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Doctors Blog

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震災を通じて感じたこと

kocchan / 2011.03.22 20:14 / 推薦数 : 1

明日はわが身を感じながら過ごす毎日。

そして、同時に日ごろどれだけ恵まれた生活をしていたのかを本当に感じる毎日となった。

店頭にゆけばあふれんばかりの食事や食べ物があり、まずこまることはなかった。

その中から好きなものを好きなだけ食べられる毎日。

部屋には、冬は暖房、夏はクーラーで快適。

時には、冬なのに汗びっしょり、夏なのに風邪をひいたり。

夜は、24時間電気は使い放題、電気はあってあたりまえの毎日。

水もあたりまえのように好きなだけ飲むことが可能な毎日。

 

そんなあたりまえと思われたことが、実は当たり前ではなかったのだ。

生きるに必要な最低限の生活は与えられてあたりまえではなく、むしろ、なくなってしまうことのほうが十分ありえることであると知った。

この震災を通じて、今の生活が今後もずっと変わらず続けられる保障はないのである。

いつなくなってしまうかもしれないものばかりである。

 

そんなことを考えると、すべてがありがたい。

感謝である。

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雇われ院長

kocchan / 2011.03.05 10:08 / 推薦数 : 2

ある病院の雇われ院長が、やめることになった。

原因は、院長の問題?

理事長側としては、病院職員の院長に対する不満や心無い言葉によるハラスメントを聞いたことによるという。

それだけが原因なのか否かは真実のところはわからない。

最初は解雇、更迭という言葉は出さないまでも、名誉職になってもらうことを口実に院長をおりてもらうことに・・・。給与は半減、外来診療は週数回やるだけでよいとの通達なので実質は、降格人事である。

「自分は何も悪いことをしていないのにどうしてこのような仕打ちをうけるのだろうか?」

院長には身に覚えがないという。

当然ながら、退職願いを理事長に提出することになった。

驚いた理事長は「申し訳ないことをした。やめないで欲しい」と訴えたともいうが、後の祭りである。

名誉院長だから辞めるはずはないと思ったのだろうか?

仕掛けたのは理事長自信ではないのか?裏をとれば更迭である。

後任の院長も決まっていない中、医療法人内はおおゆれである。

 

所詮「雇われ院長」というのは、理事長とあわなければこうなってしまうのか。

かつては、暴力沙汰になった話や夜逃げした院長の話などをよく聞いたもの。

雇われ院長になる場合には、理事長の人となりをよく知らないといけないかもしれない。

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治療の選択肢

kocchan / 2011.03.01 20:39 / 推薦数 : 2

医療にはもっと多角的かつ自由にものをみる視点があってもいいではないか

最近の私の視点である。

保険診療という制約や現代西洋医学という制約。または、科学的根拠という制約がはいると治療に携わるにあたって多くの壁にぶち当たることになる。

CTがないから、頭の中はわからない。

データがないので、この治療は使えないなど、現代医療は選択肢をどんどんせばめており、この病気にはこの治療しかないという傾向をさらに強めている。

例えば、くも膜下出血も出血源の処置をしなければ何もできないというのににている。

がん患者さんもやるべき治療法がなくなると、保存的治療という自然治癒にまかせるレベルにはいる。

でも自然治癒のメカニズムについての研究はほとんどなされていないのが現状のため、医療者側の介入はなくなる。あえてやるならば、緩和ケアとなる。

もしそれらの制約がなくなれば、どんな治療法があるのか?

いろいろな民間の治療法を読みあさると実に数多くの療法があるのに気づくわけである。

現代医療は、実に狭い範囲内や考え方のなかで、それを実現するために多くの技術と金をかけながら進歩してきていることがわかる。

民間治療には良いものやあやしいものもある。

本当は良いのに、使い方を間違ってあやしくなるものもある。

ホメオパシーなどがその良い例である。

長年にわたって販売されてきた、「ダーセン」という治療薬も販売中止になった。

神経外科や内科でよく使われた脳代謝賦活剤もずっと以前に消えてしまった代表である。

EBMのレベルでみれば、ホメオパシーと変わらないEBMレベルであるともいわれる。

医療者の考え方や見方の根本が問われている。

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各種医療機器の発達や進歩により、いろいろな生体の情報を即時に検査することが可能な時代。

病気の診断も、忙しい外来環境のなかでは時間をかけて診ることが難しくなってきている。そんな中で、各種検査は力を発揮するし、医療単価も高くなるのでそちらに傾いてしまう。

でも、「病気を診ずして患者を診よ」という言葉は決していまでも色あせることがない。

漢方医学の古典である「傷寒論」でも、患者を十分みず、脈もいいかげんにとって方剤を処方して終わりみたいな医者が多いことを嘆いている。

この古典が書かれたのが、後漢末期の時代というから、こんな時代にすでに現代の医療を彷彿とさせるような医療者の姿があったとは驚くべきことである。

リハ医になって私自身変わったのは、患者さんの生活背景や家族間の人間関係など病気以外のところにまで関心をもってみれるようになったところである。

でも、それだけではもの足りなく、東洋医学や各種代替医療を通じて患者さんとふれあうことを知ることがさらに重要な位置を占めつつある。

とくに患者さんの体質や性格傾向などは、代替補完医療では大切な情報の一つ一つであるし、治療動機にもつながる。しいては、生活や生き方の提案もできる。

だからこそリハ医には、必要な代替補完医療の知識を身につけることを私は提案したい。

 

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