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往診診療

kocchan / 2011.12.28 21:34 / 推薦数 : 0

クリニックに閉じこもった診療だけではなく、週1回居宅型の介護施設とグループホームに往診にゆくことになった。

都市部での外来診療だけでは地域にむけての発信も限られてしまうし、経営的にも厳しい。

施設の往診をいれると診療の幅が広がるとともに経営にもプラスになる。

開業しながら、簡単な病棟管理をするような雰囲気になるので、時間外や夜間のコールなどもありうる。

でもそうそう急変はあることではないが、その場合には出向くこともある。

しかし、クリニックの直営施設ではないので、やむ得ないときは救急病院に行ってもらう。

そんな事情があるので、ときどき救病院側から、嘱託医が不在であることに苦言を言ってくることもあるようだ。

クリニック直営の病棟ではない、施設は患者さんにとっては自宅に等しいのだ。そんな事情も理解してくれないときにはちょっと淋しさも感じる。

経営も落ち着かず、休みもなかなかとれない。

疲れやすさも以前に比べると大きくなった。

 

安定した経営になるには、今は3年はかかると忘年会の席で先輩医師にいわれた。

3年ですむのだろうか。

開業3ヶ月、みちはまだ長い。

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開業2ヶ月目

kocchan / 2011.12.03 22:07 / 推薦数 : 0

あっという間に2ヶ月が過ぎた。

患者さんの数も、1日80名前後で経過している。

わたくしも少しずつまわりをみることのできる余裕はでてきた。

スタッフも徐々に慣れてきているが、経験値の差が出てきてる。

大病院で働いてきた人は、大きな病院のシステムや運営に慣れている。しかし、それが必ずしも患者中心とは言いがたい。

職員にとってはやりやすくても、患者にとっては不便なシステムであることは多々ある。

クリニックで働いてきた人にはそれなりのノウハウをもっている。しかし、それが必ずしもいまの現状に即したものであるのか考えないといけない。

事務方にとっても、人生の経験値も大きいが、わかりにくい保険システムを理解し、時には患者さんんもうまく説明しなければいけない。

患者さんを迎えるための窓口としての責務の大きさは看護士とは違ったポイントがある。

看護師においては、全体をみわたせる視点と全体の流れ、そして、患者さんの表情(病気の具合)や満足度を見なければいけない。医師の手の届かなかったところへ手がゆけるように助けなければいけない。

業務がうまく流れてゆくように、コーディネートする力も要求される。様々な、病気の情報や医学的な処置も知らなければいけない。

やることはたくさんある。

私自身も、来院する患者さんが多彩なので専門馬鹿をいつまでもかたるわけにはいかない。オールマイティーにみるが、専門的な観点が必要なときは転医をすすめている。

「ひろく浅くみるのが私の専門です」と話しながら、患者の答えに応じている。

最初からは、うまくはゆかないのはあたりまえかもしれない。でも、それがゆえに診療がうまくゆかなかったり、患者うけもわるかったならばそれも問題である。

自分自身にも非はあるかもしれない。

職員の足りないところは、もう少し、様子をみないといけないと思うが、すこしずつ修正して患者さんにとって気持ちの良いものに変えてゆかないといけない。

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患者中心の医療とは

kocchan / 2011.11.21 17:38 / 推薦数 : 0

「患者中心」を診療方針の中心におく病院は多いが、本当にそれを実践している病院はすくない。

わたしがかかった「病気を診るまえに患者自身をみよ」といっている病院も、患者よりも病気だけを診て治してもらった。

それはそれでよかったが、もう一度かかりたいとは思わなかった。

患者さんを守るには、患者を守る医者の労働環境や生活を守らなければいけないという風潮は強くなってきている。

脳外科医だった時代に、38度の熱をだしながらも手術をしたり、24時間立て続けに手術をこなしていたら、患者さんが

「そんなハードスケジュールのなかで、私の手術をうまくできるのですか?」と問われたのがいまになって思い出す。

非常に、こころが痛むような鋭い質問である。

疲れを感じていなかったし、むずかしい手術ではなかったので、「心配ないです。かわりにできる医者もいます」ということで答えた。でも、まったく大丈夫とも正直いえないところがあった。

患者中心の医療をおこなうにあたって、 

医師と患者はある意味一心同体であるという観点も必要だと考える。

そして、その関係も上下という関係よりも、自由に変わりうる関係であること。

医師は、パターナリズム的な上下を好むかもしれない、しかし、それでは医師中心の姿勢になる。

ときには横の関係に、ときには上下逆の関係なることもあってもよいはず。基本は、医師も患者も同一的な立場に立つことである。

そうなると、一般的な人と人の交わりや関係のなかでで築かれる”きずな”のようなもの、さらには、もっと深い関係が築かれてもよいはずである。

開業してみて、地域住民や多くの方々とのつながり重要性を非常に感じる。

この方は何のためにこのクリニックにきたのだろうか?以前ならばそんなことを考えてしまうような患者さんが多い。

他の病院で検査もうけ、治療薬ももらっていながらこのクリニックに来院する方が多いからである。

「ほかの病院と変わらないではないか」という方もいらっしゃるかもしれない。

しかし、自分が経営しているという感覚をすて、

「ここで開業させていただいてる。」

「地域の方々の支えがあるのでやっていける。」

そんな思いを強くしながら、とにかく、いまは無心で診療にあたる毎日である。

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開業1か月経過(理想と現実)

kocchan / 2011.11.05 20:36 / 推薦数 : 1

内覧会からあっという間に1か月。

早いものである。

患者をみている時間を思えば、1日もアッというまにすぎてゆく。

いままでとは違って自由に診療ができるところがよいけれども、保険診療を以前よりも意識して患者をみるようになってしまった。

いかにしてコストアップをはかるのか、医事と相談しながらの診療でもある。

月末になってレセプトのチェックに取り組み、現在奮闘中である。

理想と現実のはざまに立ちながら、めざすものを追求すると割が合わなくなる。とくに1人の患者に時間をかけると、患者は喜ぶが、経営陣は喜ばない。1人に30分もかかってしまうと、1時間に2人しか診れなくなる。3分診療ならば、30分あれば10人は診れる。

完全自由診療でクリニックを開業した知り合いの医師が言っていた。

「1日に診る事のできる患者は少ない、経営も楽ではない。しかし、1人の患者に対して十分時間をかけて診る事ができるので、診療が楽しくなった」という。

医療に金がかかりすぎているという認識は、変わらないと思うが、医療の質を低下させないためにはどうしたらよいのか。

単に、診療報酬アップをはかればよいというわけではないはずである。

開業医の毎日の診療も勤務医と同様に余裕はない。

 

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開業の準備

kocchan / 2011.08.03 16:11 / 推薦数 : 1

開業を決意して約1年。

昨年の今頃、すでに多くの話が持ち上がり、開業地の下見や設計など急ピッチですすめられた。

地主さんとの交渉も意外と順調にすすんで非常に好意的にことがすすみ、建て貸しの契約もすんなりとまとまった。もちろん、地主さんには自分たちのめざす医療について十分理解していただいたことが大きい。

3月はじめに建設がはじまり、あの3月の大震災のあおりをなんとかくぐり抜けながら、急ピッチで作業は進められた。

4、5月には、検査機器の選定や銀行の融資交渉もすすめてゆき、なんとか順調に形だけはできあがってきた。6~7月にかけて、職員の募集や内部のソフト的な部分の調整をおこない、8月から具体的な打ち合わせ作業にはいってゆく予定である。

9月から建物の引渡しに入るの本格的な準備に入る。

8月一杯で今の職場を退職することになり、現在、病棟の患者の退院調整や外来患者などの申し送りなどをおこなっている。

10月からいよいよ開院予定。

期待と不安が入り混じっていて、落ち着かない毎日である。

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当院回復期リハビリ病棟の現状

kocchan / 2011.07.01 12:58 / 推薦数 : 0

私が担当する病棟の現状を報告する。

私の担当患者数は現在40名~50名、脳血管疾患が主体であるが、最近は、廃用症候群での入院が多くなってきている。廃用にいたった基礎疾患は様々あるが、肺炎や心臓疾患、消化器病の方々が多い。

そのほか、半数以上が高血圧や糖尿病を合併している。

 患者分布として、特殊なケースは原因不明の難病のかた、大方は神経内科疾患が関係している方や悪性腫瘍で転移巣がみられる末期の方など。

 そして、先天性の奇形をわずらっている方も1人担当している。

内科疾患関連の廃用症候群が多いのは、当院に内科医がいなくなったことが大きい。

 派遣でこられる内科の先生はおられるが、療養病棟の担当になっているので、回復期には主治医としてはノータッチの状況である。

 急性期病院からの依頼紹介状は多く、最近になって申し込みが途絶えることがない。

 治療半ばでも特別やることがないので紹介された方、1人暮らしで帰るあてのないかた、施設への入所予定だがそれまでの待機としての入院など社会的な問題抱えている方も多い。

 このような多彩な患者さんが多くなってから、勤務時間も時間外になることが多くなってきている。

 急性期病院の苦労は理解しているつもりであるが、リハビリ病院の勤務状態も必ずしも安定したものではなく、医者の数が少ないなかでは、担当患者数が増えて負担も大きくなっている。日勤帯は休む間もなく仕事をしている。

 新患診察、病棟回診、検査処方、書類作成、カンファランス、患者家族面談など。とくにカンファランスと面談を40例以上の患者に月1回はおこなうとするならば、月23日の勤務のなか少なくとも1日2例は行わなければいけない計算である。しかし、スタッフの事情もあるので、週3日間のなかに集中して行うことが多いので、1日3~4例にカンファランスと面談で時間がとられる。これが意外とたいへんである。

病状は安定しているというのが原則ではあるが、複数の病気を抱えている方がほとんどであることを考えるならば、同じパターンで問題解決に必ずしもいたらないケースが増えつつある。そのためにカンファランスが長引いたり、面談も長引くことがしばしばある。予定外の面談もときには出現する。

 

 このように予想外の事態に対応できるような回復期リハビリ病院の病棟施設のハード面やソフト面での充実が必要な時期にきている。しかし、ハード的な充実をはかったとしてもそれに見合う人材がそろっているわけではないし、リハビリ中心の病棟なので急性期とはあまり変わらない病棟体制をとるわけにもいかない。

 受け入れ患者を事前に十分な情報収集とともに取捨選択してゆくしかないと考える。急性期の先生方が忙しいなかで十分な情報をまとめるだけの時間がないとしたならば、こちらからも急性期病院にいって情報をあつめてゆく姿勢も必要なのかもしれない。でも1人の医者がいくら病状はかわらないとはいえ40~50名の患者の主治医になるのは患者さんに申し訳ない。なかには、それほど気をかけてあげられない患者さんもでてくるからである。

 

 そんなことを思いながら、思わぬ状態に変化してゆく(必ずしも良い方向ではなく)患者の姿をみながら考えてしまう。

 

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嚥下障害をおこしたある症例

kocchan / 2011.06.25 13:04 / 推薦数 : 1

昨年あったちょっとしたエピソードである。

脳梗塞で、右麻痺と運動性失語の70代の男性患者さん。

もともと口数の少ないかたで、自己主張もあまりない。言語訓練も今ひとつすすまない状況だった。

ちょうど約3ヶ月のリハビリを終えて、そろそろ退院も間近になった。

家族も受け入れ態勢を整えていた。

食事は、もともと自分で食べられていたが、ある日突然食べられなくなった。

介護していた摂食嚥下療法士が、昼食は問題なく食べられていたのに、夕食は食べられないという。元気も今ひとつだし、嚥下反射もよかったのに突然わるくなってきたという。

バイタルサインはほとんど問題ない、体温も高いわけではない。脳梗塞の再発だろうか?

患者本人の意識もそれほど低下したようにはみえなかったが、ちょっと元気がない。

さっそくMRIをおこない病変の有無を確認するが、特別目新しい所見はみあたらない。

おかしい?

ひょっとしたら脳幹部梗塞があるのかもしれないなどと考えつつ点滴を併用しながら様子を見ることにした。

翌日には、食形態をかえてなんとかいけるかもしれないとの報告をもらった。しかし、嚥下食では、自宅でつくるのもたいへんであり、あまり現実的ではない。

自宅に帰るに当たってどう対応したらよいのか?退院までの期間がないなかで頭を悩ますことになった。

3日目になり、一度しっかりと患者さんと向き合うしかないと思い、下部脳神経機能をチェックすることを考えることにした。ナースステーションにたまたま患者がいたので診察をこころみることにした。

舌の提出は悪くない、でも、声がほとんど出なくなっている。命令にもよく応じるし、おかしい?顔面神経麻痺も中枢型であるので軽い。下咽頭から喉頭部に何かあるのではないかという考えがおよび

患者さんに口を大きく開けてもらうと、

「おやっ、何だこれ!」

思わず病棟中に聞こえるような大きな声をあげてしまう。

何か咽頭の奥に見える。近くの看護師に異物かん子をもってくるように指示、ひきあげたところ出てきたのは

「入れ歯」であった。

危機一髪。よく、窒息しないで済んだものである。

患者さんも自分では主張しないが、実は、喉の奥に何かあることは感じていたようである。

「喉の奥が苦しかったでしょう」というとコクリとうなずいた。

異物がなくなってからは、食事も飲み込めるようになり、食形態ももとにもどすことができるようになった。

あとから

ケアワーカーからの報告で、実は、3日前から入れ歯が紛失していて捜していたことがわかった。

家族とのトラブルもなかった。

摂食嚥下療法士もついていながら、結局、わからなかった医療事故である。

なかなか遭遇することのない事件であると思うが、患者さんを身近で診てみることの大切さを感じた事件であった。

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治療の選択肢

kocchan / 2011.03.01 20:39 / 推薦数 : 2

医療にはもっと多角的かつ自由にものをみる視点があってもいいではないか

最近の私の視点である。

保険診療という制約や現代西洋医学という制約。または、科学的根拠という制約がはいると治療に携わるにあたって多くの壁にぶち当たることになる。

CTがないから、頭の中はわからない。

データがないので、この治療は使えないなど、現代医療は選択肢をどんどんせばめており、この病気にはこの治療しかないという傾向をさらに強めている。

例えば、くも膜下出血も出血源の処置をしなければ何もできないというのににている。

がん患者さんもやるべき治療法がなくなると、保存的治療という自然治癒にまかせるレベルにはいる。

でも自然治癒のメカニズムについての研究はほとんどなされていないのが現状のため、医療者側の介入はなくなる。あえてやるならば、緩和ケアとなる。

もしそれらの制約がなくなれば、どんな治療法があるのか?

いろいろな民間の治療法を読みあさると実に数多くの療法があるのに気づくわけである。

現代医療は、実に狭い範囲内や考え方のなかで、それを実現するために多くの技術と金をかけながら進歩してきていることがわかる。

民間治療には良いものやあやしいものもある。

本当は良いのに、使い方を間違ってあやしくなるものもある。

ホメオパシーなどがその良い例である。

長年にわたって販売されてきた、「ダーセン」という治療薬も販売中止になった。

神経外科や内科でよく使われた脳代謝賦活剤もずっと以前に消えてしまった代表である。

EBMのレベルでみれば、ホメオパシーと変わらないEBMレベルであるともいわれる。

医療者の考え方や見方の根本が問われている。

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各種医療機器の発達や進歩により、いろいろな生体の情報を即時に検査することが可能な時代。

病気の診断も、忙しい外来環境のなかでは時間をかけて診ることが難しくなってきている。そんな中で、各種検査は力を発揮するし、医療単価も高くなるのでそちらに傾いてしまう。

でも、「病気を診ずして患者を診よ」という言葉は決していまでも色あせることがない。

漢方医学の古典である「傷寒論」でも、患者を十分みず、脈もいいかげんにとって方剤を処方して終わりみたいな医者が多いことを嘆いている。

この古典が書かれたのが、後漢末期の時代というから、こんな時代にすでに現代の医療を彷彿とさせるような医療者の姿があったとは驚くべきことである。

リハ医になって私自身変わったのは、患者さんの生活背景や家族間の人間関係など病気以外のところにまで関心をもってみれるようになったところである。

でも、それだけではもの足りなく、東洋医学や各種代替医療を通じて患者さんとふれあうことを知ることがさらに重要な位置を占めつつある。

とくに患者さんの体質や性格傾向などは、代替補完医療では大切な情報の一つ一つであるし、治療動機にもつながる。しいては、生活や生き方の提案もできる。

だからこそリハ医には、必要な代替補完医療の知識を身につけることを私は提案したい。

 

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職場での変化

kocchan / 2011.02.21 21:57 / 推薦数 : 1

医師不足に悩む病院が多いなか、当院だけは違うなどとはじめは思っていたが、1人やめ2人していく中で、しだいに仕事の内容も濃いものになってきた。

内科医の先生が不在となったので、内科的な仕事にも必然的に従事しなければいけなくなったところが大きい。

「医者1人いなくなるだけでこうも仕事が増えるものなのか」自分でも信じられなかった。

冷静に考えてみると、

入院患者数は増えているし、外来での仕事も増えている。

院内での内科疾患についての相談も何故か私に問い合わせがきたりもする。

立派に内科医としての役目がはたせられればよいのだが、残念ながら様々な見落としをしているのも事実である。

肺炎だと思って転院した患者さんは、実は、心筋梗塞だったり、寝たきりになった方の胃婁増設を他院にお願いしたら、十二指腸潰瘍からの出血がみつかり、胃婁どころではない状態であることが判明したり・・・。

内科医として仕事するにはあまりにも未熟すぎである。

そんな中で、また医師が一人やめる話・・・。

一方、新たに就職を希望する医師がいる話もある。

激動の1年になりそうな気配である。

 

 

 

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