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恭子さん(仮名)。
還暦を越える、婦人科癌の患者さんです。
ひと昔前、癌は死に至る病でしたが、癌治療の発達の結果、
今は癌との共存が可能な時代になって来ました。
恭子さんの癌は、手術で完全に病巣を切除できた上に、
抗癌剤が効きやすいタイプでしたので、
癌とは言え、長期予後が充分に期待できる状態でした。
術後の体力回復を待って、術後化学療法を予定していた、その日の朝のことです。
恭子さんは、関節の病気のため、転倒しやすい状態でした。
慎重な方で、いつも杖をついて歩いてらしたのですが、
その日は何故か杖を持たずに洗面所に行かれたらしいのです。
いつものように、病棟の患者さんたちのベッドサイドを回っていると、
廊下から只ならぬ大声が聞こえてきました。
驚いて病室を飛び出すと、恭子さんが倒れています。
恭子さんは、転んで首の骨でも痛めたら大変なことになるはず!
「恭子さんっっ!」と声をかけると、転んだショックで少し反応が鈍くなっていますが、
意識ははっきりしています。
心臓や脳はひとまず大丈夫そうなことを確認して、大至急で整形外科の先生を呼びました。
慌ただしく様々な検査と治療がなされる最中、
恭子さんが、今にも消え入りそうな声で言った言葉です。
「先生、ごめんなさい、せっかくここまで治して頂いたのに・・・」
恭子さんは、頚椎脱臼でした。
首から下の神経が全て麻痺してしまうものです。
意識は清明、思考も人柄も会話もそのままで、
ただ、首から下が、全く動かなくなってしまいました。
関節の病気と20年近くお付き合いしていた恭子さんですので、
転んだらどういうことになるかは、ご存知だったはず。
それなのに、転んでしまったその時、恐怖や不安、混乱を訴えるでなく、
真っ先に言った言葉が、上記の言葉でした。
あんな状況で、真っ先に他人のことを思いやるなんて・・・!!
2ヶ月近いリハビリ期間を経て、恭子さんはご退院することになりました。
訪室すると、恭子さんはいつものように穏やかな笑みを浮かべていらっしゃいます。
恭子さんの、あまりのお見事さ、お人柄の素晴らしさに、心底感動すると同時に、
病気の理不尽さ、我々医師の無力さが、くやしくてくやしくてたまらず、
患者さんの前では自ら禁じていた涙が、こらえられませんでした。
あの時の、あの言葉は、忘れられません、
人として、女性の先輩として、尊敬致します、とだけ、何とかお伝えすることができました。
恭子さんも、恭子さんのご主人も、涙を流されていました。
婦人科癌の治療は中断せざるを得ませんでしたが、
やさしいご家族に囲まれて、穏やかにお過ごしだと聞きました。
恭子さんとご家族の幸せを、祈らずにはいられません。
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