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2006.08.31 22:20 |  診療  |  医療事故  |  なな  | 推薦数 : 28

医療者の視点から見た、分娩時出血多量の1例

福島県立大野病院の事件も
横浜の堀病院の事件も、
分娩時出血多量による母体死亡が問題になっています。

幸いにして、分娩時失血死に直面したことはありませんが、
紙一重の恐ろしい経験をしたことがあります。

赤ちゃんが出るところまでは、非常に順調なお産でした。
少し出血量が多いので、早めに胎盤を出して止血した方がいいと判断し、
診察したら、胎盤は子宮の出口まで降りて来ていました。
いつもと同じ力で、軽く胎盤を引いたつもりでしたが、
子宮内反症になってしまいました。
これは、靴下を裏返しに脱いだ時のように、
子宮が裏返って、子宮内腔が表側になってしまう病態です。
簡単に元に戻せそうな気がするかもしれませんが、
分娩直後の子宮は、硬く収縮することによって止血しますので、
子宮を弛緩させないと、裏返った子宮を元に戻すことは困難です。
弛緩した一瞬を狙って、子宮を整復しなければなりません。
覚悟をして、薬剤を使って子宮を弛緩させました。
その瞬間、上腕の半分くらいまで妊婦さんの産道にがっ、と押し込んだところ、
幸運なことに、子宮は元に戻りました。
しかし、緩めた瞬間に、水道の蛇口をひねったようにざあっと出血します。

この時点で、日赤に輸血用の血液を依頼しました。

緩めた子宮を必死で収縮させました。
ところが、子宮が硬く収縮したら血は止まるはずなのに、
硬くなっても出血が続いています。
不運なことに、その産婦さんは妊娠中に20kg以上体重が増えており、
産道にもたっぷり脂肪がついてしまっているため、
出血点を視認しようとしても、脂肪が邪魔してなかなか見えません。
院内にいる医師は、私一人。
私がなんとかしなければ、どうにもなりません。

この時点で、大病院への搬送を依頼しました。

修羅場と化していたため、どうやって止血処置をしたかよく覚えていませんが、
子宮の出口がかなり裂けていて(頸管裂傷といいます)、
その付近の動脈が切れたために、拍動性の出血があって、
それを縫った覚えがあります。

動脈性の出血は何とか止血できたものの、
にじむような出血は、じわじわと続いています。
医師一人で、輸血用血液が未着の状態で、
それ以上の止血操作は却って危険と判断し、
圧迫止血に切り替えました。

そうしている間にも、産婦さんはみるみる蒼白になり、
血圧も下がってきました。
「この産婦さん、亡くなるかもしれない」。
そう、思いました。
人が一人、失血死する過程を、目の前で見ているかのようです。
全開で点滴しても、どんどん状態は悪くなり、
「気持悪い」と、あくびをしたり、嘔吐したりするようになりました。

ありったけの力で出血点を圧迫しながら、
瞬時に、いろんなことが頭に浮かびました。
・・・・・・・・・・・
もうだめ。
院長先生に、ご迷惑をおかけしちゃうな。
母は、私以上に嘆くかも。
ごめんなさい、Y先生(産科学を基礎から教えてくれた恩師です)、
先生より先に、廃業することになっちゃった……

産科医としての人生を諦めかけた瞬間、
日赤から血液が届きました。
そしてほぼ同時に、搬送用の救急車も到着。
止血用の鉗子を何本もつけたまま、
輸血をしながら、
産婦さんと、ご主人と一緒に
救急車に飛び乗りました。

産婦さんは助かりました。

全てが終わって、自宅へ向かう電車に乗るための、駅のホームで。
電車に、乗れませんでした。
ベンチに腰を下ろして、少しの間、呆然としていました。

「こわかった……」

不意に、涙が出て来ました。
いったん出だすと、次から次から涙が落ちてきました。
周囲には大勢人がいるのに。
でも辺りにはばかることもできず、
声だけかみ殺して、たださめざめと、泣き続けました。

医療者の視点から見た、分娩時出血多量の1例です。


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