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内覧会からあっという間に1か月。
早いものである。
患者をみている時間を思えば、1日もアッというまにすぎてゆく。
いままでとは違って自由に診療ができるところがよいけれども、保険診療を以前よりも意識して患者をみるようになってしまった。
いかにしてコストアップをはかるのか、医事と相談しながらの診療でもある。
月末になってレセプトのチェックに取り組み、現在奮闘中である。
理想と現実のはざまに立ちながら、めざすものを追求すると割が合わなくなる。とくに1人の患者に時間をかけると、患者は喜ぶが、経営陣は喜ばない。1人に30分もかかってしまうと、1時間に2人しか診れなくなる。3分診療ならば、30分あれば10人は診れる。
完全自由診療でクリニックを開業した知り合いの医師が言っていた。
「1日に診る事のできる患者は少ない、経営も楽ではない。しかし、1人の患者に対して十分時間をかけて診る事ができるので、診療が楽しくなった」という。
医療に金がかかりすぎているという認識は、変わらないと思うが、医療の質を低下させないためにはどうしたらよいのか。
単に、診療報酬アップをはかればよいというわけではないはずである。
開業医の毎日の診療も勤務医と同様に余裕はない。
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内覧会2日間を経てついに診療開始となった。
内覧会は多くの方々に内覧していただいた。
1日目は、500名あまり、2日目は800名あまりの方が訪れた。知り合いの方々も多く訪れてくれたが、すべてに対応しきれずの状況だった。
いったいこれからどうなるのか計り知れないものを感じながら2日間をあわただしく終えた。
翌日の診療開始日には、40名の初診患者さんが訪れた。
電子カルテの操作がまだ慣れていない事務と医師によってなかなか患者さんがまわらず。数名の患者さんが途中で帰ってしまうという出来事もあった。
でも、朝8時30分から休憩もいれず20時には診療終了し、そのあとカルテ記載など後処理に22時近くまでかかった。
その日に帰ったのは午後23時ころである。
自宅にかえったときには、時計の日付は翌日になっており、家族も全員寝静まっていた。
悲しいかな。
でも、最初だから仕方がない。
疲れているのは皆おなじである。
2日目はどうなるのか?と思いドキドキして診療にのぞんだが、午前と午後であわせて30名。(午前20名、午後10名)
昨日のことが嘘のようである。
余裕も十分あり、昼食にもありつくことができた。でも、休憩は15分くらいである。
診療が終了したのは、午後7時ころ。
昨日よりは早い。
「こんなペースならば余裕をもって患者さんの話が聞けるかもしれない」そんな希望をいだきながら2日目を終えた。
それから3日目、4,5日目と30名から40名のペースで患者さんが来てくれる。
診療開始2週目に入ったが 多くて50名。
平均していまのところ30~40名くらいである。
脳神経外科、リハビリをメインにしているが、今はなんでもみている。小児科はかかげていないが、子供で風邪のかたもいる。
また、その後の経過を報告したい。
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内覧会そして診療開始まであとわずかになった。
台風15号による被害は、院内に植えてあった木が数本倒れたが、建物には影響がなかった。
検査機器やさまざまな物品の搬入納品が一部遅れをなすことになった。
医師会へのあいさつや説明や地域のあいさつまわり、周辺クリニックや病院の表敬訪問なども昨日やっと済ませた。この地域は、医師が少ないのかどこも忙しそうで、しかも、歓迎ムードである。
今日、やっと一息つきながら院内のネット環境も整って、院長室からブログを配信できるようになった。
長い道のりだった。私がやったことは微々たるもので、ほとんどは準備室を立ち上げてがんばってくれた数名のスタッフの支えによるものである。
開業にあたっては、良きパートナーといかに出会うかにかかっている。資金交渉やリース契約などは、特に様々な業者がかかわることがあったため、手が回りにくかった。
自分一人の力で、ましてや、世情に疎い医師が一人で全部をこなすには荷が重すぎる。
不安と期待の折り重なる毎日。
実家から反対の声があったが、なんとか理解が得られて
「開業は、決して楽な道ではない。でも、おまえがやるというなら挑戦してみろ」とのこと。
1か月くらいの生活を維持できるくらいの餞別も少々いただいて出発となった。
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建物の引渡しが完了し、いよいよ機材の搬入がはじまった。
診療開始までの日にちがないので、多くの機材が一気に搬入された。
オープニングスタッフも全員集まり、自己紹介してもらい部署で親睦も深めながら準備にとりかかってもらった。
業者の出入りが激しく、どれだけの人にあったかわからない。
期オープニングまで時間がないので、焦る思いが先行しがちであるが、落ち着いてまとめてゆきたい。
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私が担当する病棟の現状を報告する。
私の担当患者数は現在40名~50名、脳血管疾患が主体であるが、最近は、廃用症候群での入院が多くなってきている。廃用にいたった基礎疾患は様々あるが、肺炎や心臓疾患、消化器病の方々が多い。
そのほか、半数以上が高血圧や糖尿病を合併している。
患者分布として、特殊なケースは原因不明の難病のかた、大方は神経内科疾患が関係している方や悪性腫瘍で転移巣がみられる末期の方など。
そして、先天性の奇形をわずらっている方も1人担当している。
内科疾患関連の廃用症候群が多いのは、当院に内科医がいなくなったことが大きい。
派遣でこられる内科の先生はおられるが、療養病棟の担当になっているので、回復期には主治医としてはノータッチの状況である。
急性期病院からの依頼紹介状は多く、最近になって申し込みが途絶えることがない。
治療半ばでも特別やることがないので紹介された方、1人暮らしで帰るあてのないかた、施設への入所予定だがそれまでの待機としての入院など社会的な問題抱えている方も多い。
このような多彩な患者さんが多くなってから、勤務時間も時間外になることが多くなってきている。
急性期病院の苦労は理解しているつもりであるが、リハビリ病院の勤務状態も必ずしも安定したものではなく、医者の数が少ないなかでは、担当患者数が増えて負担も大きくなっている。日勤帯は休む間もなく仕事をしている。
新患診察、病棟回診、検査処方、書類作成、カンファランス、患者家族面談など。とくにカンファランスと面談を40例以上の患者に月1回はおこなうとするならば、月23日の勤務のなか少なくとも1日2例は行わなければいけない計算である。しかし、スタッフの事情もあるので、週3日間のなかに集中して行うことが多いので、1日3~4例にカンファランスと面談で時間がとられる。これが意外とたいへんである。
病状は安定しているというのが原則ではあるが、複数の病気を抱えている方がほとんどであることを考えるならば、同じパターンで問題解決に必ずしもいたらないケースが増えつつある。そのためにカンファランスが長引いたり、面談も長引くことがしばしばある。予定外の面談もときには出現する。
このように予想外の事態に対応できるような回復期リハビリ病院の病棟施設のハード面やソフト面での充実が必要な時期にきている。しかし、ハード的な充実をはかったとしてもそれに見合う人材がそろっているわけではないし、リハビリ中心の病棟なので急性期とはあまり変わらない病棟体制をとるわけにもいかない。
受け入れ患者を事前に十分な情報収集とともに取捨選択してゆくしかないと考える。急性期の先生方が忙しいなかで十分な情報をまとめるだけの時間がないとしたならば、こちらからも急性期病院にいって情報をあつめてゆく姿勢も必要なのかもしれない。でも1人の医者がいくら病状はかわらないとはいえ40~50名の患者の主治医になるのは患者さんに申し訳ない。なかには、それほど気をかけてあげられない患者さんもでてくるからである。
そんなことを思いながら、思わぬ状態に変化してゆく(必ずしも良い方向ではなく)患者の姿をみながら考えてしまう。
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昨年あったちょっとしたエピソードである。
脳梗塞で、右麻痺と運動性失語の70代の男性患者さん。
もともと口数の少ないかたで、自己主張もあまりない。言語訓練も今ひとつすすまない状況だった。
ちょうど約3ヶ月のリハビリを終えて、そろそろ退院も間近になった。
家族も受け入れ態勢を整えていた。
食事は、もともと自分で食べられていたが、ある日突然食べられなくなった。
介護していた摂食嚥下療法士が、昼食は問題なく食べられていたのに、夕食は食べられないという。元気も今ひとつだし、嚥下反射もよかったのに突然わるくなってきたという。
バイタルサインはほとんど問題ない、体温も高いわけではない。脳梗塞の再発だろうか?
患者本人の意識もそれほど低下したようにはみえなかったが、ちょっと元気がない。
さっそくMRIをおこない病変の有無を確認するが、特別目新しい所見はみあたらない。
おかしい?
ひょっとしたら脳幹部梗塞があるのかもしれないなどと考えつつ点滴を併用しながら様子を見ることにした。
翌日には、食形態をかえてなんとかいけるかもしれないとの報告をもらった。しかし、嚥下食では、自宅でつくるのもたいへんであり、あまり現実的ではない。
自宅に帰るに当たってどう対応したらよいのか?退院までの期間がないなかで頭を悩ますことになった。
3日目になり、一度しっかりと患者さんと向き合うしかないと思い、下部脳神経機能をチェックすることを考えることにした。ナースステーションにたまたま患者がいたので診察をこころみることにした。
舌の提出は悪くない、でも、声がほとんど出なくなっている。命令にもよく応じるし、おかしい?顔面神経麻痺も中枢型であるので軽い。下咽頭から喉頭部に何かあるのではないかという考えがおよび
患者さんに口を大きく開けてもらうと、
「おやっ、何だこれ!」
思わず病棟中に聞こえるような大きな声をあげてしまう。
何か咽頭の奥に見える。近くの看護師に異物かん子をもってくるように指示、ひきあげたところ出てきたのは
「入れ歯」であった。
危機一髪。よく、窒息しないで済んだものである。
患者さんも自分では主張しないが、実は、喉の奥に何かあることは感じていたようである。
「喉の奥が苦しかったでしょう」というとコクリとうなずいた。
異物がなくなってからは、食事も飲み込めるようになり、食形態ももとにもどすことができるようになった。
あとから
ケアワーカーからの報告で、実は、3日前から入れ歯が紛失していて捜していたことがわかった。
家族とのトラブルもなかった。
摂食嚥下療法士もついていながら、結局、わからなかった医療事故である。
なかなか遭遇することのない事件であると思うが、患者さんを身近で診てみることの大切さを感じた事件であった。
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東洋医学、鍼灸をはじめとする、様々な代替補完療法を学ぶにつけて非常に重要なツールとなるのが手であることがわかる。
まず手は、診断ツールとして使える。
脈診や圧痛点などの触知、ヒーリングポイントの触知。
手で感じる様々なアナログ情報は膨大であり、それをもとに病態診断をする。
次に、そのままヒーリングツールとして利用する。
とくにヒーリングツールとして使う場合は、暖かくやわらかい心地よい手をつくりあげなければいけない。
また、 コミュニケーション手段としても利用できるので、手が治療家の声の代わりをすることがある。
脳外科医であるころは、術者や助手の手の動きをみて、何をどう判断し、何を行おうとしているのかを知ることができた。マスクで通らない声も、手の動きによって推測することができた。
実に様々な手の使いようがある。
しかし、現代医療は、そんな手の重要性をあまり主張しない。手をつかった様々な診断と治療を書いた医学教科書も存在しない?
ただ、鍼灸師さんが読む本には当然のごとく書いている。
医師も、診断と治療のできる手をつくらなければいけない。
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大学病院での脳神経外科医としての人生から、地方の脳神経外科勤務医としての道を歩み始めて約7年たちました。
脳神経外科医としてのスタンスから医療をみつめなおすのではなく、もっと原点に立ち返った視点からと考えたときに
究極の予防医学ともいえるアンチエイジング医学に出会ったのも今は懐かしく感じます。
しかし、その視点だけでは満足がゆかず、
単に長生きし、病気にならない生き方をめざしたところでその先には何があるのか?という疑問が生じました。
長く生きるには長く生きるだけの目的や目標(ゴール)がなければ意味はないのです。
また、もっと多くのつながりの中で生かされている自分の存在にも眼をむけるべきであると考えました。
そんな中で新たな生き方の視点を与えてくれたのが、統合医療であり、ホリスティック医療です。
私としては、どうしても病気になってから生き方や治療を考えるという姿勢は必ずしも得策ではないと何度も主張してきたとおりです。
病気にはならないほうがいいので、病気にならない生き方をみいださなければいけないし、
それでも、病気なったなら治療や予防のみならず、自分の人生を見つめ直す機会にしたいのです。
そんなことを思っとき今の病院で勤務医としていつまでも平々凡々と暮らすことはできなくなってきました。
「ふじのくに」にきてから7年目に突入するこの4月、
ときは満ちていると感じています。
いよいよ医院開業に対して本格的に考えるときがきたようです。
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ある病院の雇われ院長が、やめることになった。
原因は、院長の問題?
理事長側としては、病院職員の院長に対する不満や心無い言葉によるハラスメントを聞いたことによるという。
それだけが原因なのか否かは真実のところはわからない。
最初は解雇、更迭という言葉は出さないまでも、名誉職になってもらうことを口実に院長をおりてもらうことに・・・。給与は半減、外来診療は週数回やるだけでよいとの通達なので実質は、降格人事である。
「自分は何も悪いことをしていないのにどうしてこのような仕打ちをうけるのだろうか?」
院長には身に覚えがないという。
当然ながら、退職願いを理事長に提出することになった。
驚いた理事長は「申し訳ないことをした。やめないで欲しい」と訴えたともいうが、後の祭りである。
名誉院長だから辞めるはずはないと思ったのだろうか?
仕掛けたのは理事長自信ではないのか?裏をとれば更迭である。
後任の院長も決まっていない中、医療法人内はおおゆれである。
所詮「雇われ院長」というのは、理事長とあわなければこうなってしまうのか。
かつては、暴力沙汰になった話や夜逃げした院長の話などをよく聞いたもの。
雇われ院長になる場合には、理事長の人となりをよく知らないといけないかもしれない。
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各種医療機器の発達や進歩により、いろいろな生体の情報を即時に検査することが可能な時代。
病気の診断も、忙しい外来環境のなかでは時間をかけて診ることが難しくなってきている。そんな中で、各種検査は力を発揮するし、医療単価も高くなるのでそちらに傾いてしまう。
でも、「病気を診ずして患者を診よ」という言葉は決していまでも色あせることがない。
漢方医学の古典である「傷寒論」でも、患者を十分みず、脈もいいかげんにとって方剤を処方して終わりみたいな医者が多いことを嘆いている。
この古典が書かれたのが、後漢末期の時代というから、こんな時代にすでに現代の医療を彷彿とさせるような医療者の姿があったとは驚くべきことである。
リハ医になって私自身変わったのは、患者さんの生活背景や家族間の人間関係など病気以外のところにまで関心をもってみれるようになったところである。
でも、それだけではもの足りなく、東洋医学や各種代替医療を通じて患者さんとふれあうことを知ることがさらに重要な位置を占めつつある。
とくに患者さんの体質や性格傾向などは、代替補完医療では大切な情報の一つ一つであるし、治療動機にもつながる。しいては、生活や生き方の提案もできる。
だからこそリハ医には、必要な代替補完医療の知識を身につけることを私は提案したい。
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