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Doctors Blog

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「代替医療のトリック」という翻訳版の書籍を最近読んだ。

著者は、サイモン・シンという量子物理学でPh・Dをもっている科学書執筆者。

そのかたが、なぜか、代替医療の科学的検証にのりだし、今回の出版にいたったようだ。

ページの最初から、「チャールズ皇太子に捧ぐ」とあり、なんのことかよくわからなかったが、あとではっきりする。

結論から書くと、「代替医療はプラセーボ効果でしかない」ということである。

ランダム化比較試験を科学的評価の方法としてもっとも重視した結果の結論ということである。

代替医療家やそれが好きな人には、なんとも残念な結果である。

民主党も「統合医療の推進」をかかげているので、それに対する批判もありそうである。効果のない治療法を認めるのかと・・・。

しかし、統合医療とはそもそも西洋医学に代替医療があわさっていればよいわけではないし、代替医療を推進することに大きな目的をおいていない。

 代替医療に科学的な根拠のないものが多いことや検証方法にも限界があることは知られている。

だから代替医療の効果が科学的に否定されれば、統合医療も推進する意味がないとするならばそれは誤りである。

統合医療についてよく理解がなされていないことがうかがわれるところである。

「代替医療は、西洋医学では対応できないものを代替補完する目的で利用する」という考え方が根底にあり、

「治療者主体で治療がおこなわれるのではなく、患者主体の医療で両者が様々な形で組み合わされる」ということが統合医療のポイントである。病気をみるのではなく、その患者さん自身に注目することが重要である。

したがって、患者さんの性格や生活背景、考え方その他様々な面を考慮した場合に、統合医療が、西洋医学+代替医療のようになることもあるし、西洋医学だけのようになることもあるし、社会的な背景やリスクでどうしても西洋医学の適応がむずかしい場合には、代替医療だけのようになることもある。

統合医療は西洋医学を否定するものではなく、むしろ、もっとも必要な医療手段である。その点を理解しておかなければいけない。

でも、科学的根拠があるとされる西洋医学のもつ欠点も十分理解する必要はある。逆に代替医療の利点も知る必要がある。

EBMを提唱したときにもっとも重視されるランダム化比較試験は、治療者と患者の関係を排除した試験であるので、医学的な検証には役立っても、実際の医療の場面では必ずしもそれですべての問題が解決できるわけではない。

EBMの世界では治療とみなさないプラセーボ効果も、実際の医療では十分な効果である。しかも、それはEBMによる医療の穴埋めをしてくれるものである。代替医療は、穴埋めという点において必要な手段となりうるのである。

たとえば、癌性疼痛に悩む患者さんにホメオパシーを使った場合。もちろん、患者さん自身はレメディーというものが、どのような過程でつくられたものであるのかは十分理解されていることが前提である。

麻薬などの薬剤やその他のものでなかなか痛みがとれない場合に、ホメオパシーを使用したときに、「痛みはとれなくても痛みが気にならなくなった」という効果があるという。

もし患者さんが、ホメオパシー治療がインチキ治療だと考えるようならば、当然その治療はつかえない。薬は一切いやだとするならば、針灸、マッサージ、ヨガ、カイロ、アロマセラピー、ハーブ、カラーセラピー、笑い療法などなど薬以外のいろいろな選択枝を治療者は考えてゆく。地域の特異性を生かした治療もあるかもしれない。例えば、森林療法やタラソセラピー、温泉療法などなどである。

統合医療は 

治療者には、治療の手詰まりをなくし、患者さんには何らかの治療が与えられる希望的な医療であるということもできる。

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漢方医学の勉強会

kocchan / 2010.03.02 20:19 / 推薦数 : 0

地域で漢方医学の勉強会があるということで、誘われたので顔をだすことになった。

 

もともと漢方は好きだった。

ある日ちょっとした風邪引きのお年寄りに、麻黄附子細辛湯をだしたところ、1日にして軽快したことを経験。

 その後も寒気がして、のどがちょっと痛くて鼻水がでるというお年寄りに、数人に処方してみたが、1-2日で治ってしまった。

PL顆粒を処方するよりずっと効果がある。

そんな経験から、漢方をもうすこしまじめに学んでみようという気になったわけである。

最初は、症状中心でも良いとはいうが、麻黄附子細辛湯は附子がはいっているのでエキス剤ならまだしも、生薬で出すときには注意が必要のようだ。

勉強会では、様々な附子の話もあったりして・・・。

わかったような、わからないような話であった。

所詮、一般病院ではエキス剤が限界である。 

参加している先生方は、ほとんどが開業医の先生方である。勤務医は私くらいなもの。よく勉強なさっている先生方が多く驚いた。

むしろ、忙しい勤務医の先生方は、勉強したくてもそんな時間はとれないかもしれない。 

でも、開業医は遊んでばかりいると思っている方が世間では多いようだが、決してはそんなことはないことを感じさせる勉強会だった。

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多すぎる学会

kocchan / 2009.11.10 19:35 / 推薦数 : 0

大学病院の脳外科医だった時代は、脳外科関連の学会や研究会だけでも、7~8つくらい所属していた。

しかし、安い給料でしかもそんなにたくさんの学会に入って、北は北海道から南は九州、沖縄、時には海外にまで行かざるをえなくなりたいへんであった。

しかも、医局は財政難のため学会主張費は3回分までしかでないといったルールつきである。

それをこえる回数の出席するとすべて自腹をきるしかない。

医局をやめてからは、脳外科関連学会は一気に2つにしぼった。演題をだすこともないのだし、専門医を維持できればよいだろうということである。

ところが、脳外科以外に興味をしめしてゆくと、またまた、所属学会が増えはじめた。

アンチエイジングにはじまり、旅行医学会に入り、統合医療学会に入って、その関連学会2つに入会。

そして、昨年には、リハビリテーション医学会、今年になって、温泉気候学会やら、東洋医学関連学会にも入会。

振り返ると、所属学会が10学会以上にまで膨らんでしまった。

幸いにもマイナーな学会が多いので、年会費が安いものが多い。

でも、認定医とか専門医などになると、減らすこともできない。安易に功名心にとらわれて認定医とか専門医にとびついてはいけない。

でも、小さな研究会や学会も含めると、この世の学会はあまりにも多い。

いづれ少しずつ整理してゆかねばならないのではないか。

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脳神経外科総会にゆく

kocchan / 2007.10.04 21:45 / 推薦数 : 1

 

今では手術とほとんど縁がなくなった私だが、総会に参加した。

エキスパートの先生方や神の手をもつ言われる先生方の手術ビデオを午前午後にわたって見続けた。

「メスをにぎることはない」と思うのだが、手術の感覚くらいは頭に焼き付けておきたかったから。

そして、エキスパートの先生方が主張する手術のスタンダードを見たかったからである。

 

ひさしぶりにみる術野、手術もきれいである。

先生方の事細かな説明。

初心者にも本当にわかりやすく説明してくれる。

 

今の脳外科の先生方は恵まれていると思った。

 でも脳外科をめざす若い先生は減っているという。

 

一昔前は、こんなところまで教えてくれるような学会の雰囲気はなかった。

というか、スタンダードな手技というものがなく、皆が試行錯誤の状態だったのかもしれない。

自分のやり方が一番良いと思っていた。

でも、今はだれもが認めるスタンダードな手技がある。

その存在事大がすばらしくもあり、恵まれているとも思った。

 

神の手をもつF先生がおしゃっていた。

「世界からみて日本には、手術をきれいにおこなう先生方が多い」 と。

それは日本の先生方が、良いものを柔軟にどんどん取り入れて、自分の手技に改良を加えていったからだという。

確かにいつまでも、古いオーソドックスな方法だけに固執してはいけないのだと思う。

自分のやり方が一番だといって誇る時代も終わった。

そんなことを感じながら、学会会場をあとにした。

 

 

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第7回抗加齢医学会に参加して

kocchan / 2007.07.23 22:22 / 推薦数 : 0

昨年につづいて、今年も京都で行われた抗加齢医学会に参加した。

「脳外科医が参加してどうすんだ。」と言われそうだが、脳卒中が日本人の死因の第3位である以上は、アンチエイジング医学という学問を通じてできる限りの治療と予防の啓蒙をおこなわなければいけないと思う。

きまり文句的な指導ではなく、その人の事情にあった具体的プログラムが組めればもっとよいだろう、そんなことを思いながら、この医学会を通じて勉強してきたつもりである。

今年は、興味あるテーマのほとんどは第1日目に集中していたのだが、事情あり第2日目からの参加になってしまった。

 

私の今回の主たる目的が、3日目の抗加齢医学専門医の試験を受けることにもあった。

 脳外科専門医の試験も、「これくらいのレベルならばよいのになあ」という感想をもちつつ、2時間の試験問題に取り組み会場をあとにした。

結果は10月1日に発表のようである。

 

アンチエイジングは、あらゆる科目の垣根をこえて取り組まなければいけない、健康長寿をめざす医学である。

 

 

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「健康食品のすべて」と題して、米国版のナチュラルメディシン・データーベースの監訳版がでたので購入した。

この本の中身をみてびっくりしたのは、世の中に健康食品と言われるものがいかに多いのかということである。こんなサプリやら健康食品もあるのかと関心してしまうものもある。米国版の監訳なので、日本では手に入らないものまで網羅してある。

しかし、日本や中国産の漢方薬系統のものは情報不十分ではある。しかし、年間4冊のアップデータも発行するというから、内容は充実してゆくこと間違いないだろう。

最近患者さんは、飲んでいる薬は教えてくれても、健康食品については教えてくれないことが多い。医療者サイドも、あまり注目していない場合がある。ねほりはほりよく患者さんに聞いてみると、かならず健康食品に手をつけている人がいる。この冊子には、医薬品との相互作用の情報も満載してあるので、注意を促すことが可能である。

しかし、あくまでも米国仕様であるから、日本独自のものも是非出版していただきたいところである。

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手術の思い出

kocchan / 2006.07.12 17:12 / 推薦数 : 0

新しい職場にきて、ほとんど手術をしなくなったため、思い出の手術をときどき頭に描く。

思えば、術前のイメージと術中のイメージがぴたっとあった手術は少なかった。まだまだ未熟だったと思うが、メスをほとんど下ろしたような今の立場に何の悔いも残っていない。

一番の思い出ふかい手術は、28時間にもおよんで摘出した比較的深部のAVM。

 AVMの手術は予定では、12時間であり、大きさ約3cmでガンマナイフの選択肢もあったが、患者30台後半の女性は「一気にすっきりと消失してしまったほうが気が楽だといい」手術治療を選択した。

AVMは、右前頭葉中心前回近傍にあり、出血発症ですでに左片麻痺を後遺症としてのこしている。脳表からのfeederが2-3本であるが、深部feederも1本くらい。dorenarは脳表に太いのが1本、ほか2本くらい。深部ドレナーはなかった。

ナイダスも比較的、脳表に近いが、中心前溝および上前頭溝を割ってひっくり返せば見えるはずであった。ところが、いざ開頭するとでてきたのは、確かに太いレッドヴェインのみ。その先にナイダスがあるはずと思いきや、まったくわからない。脳表に顔をだしているわけではなかったので、ドップラーで手探り状態でオペに突入した。

ナイダスが含まれているはずだと脳回切除術がはじまった。8時間かけて摘出してもレッドヴェインの色は変わらない。おかしい、しかたがないので、レッドヴェインの先にナイダスがあることはわかっていたので、レッドヴェインを手がかりにナイダスを探りにゆくことになった。ほってもほってもそれらしきものはない、顕微鏡でみると3cmというのがものすごく深く感じる。

この頃には、夜の10時を過ぎていたので、家族から心配の連絡がナースよりはいる。手術はこれからだったので、大丈夫と連絡をかえす。 

根気よくほってゆくと、ナイダスらしきものが出現。次にナイダスの底部を追ってゆく。深さは4-5cmくらいまで達する。非常に深いところに位置したナイダスだ。周囲を掘り起こしながらも小さなfeederの処理や出血の処理に7時間以上かかる。太いfeederには、ウェックのクリップで対応する。不注意に血管をつつくと出血してしまう、コントロールは難しくはないが、何度もおこると気持ちはくじけそうになる。家族に大丈夫と言った手前もあり、思い直してわれを忘れて止血と掘り起こしに打ち込む。上司が、「術者に水をやれ」と指示があり、スポーツドリンクの差し入れがくる。これによって、力が再びよみがえる。

上司は、「セカンドステージもあるぞ」と助言をくれるが、患者との約束もあるので、ひたすらナイダス露出とfeeder処理に力をつくす。

朝10時ころから手術をはじめて、翌日の10時にナイダスをすべて露出し、最後のfeederとおぼしきものを焼く。すると、レッドヴェインが、通常の静脈の色に変わってゆく。最後にドレナーをカットして、ナイダスをゆっくりと取り出す。やっと終わった、死に物狂いでとにかくやった手術だった。

それから閉頭して、手術が終わったのは摘出2時間後の12時である。術後は、ICU管理となった。

手術椅子から降りたときは、足に力が入らずの状態だった。しかし、やりとげた達成感があったので明るい気持ちで手術をでた。術後CTでも、出血などはみられなかった。

その日の仕事(病棟管理)を終え、フラフラになりながら帰宅。疲れは溜まっていたが充実感はあった。しかし、これから重症がきたら、手のうち用がないと思いながらバタンキュ状態であった。

患者が覚醒するまで、わからないと思っていたが、翌日には鎮静剤を切り、徐々に覚醒、抜管もされる。

患者の回診にゆくと、半覚醒ながら私の手をにぎり「先生ありがとう」の一言をいただく。この言葉に、私の眼から自然と涙が流れてしまった。「死にもの狂いでがんばった甲斐があった」。

上司曰く、「このような長時間の手術経験は最近は少なくなっているが、脳外科医ならば一度は経験しなくてはいけない」とのことであった。

「これで脳外科医の手術の世界に少しでも近づけたかな」と思った瞬間でもあった。

術前の検討や手術のストラテジーなど問題はたくさんあり、反省点も多くあった。決して、人に見せられるような手術内容ではないが、自分には多くの学ぶものがあり脳外科の手術の世界に触れる貴重な時間でもあった。

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