていました。

そこへ、出血とお腹の張りのある妊婦さんがきました。

急患ですので、すぐに診察室に呼びました。

妊婦さんに症状を聞いていると、診察室のドアをノックする音が。

こちらの返事を待たず、ドアが開けられ、

初老の女性が入って来ました。

何事かと思っていると、

「私の方が先です。先に診て下さい」。

 

状況を説明して、お待ち頂きましたが、

問診表を見ると、「65歳、癌検診希望」とありました。

急ぐ事情があったのかも知れませんが、

65歳の方のやることでしょうか?

 

<ミドル・レベル>

社会的地位のある某氏の、ご家族がいらっしゃいました。

順番通りにお呼びして、標準的な診療をし、

通常通りの説明をして、診療を終わりました。

約1時間後、まだ外来中でしたが、

受け付けのあたりから、穏やかではない男性の声が聞こえてきます。

聞くと、件の某氏ご本人が、先ほどの患者さんと一緒にお見えになっているとのこと。

他の患者さんをお待たせしていますので、お話は後にしたいところですが、

騒がしいのもなんなので、某氏とご家族をお呼びしました。

憤懣やる方なし、という形相で入って来た某氏は

開口一番、

「あんたは、当たり前の診療しかしなかったそうだな」。

 (・・・は?)

「何故、それなりの扱いをしないんだっっ!」

 (それなりって、それなりって、どういうこと??)

「普通の患者と同じ扱いじゃ、困るんだよ」

 (患者さんは普通ですけど、あなたは異常ですな)

こんな調子でまくしたてるので、呆気にとられていると

「あんたじゃ話にならん。院長を呼べ、院長を」

こうなると、社会的地位のある人でもなければ知識人でもない、

ただのチンピラです。

早々にお引取り頂くのが一番。

心のこもらない謝罪をすると、満足して、帰って行きました。

 

<とどめ>

手術の予定を決めた患者さんから、電話がかかってきました。

手術の予定をずらして欲しい、と言います。

日にちも迫っており、その患者さんの病状に変化があるわけでもありませんので、

予約がいっぱいで変えられない旨お話ししたのですが、

なかなか納得してくれません。

理由は、どうしてもぬけられない仕事が入ってしまったとのこと。

仕事でぬけられない大変さは、よくわかるのですが。

では土日はどうか、その日の予定の手術が終わってからやってもらえないか、などと、無理な主張をしてきますが、

当然そんなわけにはいきません。

そこで、決めの脅し文句のつもりで、

「ご希望の日に手術を入れるとなると、他の患者さんやご家族、

うちの科と麻酔科の医者、ope室の看護師たちの予定も、

全てずらすことになりますよ」

と言ってみたのですが、なんと

「では、それでお願いします」。

 

ちなみにこの方、どうしてもだめとわかると、

大声で泣いて怒って、電話をたたき切りました。

 

 

医療崩壊、と言いますが、

崩壊しているのは医療でしょうか?

 

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2006.09.15 23:57 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 8

忘れられない患者さん (2)

志保さん(仮名)は、卵巣癌の疑いでクリニックから紹介されていらっしゃった、

若い患者さんです。

前医で病名を告げられており、初診時から硬い表情でした。

 

ひと通りの検査が済んだところで、

今後の治療予定や副作用についてご家族を交えてお話ししようとしましたが、

こちらが話す予定だった内容にはほとんど関心を示さず、

自分は治るのか、いつまで生きられるのか、と、繰り返し質問されていました。

2,3歳の小さなお子さんがいらっしゃることもあり、当然のご不安と思います。

 

無事手術が終わり、その後は化学療法を何回かやる予定でした。

そのために、志保さんは何度か入退院をしていたのですが、

治療が進んでいるにも関わらず、回数を負うごとに、

どんどん表情が暗くなっていくのが気になっていました。

 

次の化学療法の予定をたてるために、外来にいらっしゃった時のことです。

診察室に入って来た瞬間、いつにも増して表情が硬いと思ったら

転院したい、とおっしゃいました。

一点を見つめ、思いつめた表情がとても気になりましたが、

ご本人の希望ですので、その場でそれまでのデータと紹介状を用意しました。

出来上がったところで、再度志保さんを診察室にお呼びして、

「どうか最善の治療をお受けになりますよう」と言って紹介状をお渡ししたら、

「何ですか、その態度は?!」。

「・・・・(えっ・・)」

志保さんは、病院と私に対する不満を、一気にぶちまけました。

先生はいつも回診の時えらそうだった、

看護婦さんに薬をお願いしてもなかなか持ってこなかった、

痛いと言ったのに、軽くあしらわれた、等等。

そして出て行く時に

「これで先生の顔見ないで済むかと思うと、せいせいします」。

 

大きな岩が、頭の上にガツーーンと落ちてきたようなショックでした。

患者さんには、やさしく親切に接してきたつもりでした。

診察や処方の約束は必ず守るように、

小さな訴えも真剣に聞くようにと、

心がけてきたつもりでした。

消灯後、眠れない志保さんと一緒に庭に出て、

1時間近くドライブの話をしたのも、ついこの間のことでした。

ところが志保さんの目から見たものは、全くちがっていたということです。

 

ショックで使いものにならなくなった私を見て、

部長先生は「何だよ、そのくらい」と叱咤してくれるし、

後輩ドクターたちは「先生、元気出して下さいよ~」と励ましてはくれますが、

一向に耳に入りませんでした。

その日は、その後何をしたか、よく覚えていません。

 

日々の忙しさに紛れ、ショックも次第に薄れてきたある日、

外来受付嬢から、興奮気味の声で連絡がありました。

志保さんがいらっしゃっている、というのです。

心気亢進を隠して外来に行くと、

見違えるほど痩せ細った志保さんが立っていました。

硬い表情はあの時と変わりませんが、

それに加えて覇気がなくなっています。

以前出した診断書について聞きたいことがある、とのことですが、

到底必要とは思えない内容を、うつむいたままぽつり、ぽつりとお聞きになるだけです。

不審に思いながらも、心して丁寧に答えましたが、

会話は途切れがちです。

今、どうしていらっしゃるのかとお聞きしたら、

あの後さらに病院を2つ変えて、それでも治療が受け入れられず、 

今は心の治療に専念している、とのことでした。

 

話が尽き、席を立った志保さんが、今にも消え入りそうな声で言いました。

「・・・あの時は、すみませんでした」

志保さんがずっと苦しんで来たことが、一瞬でわかりました。

「あれは志保さんが言ったんじゃなくて、病気が言わせたことですから、気にしていませんよ」とさらっと言うと、

志保さんは初めて顔を上げてくれました。

志保さんの両目に、あっという間に涙があふれてきました。

 

後で受付嬢に聞いた話ですが、この日しばらくぶりに来た志保さんは

「本当になな先生が会ってくれるのですか」と何度も聞いていたそうです。

 

自分の言動が患者さんに及ぼす影響を思い知ると同時に、

志保さんをそこまで追いつめたものを思うと、

今でもやり切れない気持ちになります。

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2006.09.13 21:12 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 3

アキちゃん、お見事

妊婦健診には、小さいお子さんを連れてくる方がよくいらっしゃいます。
大きいお腹で、小さい子を連れて外出するだけでもかなり大変なはずです。
おまけに病院は、待ち時間が長くなってしまいますので、
2人目、3人目を妊娠されて健診にいらっしゃる妊婦さんには、脱帽です。

先日も、3歳くらいの男の子を連れた妊婦さんが健診にいらっしゃいました。
男の子は、診察室に入った時からご機嫌ななめでしたが、
診察中にぐずり出し、しまいに泣き出しました。
隣の部屋の診察まで邪魔しそうな大きな声で、わーんわーんと泣きます。
お母さんがなだめても、全く聞きません。

すると、お腹を出そうとしていた妊婦さんが、ちょっとすみません、と
身体を起こして、診察室の外に顔を出しました。
アキちゃん、と呼ばれて入って来たのは、5歳くらいの男の子。
無言で入ってきたアキちゃんは、お母さんと、火のついたように泣きじゃくる弟を一瞥すると、
弟の手をむんずとつかんで、外に行ってしまいました。
弟は泣き続けていましたが、アキちゃんに手を引かれてそのままついて出て行き、
泣き声が遠くなりました。
この間、約10秒。

アキちゃん、お見事!


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2006.09.05 20:41 |  診療  |  仕事 / 職場  |  なな  | 推薦数 : 13

撤退直前の日々について

医局関連病院から撤退した時のことを、以前つぶやきました。
そこでは短く「人員削減後は、地獄でした」とだけ書きましたが、
今日は「地獄」の具体的な様子を記しておきたいと思います。

その地方の中核病院でしたので、あらゆる産婦人科患者さんが来ました。
妊婦さんはもちろん、婦人科癌、不妊症、更年期障害、子宮筋腫や卵巣のう腫、生理不順。
残された産婦人科医は、私を入れて2人です。

病棟では、癌患者さんが毎日4,5人ずつ化学治療をしていましたので、
朝出勤すると、まず抗癌剤の準備から始まります。
抗癌剤の入ったびんを2、30本、
一人でバキバキと、ひたすらビニールを破り箱を開け、キャップを取ります。
そして、量を決して間違わないように、慎重に薬を調合します。
これだけで、朝6時半~7時半くらいまでかかります。

この前後に、入院患者さんたちの、前の晩の様子を把握し、
必要な薬や検査などの指示を出します。
それから、約1時間かけてベッドサイドを回ります。
患者さんたちは、私が行くのを待ち構えています(これが嬉しいのですが)。
痛みはないか、眠れたか、気分不快はないか、お腹は張らないか、など、
主として前の晩の様子を聞きます。
もちろんそれだけではなく、胸の内やご家庭の事情を口にされることもありますので、
長くなりそうな場合は、後でゆっくり話をする約束をします。

それから、点滴を刺したり、退院診察をしたり、創の消毒をしたりします。

外来は9時からですが、間に合わなくなることもありました。
午前の外来に、医者一人あたり大体50人前後の患者さんが来ます。
一生懸命やっても、患者さんは3時間待ち、なんてことも日常茶飯事でした。
患者さんたちも、よく辛抱して下さったと思います。
午前の外来が終わるのが14時くらい。
運が良ければ、お昼ご飯を食べることができます。

午後は、手術か外来です。
手術の場合、短い手術だと2,3件、長い手術だと1件ですが、
いずれにしても終わるのは早くて19時前後。
この後、患者さんの状態が落ち着くのを待ちながら、手術記録を書きます。

外来の場合は、午後の枠には時間がかかる患者さんを集中させていましたので、
人数は少しでも、重い話が多く、終わる頃にはぐったりでした。

消灯の前にも、ベッドサイドを回ります。
その日一日の様子を聞くのが目的です。
でも、手術が長くかかると、夜の回診はできないこともありました。

さらにその後、入退院サマリー、入院予定の患者さんの治療計画、治療方針の検討などをし、終わるのは早くて22時。

スムーズに行けばこんな感じですが、当然そうは行きません。
例えばお産があると、2人のうちどちらかが行かないとなりません。
その間、外来はストップ、ope中でもストップ、ということもありました。
ですので、お産はなるべく夜間にあるといいのに、と思うようになりました。
しかし夜間にお産があると、当然その分眠れませんので、身体はつらいのですが。

病院のすぐそばに住んでいました。
帰っても、夜間お産や急患があると、呼び返されます。
また、病院に出向かなくて済むようなことでも
電話は頻繁にかかってきますので、その度に起こされます。
次第に家に帰るのが億劫になってしまって、病院で寝泊りするようになりました。
その方がむしろ、身体が楽なのです。
ちなみに時間外手当もなければ、何本電話がかかってきても、給料には反映されません。

半年間、途中までお産がありましたし、癌患者さんが常時入院していましたので、
いつ病院に呼ばれるかわからない毎日でした。
ですので、病院から1時間以上かかるところには行けません。
一人暮らしですし、その地方に友達がいるわけでもありませんので、
気分転換などあり得ず、またその時間も気力もありませんでした。

日ごとに疲労が蓄積し、ベットに横たわると、身体とベットの接触面から、
力が吸い取られるような感覚がするようになってきました。
お腹がすいても、コンビニに行くのすらだるく、
食事を取らずに眠ってしまうこともしょっちゅうでした。
車の運転中、右折待ちの車線で居眠りをしてしまった時は
「産婦人科医やめますか、それとも人間やめますか」
という言葉が、頭を過りました(苦笑)。

肉体的にも大変でしたが、撤退することに関して各方面から様々なことを言われますので、
精神的にも辛い日々でした。

ある日、医局長から電話がかかってきました。
「で、そっちは大丈夫か」と言うので
「ダメです」と即答したのですが、返事は
「・・・・・。」
いいんですよ先生、医局だって人が足りなくて、大変なんでしょう?

朝、私がベッドサイドに行くのを楽しみにしてくれている患者さんたちに支えられて、
なんとか持った、という感じです。
撤退の日を迎えるのが先か、私が壊れるのが先か、と思っていましたが、
撤退する日が、寸での差で先に来ました。

今も日本のあちこちに、あの時の私たちと同じような産婦人科医がいます。


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