| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 |
< 「代替医療のトリック」を読み-統合医療と... | メイン | がん治療についての相談 >
「健康とは何か」身近な問題ではあるが、非常に難しい問題でもある。
身心のみならず、霊性の問題も含めて健康であることが大事であるというWHOの定義もある。
でも、それらを定義したところで、「果たして本当の健康とはなんであろうか」
そんなことが、最近の私の大きな問題としてある。
予防医療こそ医療者がめざす究極の医療であることは間違いなさそうである。
しかし、健康ということを考えたときにどんな状態の健康をめざすべきなのか。
おおよそは、身体の問題が健康を奪うきっかけになる。ときには心が何の不足もなく満足しているにもかかわらず、身体的に良くないと判断される場合もある。
逆の場合もあり、身体は何も問題ないのに、心が病んでいる場合もある。こちらの問題を取り扱うことは、医学の分野では大変不得意である。
私が、関心をもったアンチエイジング医学では、
健康寿命ということを主張し、暦年齢×0.7の年齢基準の健康を主張している。例えば40歳ならば28歳基準の身心状態をめざせというのである。
これは身体的なものが中心になっている。
統合医療ではどうか?
どうもこれだと受診者主体であるから人によって様々な健康観が入り乱れそうである。健康とは何かという定義なども定めなくてもよさそうである。しかし、めざす健康は、もっと内的なもの、特に精神面での健康になりそうである。
さらにホリスティック医療ではどうであろうか?
「人間まるごととらえる」この医療では、死の問題も含めて考えるという。さらには、「自己実現をめざす」というあらゆる医学や医療の定義の中にはなかった言葉がはいっている。
自己実現とは、医療的には健康をとりもどすということになろうが、宗教的な側面からみると、本来の自分に帰ること、本当の自分自身を見つけ出すことである。
ここまでくると、今の医学の世界で医療を語ることは不可能に近い。宗教と医療の接点は、おそらく、この自己実現という一点で一致をみる可能性がある。
ホリスティックな観点からの健康観は、宗教的な力を少し借りないと究極的な目的には達しにくい。
代替医療のなかでもエネルギー医学の勉強してゆくと、「祈り」とか「瞑想」「レイキ」「セラピューティックタッチ」「ホメオパシー」などなどがその接点に近いものがある。
まさにみえない世界での医療である。
身体面のみなならず、精神や霊性まで健康について語り始めるとその域に手をつけないと難しい。
そんなことを最近思いはじめている。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
コメント
コメントはまだありません。コメントを書く