| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
< 楽しく予防 -養生医療のすすめ- | メイン | 2010年富士山登頂記 >
たまたまTVをみていると、悲惨なニュースを聞いてしまった。
最近は、老人や子どもの虐待の話があまりにも多い。
とくに、衝撃をうけたのは、育児を放棄し親は遊びほうけていた話である。
8月15日になると、かつての戦争を報道した番組やドラマが増える。
たしかに、日本には戦争はなく平和のようにみえる。
しかし、悲惨なニュース報道が耐えないのはどういうことなのか?
戦争の悲惨さを伝えば、良い社会がやってくるのだろうか?
悲惨なニュースを報道する意義はどこにあるのか?
平和を主張する人たちこそ、心に平和が必要なのではないか?
なぜならば、彼らの行動は、必ずしも心に平和を覚えないからである。
こころの平和は、真の癒しによってしか得られないものである。
真の癒しをめざした生き方はどんな生き方なのか?
へいわを主張するならば、そんな生き方をまず求める必要がある。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
コメント
コメントはまだありません。コメントを書く