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帝京大の院内感染についての、各界で様々な批判がでている。
不当な捜査であるとは、私も思うが、そもそも発想の原点がどこにあったかをもう一度見直さなければいけない。
病気、とくに細菌感染症の原因として考えられる様々病原菌やウィルスの問題。
諸悪の根源は、細菌やウィルスにあるのだからそれらを排除すれば、病気の予防や治療につながるという考え方である。
インフルエンザもウィルスに接触しないようにするための予防や予防接種が中心である。
胃潰瘍も、ピロリ菌感染が原因だからそれを除菌すれば胃癌の予防になるという考え方になった。
子宮がんも、乳頭腫ウィルスの予防をすればよいということで予防接種がはじまった。
今年も、インフルエンザの予防接種が過熱しそうな雰囲気である。
私の病院でも、予防接種の問合せがすでに寄せられているのである。
病気の原因は、細菌やウィルスにあるという視点に対して、私は反対はしない。しかし、問題は視点をそれだけに向けてよいのかということである。
胃潰瘍の原因については、ハンスセリエが唱えたストレス学説を信じている人などほとんどいなくなっている。
あのストレスという考え方は、否定されてしまったのだろうか?
感染症の発症は、細菌と宿主の免疫的なバランスでなるのであって、細菌があれば皆なるわけではない。
しかし、宿主の免疫能力や自然治癒力を無視した視点で病気が語られるので、細菌に効かない薬を投与すると”やぶ医者”扱いされる。
それが多剤耐性となって、多くの方が院内感染になれば病院の問題になり、訴えられる。
その視点でゆけば、
新型インフルエンザを 防ぎきれなかった国の防疫体制も同様に訴えられてもいい問題だと考える。死者もいたではないか。
原因を見える形でなんでも示されたらそれほど楽なことはない。みえないものは、わからないから・・・。
でも、見えないから、目をそむけるから大きな問題がおきてくる。
なぜ人は病気になり、何故治って行くのか?その視点も確立されていない。
多剤耐性の問題に対しては、抗菌剤の正しい使い方を提唱するだけで、宿主(人間)側の治癒力を促す手段はしめされていない。
宿主側の問題であるストレスという考え方も、漠然としているので、見える形ではしめすことができなかったところに原因があるかもしれない。
医学も見る視点を変えていかなければ、今後、ますます不可思議なことが多く起こってくるであろうことは創造するに難くない。
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9月7日今日はたいへんきれいに富士山がみえましたので写真をアップします。
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富士登山シーズンも終わりである。
わずか2ヶ月の間に、30万近い方々が富士登山にのぞむ。
9月に入ればもう人もいないだろうと思って、富士宮口5合目に向かったところ、
5合目付近で車の渋滞。
路上縦列駐車した多くの車が、変わらずに並んでいる。
「まだ、富士登山シーズンは終わっていないのか?」
5合目では、おおくの登山客でいまだにぎわう。
確かに、9月だというのに5合目は20近い気温である。
でも、その日は曇っていたので、おそらくご来光も無理、眺望も悪い。
それでも富士登山ブームは衰えていない。
異常に暑いこの季節にあって、富士登山シーズンも9月半ばまでずれ込みそうな雰囲気である。
でも、9月の富士山は要注意である。10月になれば冬である。
くれぐれも甘く見ないで注意してほしいものである。
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夏場は脳血管疾患は減少するのはよく知られている。
しかし、熱中症と思って治療していると脳梗塞も合併していたとか、
クーラーによる風邪や肺炎と思って治療していたら、脳梗塞も合併していたということがある。
脳梗塞が原疾患ではなく、脱水や炎症に伴う血液粘度の低下によりもたらされた合併症である。
さらに厄介なのが、高齢者が増えたことにより、1つの主病名ですべての状態を語れる人がほとんどいないことである。
2つ3つの主病名を持っている方がほとんどであり、もっていない方は、健診を受けていない方であったり、病院にかかることを拒否してきた人であることが多い。
そんな中で臓器別診療していると対応が不十分であったり、疾患を見落としたりする場合がよくある。
リハビリテーション医療を行うと、脳梗塞と診断された人が、実はリハビリにきて、悪性腫瘍がみつかったり、心臓疾患がみつかったりなどすることがある。
とくに、やっかいなのが心疾患がみつかった場合である。
手足に麻痺のある方で、心疾患をもっていると心臓に大変な負荷がかかる。
重症の場合は、前医と相談して、転院することもある。
しかし、残念ながら重症の弁膜症があるかたで、高齢でしかも脳梗塞のある方は、手術適応なしでまた戻ってくる。
そうすると、こちらにあとはすべてを丸投げされるので、突然死のリスクを語りながらも、在宅の方向へ家族に検討してもらう。
ところが、家族は、何もしなければ元気なのだから、もっとリハビリさせて欲しいと願う。
家族の思いをすこしでも満足させるべく、リハビリの内容を理学療法士たちと相談しながら組んでゆくわけだが、患者さんと向き合う彼らや介護士やケアワーカーは慎重にならざるを得ない。
短期的にみれば負荷はかけられても、同じ負荷をかけ続けて同じADLは維持されるのか
そんなことはまったくわからないわけである。
最近、そのような心疾患を合併した脳梗塞の患者さんを診る機会が増えてきており、家族の期待との間で悩むことがある。
患者さん本人の身体的なバランス、患者と家族のバランス、そして、患者さん一家と医療者とのバランスをいかにうまくとりながら、全体のシステムをどう動かすのか?
リハビリ医が手がけようとする仕事は、医学的な専門性やEBMだけではとてもやっていけない。
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