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無事手術を終え、4月20日に退院し、翌日には、出勤のつもりでいた。
ところが、勤務先の病院では、「無理しないで休んでください」というあたたかい言葉をいただいたので、その言葉に甘えることにした。
しかし、この休みを利用して、どこかへ遠出するだけの力もなく、といって家でボッーとすごすのももったいない。
富士山がよく見える地域なので、周辺散策の日々をおくることにした。はじめは自宅周囲から、そして、翌日には少し距離をのばしいろいろなところを歩いてみた。
普段みてもみなかった風景や地域の風情ひたりながらのどかな時間をすごした。
それが効を奏してか、腹部や肩にあった痛みもほぼ完全に消え、今日、はれて職場復帰となった。
「おめでとうございます。もう大丈夫ですか」とスタッフに気遣われながらも、復帰そうそう2人の新患が入院。
受け持ち患者は、他の先生が診ていてくれたので問題はなかったが、山積みになった書類の整理やら経過の把握などに時間をついやし、あっという間に1日がすぎた。
あー
田舎風情にひたったあのひとときがなつかしい・・・。
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手術後は結局眠れす、一夜をすごす。
鎮痛剤のソセゴンも、副作用のため中止したので、痛みが朝になって出てきた。
傷の痛みよりも、膀胱バルーンの違和感が何よりも不快で、耐えられるものではなかった。
「起き上がって、トイレに行けることを確認しないかぎりは抜けない」ということだったが、看護婦さんに何とかお願いして朝からバルーンを抜いてもらった。
血液検査と術後のレントゲン検査をおこない、自他ともに異常がないことを確認され、さっそく歩くことを許可された。
最初は、看護婦さんか家族がついてということであったが、腹腔鏡下手術とはいえ、おなかになかなか力がはいらず、おきあがるのもたいへん。
点滴棒を杖代わりに、病棟内をやすみやすみ2周まわる。
「5日後くらいには退院してもよい」といううわさはあったが、「これでは退院まで、時間がかかるだろう」と思っていた。
ところが、1日1日たつ内に、症状は少しずつもとにもどってゆく。
術後2日目で、はじめて食事がでる。
食事がつかえることなく、胃に落ちていったときは本当に感動であった。量は、食べられなかったけれど、こんなありがたいことはなかった。
術後3日目くらいには、おなかにも力が入るようになる。
喀痰も、排出が可能になってくる。
意外と早い回復力である。
「その頃に、退院の日取りを決めてよいですよ」といわれ、術後5日目に独歩退院した。
歩くと腹にひびくので早足では歩けないが、ほとんど問題ない。
食後に、左肩に放散痛が走るといった問題もあったが、時間とともに徐々に軽快してきている。
医大病院の先生方、本当にありがとうございました。
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昨日、脳外科医時代にたいへん世話になった先生の退官パーティーに招待された。
私に、脳外科手術のこころがまえや基本などを教えてくださった先生である。
診療治療とは、「自分が最も愛する人、子供などが病気になったときにどのような行動をとるのか?それを考えてみなさい」というのが、この先生の方針の原点にある。
そこから、すべての行動がはじまるというのである。
決してできのいい弟子ではなかったが、「おまえならできるやってみろ!最終的には、おれが全責任をもつ」と言われながら、果敢にはじめて経験する症例などにもチャレンジした。
恩師のささえで、脳外科医としてやってこられたといっても過言ではなかった。
あらためて
「ほんとうにご苦労様でした。そして、ありがとうございました。」
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入院後の生活である。
4月13日:食道造影、バリウムを飲んだが、いつもよりも通りがよい。検査担当医師に、結果をきくと、「食道に十分たまってますよ」といわれ意気消沈する。
4月14日:朝から絶食、研修医と思われる先生に、留置針をいれてもらう。手つきはぎこちないけれども、1発できめてくれた。夕方に下剤内服
4月15日:手術当日、オンコールとなり、午後から入室予定となる。午前中、浣腸あり術衣にきがえて、若い先生にマーゲンゾンデを入れてもらう。
はじめての経験だったが、ものすごくつらく、鼻水はでる、気持ち悪くなる、言葉もでない。
この状態で、約4時間の待ち。
入室後もいくらか待ってから、全身麻酔へ。
麻酔科の先生の心使いに緊張感も少々やわらぎ、「眠くなりますよ」を最後に、意識不明となる。
気がついたら、リカバリーにいて、マーゲンゾンデもなくなっている。痛みもなく、非常に気持ちよく目覚める。
麻酔は、セボフルレンとフェンタニール。
自室に戻ったのは、午後7時頃。
麻酔の効果も、午前2時頃には、切れ始めて、腹筋の痛み、左右わき腹のいたみ、肩の痛みなど出現。
膀胱バルーンの違和感もあって、「なんとかしてくれ」と看護婦さんにコール。
ソセゴンの点滴をしてくれたので、痛みは低下。
でも、胸がドキドキして、気持ちが高ぶり落ち着かなくなる。
酸素マスクの音やインスピロンのぼこぼこする音がお経のように聞こえ始める。
異様な不安感を感じて、ナースコール再び。ソセゴンの副作用と判断し、中止してもらう。
結局痛みに耐えながら、一夜を過ごした。
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誤飲性肺炎で、入院したのをきっかけに生活そのものが大きく変化した。
職場には一時復帰したが、手術までの期間は、絶対に肺炎にかからないようしないといけないという緊張が走った。
対策として、食道にたまってしまう食事を極力減らすため、食事はすべて流動食とした。
とくに、夕食は量も減らして、午後8時以降は飲み食いをやめることにした。
それでも、食道にたまっていることがあるので、寝る前はたまっているものを十分はきだして寝ることにした。
そして、寝床は枕を極力高くして、右側臥位になってい寝るようにした。
結果は、4月の入院までには、食物の逆流はほとんどなく経過。それども1度だけ逆流したものの、側臥位だったので鼻腔にまわっただけだった。
いよいよ、入院当日となり、その日の朝から咽喉痛があった。様子をみていたがまったく軽快せず、ますます悪化。
ここで風邪でもひいて、手術が延期になってはたいへん 、どうしようか?
初日そうそうより、持参した漢方薬(桔梗湯)やらのど飴やらを内服した。(看護婦さんにはちゃんと報告して)
すると翌日には、うそのように咽頭痛は軽快していた。
漢方薬の効果はあなどれないと思った。
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実は今回の入院に至る前の3月17日に誤飲性肺炎で入院した。
アカラシアを診断された時点で(今年1月)、肺炎の影が見られると指摘されていた。
原因は、アカラシアによる夜間の食物逆流現象がおこったためである。
熱も無ければ、呼吸器症状も何もなかったので、自然治癒を期待していつものように仕事をこなしていた。
仕事が終わったあちは、ランニングマシーンで30分間走ったりもしていた。
3月13日に手術前の検査をおこなったところ、右中葉に肺炎の影が・・・。CRP4.9・・・。自覚症状はなかったが、翌日から37~38度台の発熱。それでも通常どおり仕事をしていたら、16日の夜間に右の胸痛と呼吸困難出現。
17日に入院となった。
悪くなるまで、何もしなかったわけではない。
薬も飲んでいた。
タイミング的に仕事は休めなかったし、カンファランスと家族との面談が毎日組まれているので、家人が心配するのを無視して続けざるえなかった。
家人といえどもこのところをなかなか理解してもらえなかった。
病院では、突然、担当主治医がいなくなったので混乱したようであるが、担当スタッフの努力によりなんとかのりきったようである。
私のほうは、約10日間の入院で、肺炎はのりきった。
しかし、食事は、確実に胃に落とすために流動食にこの日から変わった。
患者さんには迷惑をかけたので、患者さんのためにも自己管理をしっかりしなければいけないことを痛感した。
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食道アカラシアは珍しい病気ということらしい。
「10万人~20万人に1人の割合で発症し、女性に多い」
知り合いの外科の先生や消化器外科専門の先生数名に質問してみたが、「治療経験がない」ということであった。
「医師国家試験のときに勉強して以来、見たことはない」という先生もいらした。
初診でかかった地元の胃腸科医院の先生も、年間300例以上の内視鏡などの検査をしているが、アカラシアと診断されたのは、私で2例目ということであった。
今回、入院した病院の先生によれば、
「アカラシアの人には、10~20年前よりその兆候がある。食道造影をすると特有の食道の動きがある」というのだ。
私が、大学病院につとめていた7~8年前から5年間、胃透視の検査を受けたが異常を指摘されていない。(健診レベルであったからか)
完全に悪くなってしまった段階で、診断はつくのかもしれないが、それ以前より診断をつけるのは困難のようである。
原因は不明であり、大学時代や大学病院勤務時代もとにかく早食いだったので、それが原因ではないかと自分では思っている。
世の中に早食いの方は、たくさんいるとは思うので、注意したほうがよいのでは・・・。
それにしても、発症頻度が低すぎるので、早食いだけが原因ではなさそうである。
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入院のきっかけとなる病気のはじまりは、昨年の10月くらいからだった。
症状は、食事がうまく飲み込めず、つまった感じになること。そして、夜間におこる逆流現象である。
はじめは、逆流性食道炎(GERD)かと思っていた。
ところが月を経ていくうちに、この逆流現象が毎日のようにおこり、しかも、寝ている間知らないうちに起こるようになってきた。ひどいと気管にはいって大きく咳き込み、肺炎になるのではないかという勢いになってきた。
PPIを服用したりしたがほとんど効果はなく、単にGERDとは思えなくなってきた。
逆流してくる吐物も、胃酸をふくんでいるような感じではない。
この時点で病院を受診すればよかったのかもしれないが、仕事が忙しく、休みをとるわけにはいかなかった。
そして、今年の1月家人の心配がピークに達して、近所の胃腸科病院を受診。
すぐにでも検査をしましょうということで、内視鏡と胸部CTなどおこなったところ、食道癌ではないけれども食道が異常に拡張しており
食道アカラシア
ではないかということになった。
2月には、バリウムを飲んだところ食道が最大5cmに拡張していることが判明。フラスコ型で、食道アカラシアでまちがえないということになった。
治療はどうするかということであるが、そこの先生が「専門の先生がいるので紹介します」ということになった。
セカンドオピニオンのつもりでもあったが、受診してみると外科手術が確実であるということであった。
そして、今回、手術を目的として都内の病院に入院した。
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ある病気にかかり、明日入院することになりました。
しばらく、仕事もお休みとなり、このブログもお休みです。
どんな病気にかかりどうなったかはまたあとで報告します。
それまで、失礼します。
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当院では4月から、2名の先生が新入職された。
地方では医師の確保が、なかなか難しいなかにあって、うれしい入職である。
現在の受け持ち患者さんも、40名から1/3くらい減って30名前後になる予定である。私の負担もグッと減る予定。
脳ドックと病院の外来は従来どおりだが、関連クリニックへの週1回の一般外来診療が加わる。
脳神経外科関係の診療や手術からは、完全に手を引くことになる。
転職後1年を経過したが、とりあえずは落ち着いた。
しかし、周囲の医療状況はまったく改善していない。むしろ、医師不足は確実に進行しており、当院にもしわよせがきている。
今年は、どんな展開になってゆくのか、決して楽観視はできない。
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