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10月で転職6ヶ月になる。
気持ちは、もうすでに1年以上もこの職場にいるような気分なのである。
それだけ、仕事の内容も濃いといったところか。
回復期病棟管理のみならず、外来、脳ドックと健診。
さらに、アンチエイジング関連などなど
いろいろ手広く関与している。
いやいややっているわけではないので、それなりの充実度である。
そして、なんといっても大きいのは脳神経外科の看板を背負わなくてもよくなったというところである。
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当院では判定会議が週2回おこなわれる。
私を含めた5名(整形2名脳外科2名内科1名)のドクターと看護部長、リハ部長、地域連携部長が出席する。
毎回、4-5名の入院依頼がある。
このところ、はたしてすんなりと受けて良いものかどうか判断に迷うケースが多くなっている。
脳血管疾患や整形疾患ならばある程度の判断はつくが、それに認知症が合併していたり、内科疾患が合併していたりすると状態によっては判断がむずかしい。
急性期と違い看護師の勤務体制や人数の問題、夜間の対応の問題があり十分な対応ができないこともあるのである。
紹介してくるドクターの情報が不十分だったり、肝心要の病名の記載がなかったり、記載したドクターの字が読みにくく判断が難しかったり・・・。
受けてみたら、まったく状態がちがっていることも残念ながら多くなってきている。
回復期リハビリ病棟であっても、回復期病棟ではないことを理解していただきたいものである。
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リハビリ病院に転職して、早いもので約2ヶ月となった。
仕事にも少し慣れてきたが、患者さんたちの管理をおこないながら、こんなのでよいのか試行錯誤の毎日である。
40名あまりの患者さんの名前と顔、病名からその背景まで、やっと把握がかのうになった。
でも、週ごとに数名が入れ替わってゆくので、気を緩めることはできない。
リハビリから程遠いような半分植物状態の患者さんもいるので、その患者さんの合併症にも気を配る。
そして、患者さん以外に気を配るべきは、患者さんの家族である。
急性期の病院で希望的な話が聞かれると、家族の期待が大きくなる。
そのとおりの結果がでればよいのだが、結果がでなければ患者も家族も落胆する。時には、我々にその思いの矛先が向かう。もうこれ以上は無理でしょうなどという言葉も安易には発することができない。
一人の患者さんをめぐり、家族の中でも様々な人間模様に出くわしたりもする。
暖かい家族もあれば、肉親がほとんどいない患者さんも中にはいる。
まずしい家族もある。お金がないので自宅での介護を選択せざるを得ない。
裕福な家族もあり、自宅に帰れるのに、施設に高額な費用を払って入れてしまう。
どのような選択をするのかは、患者家族の選択にゆだねられる。事情に合わせたサポート体制を構築してゆくことも、この仕事の大きな特徴である。
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急性期の病院から亜急性および慢性期の病院に転職し、それなりの充実した毎日をおくっている。
しかし、急性期医療では気がつかなかったこのレベルの病院の厳しさを少しずつ体験している。
その一つが、患者さんの急変である。
急変することは、急性期の病棟ではあたりまえであり、当然ながら対応する環境は整っている。しかし、亜急性や回復期では頻繁に起こることではないが、医療機器が限られているので厳しいものがある。
今日、1人の患者さんが誤嚥性肺炎をおこし急遽急性期の病院に移動となった。
末梢静脈路の確保が難しく本来ならば、中心静脈ラインを確保したいところであったが、そのような機材が配備されていない。また、高カロリー輸液もおいていない。
気管内挿管をおこない人工呼吸器をつけようにも機械がないなどである。
そこで、 この病棟では治療できないと思い、幸い近くに急性期病院があるので、そちらに転院することになった。
幸いご家族には、「いろいろとお世話してくださり、感謝でした」とお礼のことばをいただきながら、患者さんを送り出すことになった。
回復期リハでは、
1人の患者さんに様々なスタッフが関わるので、患者さんや家族には「いろいろな方に良くしてもらった」という言葉がよく聞かれる。
これは、医師と看護士が中心になる急性期病棟とは大きなちがいである。
患者家族は、必ずしもそうでないとはいえ、予期せぬ急変があれば医療ミスがあったにちがいないとみる傾向にある。
忙しい医師や看護士の対応が不十分ならばさらに疑いは大きくなる。
回復期だから多くのスタッフが関わるのは当然ではあるものの、急性期でも医師や看護士以外で患者さんに関われる職種がもう少し増えれば、患者さんやその家族も印象が違うのではないだろうか。
医師や看護士不足の問題もあるが、病棟クラークや看護助手さんのみならず、医師の仕事や看護士の仕事をサポートする新しい職種があってもよいのではないか?
急性期の病院にいたころは、何かと自分ひとりでやっている孤独な医療という感じがあったが、今は様々な職種のスタッフとの共同作業という意識が強くある。
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微妙にタイトルを変えて、週1回手伝いにゆく病院のその後のレポートである。
1人体制が、現在も続くなかで、1年の月日が流れたようである。しかも、1年間で、120-130例の手術をこなしたということであった。
手術内容も多彩であり、脳腫瘍から血管障害(クリッピングや開頭血腫除去など)、機能外科などである。
手術だけやるなら、たいした数ではないのかもしれないが、検査から術後管理まで含めてである。さらには、経過観察のみの外傷患者や重症な血管障害のかたなども含めるとたいへんな忙しさである。
転職した私の立場は、相変わらずである。
でも、4月からもう一人手伝いにくる先生が増えたので、私のここにきての仕事が少し減った。
手術にもほとんど入らないことになった。
でも、病棟をときどき診てほしいということになので、外来業務と病棟業務が中心業務となった。
いったいいつまで、1人で脳外科をやっているのか?
手術件数が減らない限り、この先生は決してこの脳外科病院を出ては行かないだろう。
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脳外科医でありながらリハビリ医(リハビリ病院専従医師)として、4日目の勤務が終わろうとしている。
この4日間、患者把握とカンファランスと家族との面談を中心に終わった。
1日のスケジュールは、
午前8時半:病院到着、準備
午前9時:病棟へ、看護士リーダーさんからの申し送りや指示、その後回診。
回診といっても、巡回みたいな回診である。ほとんど、患者さんは、リハビリをおこなっているので部屋にいないのである。
すべての患者さんを把握していないので、まとを得ない。
そんなこんなで回診終了し、カルテ指示書き。
そうこうしているうちに、午後11時頃からカンファランス。
情況はつかみつつあるも、よくわからないことも。
午後12時以降部屋にもどってお食事。
午後13時30分から午後スケジュールがはじまる。
外来にて脳ドックやら画像の読影。
午後14時過ぎ、病棟で残りの仕事。
午後16時、午後のカンファランスや患者さん家族との面談。
午後17時過ぎにひと段落つき、午後17時30分には帰宅の予定である。
しかし、実際は、いろいろあって18時過ぎくらいになる。
特に月曜、木曜は入院判定会議もあるので、遅くなりそうである。
そして、通勤に1時間かかるので、帰宅は19時過ぎ。
この1時間かかる通勤時間のため、午前5時30分起床となり、
朝も自宅を出るのは7時過ぎくらいである。
余裕をもって通勤するなら、病院の近所に住むのが一番だが、今は諸事情で転居は難しい。
しかし、土曜、日曜日は休日となるので、しっかり働いてそれなりに休める。
当直もないので、時間になれば勤務時間は終了である。
患者さんが急変した場合には、当直医の対応にはなるが、こちらにもコールがくるようにはなっている。
しかし、急性期をすぎた患者が多いので、まずコールがかかることはない。
ここにきてやっとオンコールから開放された気分である。
充実した勤務内容だと思っている。
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新年あけましておめでとうございます。
ところで新年早々転職の話である。
この病院に転職して、早いもので3年たった。
大学病院からとにかく逃れたくてやってきた今の勤務場所であるが、あっというまであった。
開業することも何度か考えたが、開業した友人の話では、景気の良い話はない。
また、自宅近所に開業した先生の話でも、厳しい経営状況だということで、あちらこちらでアルバイトしている。
そんな中で、昨年秋くらいにまたまたきた転職の話。
これがはじめてではないが、条件が合わなければ 断わろうと思っていたが、とりあえず事務長と病院近辺で会うことになった。
会ってみてこちらの条件がすんなりと受けいれられ、話は進んで病院見学まですることになった。いままでとは違う感触である。
収入条件も悪くなく、開業支援もしましょうという話。
妻は、そんな嘘のような話に簡単にのってはいけないと警告があった。
しかし、病院を訪れ、院長や経営顧問にまであいさつをして「前向きに考えましょう」と返事をしてしまう。
でも、いろいろなことが頭をよぎる。
思うは、条件がよいのでそこにいってみたら、たいへんなめにあったある友人の話。
理事長が、いろいろな策略をもっており、自分は利用されたにすぎなかったことにショックをうけて病院をとびだした。
つぎにあらわれた病院開業を支援しましょうという地域の大物と思われる人物。
資金調達などいろいろ世話をしてもらったものの、どこでどうまちがえたか逆に多額の借金をかかえることになった。
彼は、無一文に近い状態となった。
ここはしかたなく、かつて世話になった医局に頭をさげてなんとか入局して再出発をした。
そして、関連病院を転々としながら、10年以上へてやっと借金も返済し、現在は開業にまでたとりついた。
思わぬ回り道をしてしまった彼の心にあるのは、「うまい話には簡単にのるな」ということであった。
個人情報なので、多少脚色もある。
3年もこの病院にいて、患者さんもそう多くはないし、入院患者も多くはない。 脳外科医がこの病院に不足しているという感じではない。むしろ、内科医のほうが必要である。
結局、この転職の話は、保留中である。
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私が非常勤で月3-4回ゆく病院の脳外科の先生の話である。
以前にも紹介したように、相変わらずお一人で外来、入院診療および手術にいそしむ毎日をすごされている。
一人ではどうしても手が回らないことがいくつか発生してきており、こちらとしてもできるかぎりの手伝いをして帰る。
手術は好きな先生だから手術件数の多さはそれほどストレスにはならない様子。むしろ、手術している時間がもっとも安らぐという。
そんな気持ちも確かにわからないでもない。
問題は外来診療や各種書類作成やらレセプトチェックなど細々とした雑用である。
外来と入院診療指示だけで1日の仕事のほとんどが終わり、そのあとに雑用をやると、はやくても夜の10時以降にならなければ帰宅できない毎日だという。
これで、救急で呼ばれたり入院患者のことでさらに呼ばれたりして、手術にでもなれば眠れない1日になるという。
さすがに限界にきている様子。
ところがある日私の携帯電話にそこの先生から問い合わせがきた。
「Aという先生を知っていますか」と、
かつて私が所属していた医局の後輩の名前。
数年前に医局をでていったのだが?なぜ、この病院のことを知ったのか?
「そのA先生が来たいといっているのですが、どう思いますか?」
「いっしょに仕事したことはないのですが、うわさはよく聞いています」ということでお伝えした。
猫の手も借りたいというのが正直な気持ちで、とにかく来てもらおうと考えていた様子であったが、私の話を聞いてもう少し情報を集めて考えてみるということであった。
脳外科はチーム医療であるから、2人でやるにしても仲良くできなければ難しいところもある。
二人の部長がいるようになればパラメディカルの方々も苦労することになる。
仲たがいしていれば現場は混乱する。
単に人を集めれば良いというものでもない。
「冷静に考えてみる」といった先生の決断でよかったと思う。
よい先生がみつかれば良いのだが・・・。
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先々月より、月3-4回ほどの非常勤をたのまれた病院についての報告である。
先月も一人で週4-5件の脳外科のメージャーな手術をこなしておられた。
例えば、先月末の週では、脳動脈瘤のクリッピング2件、脳腫瘍2件、神経血管減圧術2件。外来もあるので、手術は月曜日と金曜日に集中しておこなう。土曜日、日曜日は病院は休日であるが、救急もやっているので、予定手術もときどきいれるという。
とくに私が手伝いにゆく、金曜日にはたくさんの手術をやりたいので2-3件をルーチンに予定を組んでいる。
今週は、脳幹部腫瘍(グリオーマ)を経錐体骨アプローチによる部分摘出術と神経減圧術の2例の手術を手伝った。
今月の末には、中大脳動脈瘤のクリッピング2例が予定されている。
手術の予後も良いので、患者も集まるのか症例には事欠かないようである。
その先生は、未破裂脳動脈瘤には積極的に手がけているし、顔面痙攣や三叉神経痛などの手術も積極的であり、ちょっと難しそうな髄膜腫もかかんに挑戦している方である。
私には理解しがたい側面もあるが、ここまで積極的であり予後もよければ症例も集まりそうである。
でも、このまま何年も同じ状態で脳外科はできないだろうと思い、
「一人で外来病棟などの業務や手術業務などよく続けられますね?」
と質問すると、
「勤務医の過酷な労働環境のことは世間ではよくいわれるけれども、忙しい環境のほうが私には体の調子がよいのですよ」という話であった。
こういう先生ばかりなら世の中よいのかもしれないが、スーパーマンではないのだから、なんとかサポートしなければいけないであろうと思うのであった。
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こんなことをアップしてしまうとお叱りをうけそうだが、このような時代だからこそあえてこのようなお題目をかかげてしまった。
ランダムに思いつくものをあげてみると
1、大学の様々な雑用から解放される。
このメリットはものすごく大きい。大学病院ですごす仕事のほとんどは、医局の雑用がほとんどである。日常の臨床や検査手術で忙しいこともあるが、日常臨床とは関係のない、学会関係の仕事だったり、文献検索やら整理やら講義の準備やら書類の整理作成、カルテのまとめなどなどあげればきりがないが、すべてこれらの仕事から解放される。これが自分のためになることもあるが、中堅になると邪魔な仕事のなにものでもない。
2、主任教授の干渉をうけない
面倒見のいい教授もいれば、そうでもない教授もいらっしゃるかもしれないが、その下にいるものは、何をやるにしても教授のお伺いをたててからおこなうことが多い。学会発表も当然検閲を受けなければいけないし、教授の専門外の仕事でも検閲をいただき、名前をかかげるいじょうはそうしないといけない。また、学会発表がないと今度は教授からの圧力がかかることもある。何か演題を出さなければと・・・。
また、患者の治療方針についても、カンファランスで決められるとしても、教授の許可のもとでおこなう。手術も一応教授に入っていただかなければいけない。
3、仕事以外の時間もなかなかとれない
医局にいると1日の生活の場のほとんどがそこになるので、プライベートな時間が持ちにくい。また、気をゆるめる時間もなかなかもつことができない。
4、とにかく何かをやるにしても、医局のことや教授のことを考えなければいけない。
5、給料もやすい。
デメリットばかりではないが、メリットもある。
1、何かあったときは結局、教授が責任をとる。
2、大学医局ということで、最新医療の研究などができる
3、各地の有名大学との交流も持ちやすい。
4、関連施設での定着が可能な場合がある。
5、アルバイト先が確保しやすい場合もある。
メリットやデメリットをあげればまだまだあるかもしれないが、メリットの中のメリットは、
いろいろなしがらみから解放され、自分の専門とする医療を自由な観点から見直し、地域や現場の実情にあったものに切り替えられる自由性が良いのではないかと思う。
脳外科を掲げながら、内科医みたいなことばかりをやるのは、医局に所属していてはなかなかできないことである。
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