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脳外科医からリハ医になって、4月で2年目になる。
脳外科医時代は、手術の腕をみがくことに力を注いだ。
しかし、患者さんのためというより、自分の本当の気持ちが患者さんにむいていないことに気がついた。
手術の腕を磨くには、脳血管障害や脳腫瘍になった人がこなければ腕はみがけない。
病気を治しているようであるけれども、根本に対して何もしていない自分に気がつく。
できれば、開頭手術をうける人は少ないほうが良いに決まっているのだ。
予防ということを考えていた矢先に、転職。
手術をしない脳外科医として出発したが、病院側は収益のために手術をのぞむ。できれば手術はもうやりたくないと思っていたときに、今の職場を紹介され、リハ医の道を選んだ。
リハ医は脳血管障害などで麻痺などののこった患者さんへの幅広いケアが中心である。
特に疾病予防のみならず、生活自立支援、介護支援、施設紹介など家族を含めた幅広さに注目した。
そして、様々な職種の方々との連携協力が大変重要であることも知らされた。その中心に医師がはいるが、障害をかかえる患者さんと現場で介護している家族がその主役である。
専門家は医師というより、患者さんと接する機会の多い、看護師やPT、OT、STや介護にかかわる方々である。
できれば、彼らの立場をもっと評価しても良いと思うし、その中心に医師が必ずしもたつ必要はないと思うようになった。
さて最近は、いろいろな代替補完医療(CAM)にも触れる機会があり、自分の目指すものがあいまいになってきている。
でも、私の考え方の原点は、予防医療であり、治療の専門家になることではない。
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「医療に正しいという答えはない」
私が最近思うことである。
言い換えれば、「治療の可能性はいくらでもある」ということである。
昔、病気は治ったら健康、治らない場合は死だといわれた。
本当に治れば健康しかないのかといったら、決してそうではなく、脳血管障害の患者さんにもあるように、意識がなくなって植物状態のようになる方、手足が麻痺する方、認知症になる方など様々な後遺症をのこす人もいる。でも、我々は後遺症をのこしながらも治った、または落ち着いたなどと表現する。(患者さんは治ったとは思わないのだが・・・。)
しかし、治療をそういう観点からみれば、後遺症を残しつつも治療したわけである。
痛みについても、痛みが完璧なまでになくなるという治療もあるが、まったく治らない治療法もある(治療というのか疑わしいが・・・)。しかし、その痛みも気にならなくなるレベルにもってゆけばそれもまた治療である。
がん患者さんもガン細胞と共存をはたせれば、進行しないレベルに治療されたのである。
患者さんによって、それぞれの選択肢があり、それぞれの方法がある。
正しいのはこれしかないとすると、誤診ということばも生じうる。
しかし、本当にその方法がよかったのかどうかは、その方の全人生とその後のこともみてみなければわからない。
だから、一見間違った方法であったとしても、その後の人生や一生をみないとわからない。
医学では長期成績ということばもあるが、人生の質やその後の問題に関することや判断は、学問的なものだけでは推し量れない。
EBMにもとずいた医療が、はたして本当に正しい方向性を示唆するものなのか?よく考えなければいけない。
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統合医療に対する日本医師会の姿勢がでていた。
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「今、あえて科学的根拠が確立していない統合医療が推進される背景には、混合診療を解禁し、市場原理主義に立ち返ろうという狙いがあるのではないかとの疑念を抱かざるを得ない」と強調、「このような流れに強く反対する」とした。
http://www.excite.co.jp/News/society/20100311/Cabrain_26713.html
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「統合医療に科学的根拠が確立していない」という論調に反対の投稿をしたい。
以前にも書いたとおり、統合医療の根本的なベースをよく理解なさっていない意見である。統合医療の基本姿勢は科学的根拠のある既存の西洋医学である。これが根底にあっての統合医療である。
それを否定して代替医療に誘導するものではない。
また、現実の医療現場では、西洋医学ベースで治療方針を決定しようとしても、様子観察とか、保存的加療などという場面が増えている。
受診患者さんたちが高齢化していることや、病気をいくつももっている方が多いためである。
一筋縄ではいかないのである。
なんでも診る総合科もあるが、患者受診率は必ずしも高くない。私が以前勤めていた病院では、閑古鳥が鳴いていた。
統合医療の考え方は、総合科の役割をさらに格上げできる機能もあると考える。
例えば、どこの科にも属せない方、治療する病気が複数あるけれども、全体的にみて絞り込むことはできるか否かの検討。
多数の科にわたって処方される内服薬を代替医療の併用などによってもう少し減らせないかどうかの検討。
逆に代替医療ばかりにたよる方を西洋医学的なアプローチでもっと効率的にできないかどうか、代替医療を利用する必要があるかどうかの検討。
統合医療は、医学の世界の話ではない。(科学的なエビデンスは、医学のレベルの話である。)
日常診療をおこなう先生方の考える幅を広げる医療であり、もっと患者さんと近づける医療でもある。
患者さんの生活的な背景や経済的な背景などあらゆることを考慮して治療ニーズに答えてゆくものである。
相談型の統合医療ならば、
保険診療か混合診療かを問わずに可能である。
しかし、治療となれば、保険適応のあるもののみに限定してしまうと、代替医療への誘導が難しくなる。そのために患者さんは隠れて代替医療をやることになる。
ときには、高額な投資をしている人もみかける。
そのような現実に「科学的根拠がないから」だけで医療者が眼をつむって済まされるのだろうか。
統合医療は、医療者は医療者で考えること患者は患者で考えていることのそれぞれの思いを統合(積分)しうる可能性がある。
はたして目の前の患者さんにとってよい医療とは何のなのか、患者さんの声を聞いて新たな視点で考える機会もでてくる。
目の前に答えがありながら、科学的という視点だけにとらわれて答えがみえなくなるようなことがないようにしたい。
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最近、がん治療の専門家ではない私に、がん治療について相談をしてくる方が多い。
相談の内容は、
原発巣は処理されているが、転移がんと思われるかたの治療相談。
すでにいくつかの転移巣がみられているが、なんとかしたいという方。
腫瘍は、そんなに大きくないが、腫瘍マーカーが上昇してきているため不安で仕方がない方。
原発巣は処置済み、転移巣も処置ずみ、しかし、腫瘍マーカーは確実に上昇してきていて、主治医からは様子をみるしかないとされている方。
数個の原発巣を抱えながらも、脳卒中にかかったので、治療が中断となり、その間に原発巣の増大がみられる方。
原発巣は処理されているが、転移巣が最近みつかったものの、脳卒中にかかり麻痺などをのこしたため、主治医の治療方針がかわって、自宅で余生をすごすことになった方。
がん治療は終了したようだが、化学療法の副作用で末梢神経障害をのこし、後遺症に苦しむ方。
この方は、がんの再発におびえつつ今のところ問題はないようである。しかし、この後遺症がとれず、数年間悩み続けている。
職場の知り合いとか、妻の知りあいとか親戚といった方々がほとんどである。ちゃんとした施設に通院している方ばかりなので、いいかげんなことは言えないし、いいかげんな対応もできない。
主治医に隠れて代替補完医療をすすめるわけにもいかず、こんな方法もあるよといくつかの治療を紹介した。
代替医療は、高額なものが多いので、藁をもつかむ思いでいる方には注意が必要である。
おおよそ主治医に見捨てられたように感じている方は、いろいろな代替医療に走る方が多いときく。そこのところが、現代西洋医学治療(三大~四大治療)の問題点(そのようにせざるをえなくしていることで)である。
治療の幅が広がれば、もう少し救われる人も多いと思う。
こんな本が、参考になるかもしれない。
「日本一わかりやすいがんの教科書」(水上治著)
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「健康とは何か」身近な問題ではあるが、非常に難しい問題でもある。
身心のみならず、霊性の問題も含めて健康であることが大事であるというWHOの定義もある。
でも、それらを定義したところで、「果たして本当の健康とはなんであろうか」
そんなことが、最近の私の大きな問題としてある。
予防医療こそ医療者がめざす究極の医療であることは間違いなさそうである。
しかし、健康ということを考えたときにどんな状態の健康をめざすべきなのか。
おおよそは、身体の問題が健康を奪うきっかけになる。ときには心が何の不足もなく満足しているにもかかわらず、身体的に良くないと判断される場合もある。
逆の場合もあり、身体は何も問題ないのに、心が病んでいる場合もある。こちらの問題を取り扱うことは、医学の分野では大変不得意である。
私が、関心をもったアンチエイジング医学では、
健康寿命ということを主張し、暦年齢×0.7の年齢基準の健康を主張している。例えば40歳ならば28歳基準の身心状態をめざせというのである。
これは身体的なものが中心になっている。
統合医療ではどうか?
どうもこれだと受診者主体であるから人によって様々な健康観が入り乱れそうである。健康とは何かという定義なども定めなくてもよさそうである。しかし、めざす健康は、もっと内的なもの、特に精神面での健康になりそうである。
さらにホリスティック医療ではどうであろうか?
「人間まるごととらえる」この医療では、死の問題も含めて考えるという。さらには、「自己実現をめざす」というあらゆる医学や医療の定義の中にはなかった言葉がはいっている。
自己実現とは、医療的には健康をとりもどすということになろうが、宗教的な側面からみると、本来の自分に帰ること、本当の自分自身を見つけ出すことである。
ここまでくると、今の医学の世界で医療を語ることは不可能に近い。宗教と医療の接点は、おそらく、この自己実現という一点で一致をみる可能性がある。
ホリスティックな観点からの健康観は、宗教的な力を少し借りないと究極的な目的には達しにくい。
代替医療のなかでもエネルギー医学の勉強してゆくと、「祈り」とか「瞑想」「レイキ」「セラピューティックタッチ」「ホメオパシー」などなどがその接点に近いものがある。
まさにみえない世界での医療である。
身体面のみなならず、精神や霊性まで健康について語り始めるとその域に手をつけないと難しい。
そんなことを最近思いはじめている。
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「代替医療のトリック」という翻訳版の書籍を最近読んだ。
著者は、サイモン・シンという量子物理学でPh・Dをもっている科学書執筆者。
そのかたが、なぜか、代替医療の科学的検証にのりだし、今回の出版にいたったようだ。
ページの最初から、「チャールズ皇太子に捧ぐ」とあり、なんのことかよくわからなかったが、あとではっきりする。
結論から書くと、「代替医療はプラセーボ効果でしかない」ということである。
ランダム化比較試験を科学的評価の方法としてもっとも重視した結果の結論ということである。
代替医療家やそれが好きな人には、なんとも残念な結果である。
民主党も「統合医療の推進」をかかげているので、それに対する批判もありそうである。効果のない治療法を認めるのかと・・・。
しかし、統合医療とはそもそも西洋医学に代替医療があわさっていればよいわけではないし、代替医療を推進することに大きな目的をおいていない。
代替医療に科学的な根拠のないものが多いことや検証方法にも限界があることは知られている。
だから代替医療の効果が科学的に否定されれば、統合医療も推進する意味がないとするならばそれは誤りである。
統合医療についてよく理解がなされていないことがうかがわれるところである。
「代替医療は、西洋医学では対応できないものを代替補完する目的で利用する」という考え方が根底にあり、
「治療者主体で治療がおこなわれるのではなく、患者主体の医療で両者が様々な形で組み合わされる」ということが統合医療のポイントである。病気をみるのではなく、その患者さん自身に注目することが重要である。
したがって、患者さんの性格や生活背景、考え方その他様々な面を考慮した場合に、統合医療が、西洋医学+代替医療のようになることもあるし、西洋医学だけのようになることもあるし、社会的な背景やリスクでどうしても西洋医学の適応がむずかしい場合には、代替医療だけのようになることもある。
統合医療は西洋医学を否定するものではなく、むしろ、もっとも必要な医療手段である。その点を理解しておかなければいけない。
でも、科学的根拠があるとされる西洋医学のもつ欠点も十分理解する必要はある。逆に代替医療の利点も知る必要がある。
EBMを提唱したときにもっとも重視されるランダム化比較試験は、治療者と患者の関係を排除した試験であるので、医学的な検証には役立っても、実際の医療の場面では必ずしもそれですべての問題が解決できるわけではない。
EBMの世界では治療とみなさないプラセーボ効果も、実際の医療では十分な効果である。しかも、それはEBMによる医療の穴埋めをしてくれるものである。代替医療は、穴埋めという点において必要な手段となりうるのである。
たとえば、癌性疼痛に悩む患者さんにホメオパシーを使った場合。もちろん、患者さん自身はレメディーというものが、どのような過程でつくられたものであるのかは十分理解されていることが前提である。
麻薬などの薬剤やその他のものでなかなか痛みがとれない場合に、ホメオパシーを使用したときに、「痛みはとれなくても痛みが気にならなくなった」という効果があるという。
もし患者さんが、ホメオパシー治療がインチキ治療だと考えるようならば、当然その治療はつかえない。薬は一切いやだとするならば、針灸、マッサージ、ヨガ、カイロ、アロマセラピー、ハーブ、カラーセラピー、笑い療法などなど薬以外のいろいろな選択枝を治療者は考えてゆく。地域の特異性を生かした治療もあるかもしれない。例えば、森林療法やタラソセラピー、温泉療法などなどである。
統合医療は
治療者には、治療の手詰まりをなくし、患者さんには何らかの治療が与えられる希望的な医療であるということもできる。
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地域で漢方医学の勉強会があるということで、誘われたので顔をだすことになった。
もともと漢方は好きだった。
ある日ちょっとした風邪引きのお年寄りに、麻黄附子細辛湯をだしたところ、1日にして軽快したことを経験。
その後も寒気がして、のどがちょっと痛くて鼻水がでるというお年寄りに、数人に処方してみたが、1-2日で治ってしまった。
PL顆粒を処方するよりずっと効果がある。
そんな経験から、漢方をもうすこしまじめに学んでみようという気になったわけである。
最初は、症状中心でも良いとはいうが、麻黄附子細辛湯は附子がはいっているのでエキス剤ならまだしも、生薬で出すときには注意が必要のようだ。
勉強会では、様々な附子の話もあったりして・・・。
わかったような、わからないような話であった。
所詮、一般病院ではエキス剤が限界である。
参加している先生方は、ほとんどが開業医の先生方である。勤務医は私くらいなもの。よく勉強なさっている先生方が多く驚いた。
むしろ、忙しい勤務医の先生方は、勉強したくてもそんな時間はとれないかもしれない。
でも、開業医は遊んでばかりいると思っている方が世間では多いようだが、決してはそんなことはないことを感じさせる勉強会だった。
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