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< 統合医療推進に反対な医師会 | メイン | リハ医になって2年目 >
「医療に正しいという答えはない」
私が最近思うことである。
言い換えれば、「治療の可能性はいくらでもある」ということである。
昔、病気は治ったら健康、治らない場合は死だといわれた。
本当に治れば健康しかないのかといったら、決してそうではなく、脳血管障害の患者さんにもあるように、意識がなくなって植物状態のようになる方、手足が麻痺する方、認知症になる方など様々な後遺症をのこす人もいる。でも、我々は後遺症をのこしながらも治った、または落ち着いたなどと表現する。(患者さんは治ったとは思わないのだが・・・。)
しかし、治療をそういう観点からみれば、後遺症を残しつつも治療したわけである。
痛みについても、痛みが完璧なまでになくなるという治療もあるが、まったく治らない治療法もある(治療というのか疑わしいが・・・)。しかし、その痛みも気にならなくなるレベルにもってゆけばそれもまた治療である。
がん患者さんもガン細胞と共存をはたせれば、進行しないレベルに治療されたのである。
患者さんによって、それぞれの選択肢があり、それぞれの方法がある。
正しいのはこれしかないとすると、誤診ということばも生じうる。
しかし、本当にその方法がよかったのかどうかは、その方の全人生とその後のこともみてみなければわからない。
だから、一見間違った方法であったとしても、その後の人生や一生をみないとわからない。
医学では長期成績ということばもあるが、人生の質やその後の問題に関することや判断は、学問的なものだけでは推し量れない。
EBMにもとずいた医療が、はたして本当に正しい方向性を示唆するものなのか?よく考えなければいけない。
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