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卒後20周年を記念する同窓会が、17日におこなわれた。
今まで忙しくて一度も同窓会に出席したことがなかったので、学生時代の友人とも20年ぶりに会うことになった。
恩師の先生などあわせて60名あまりの参加であった。
我々の年齢も50近いわけであるが、他界された先生もすでに1名いる。
20年も経つと、「こいつはいったい誰だ」
「顔に見覚えがあるが、名前が出てこない」などある。
年齢もそんなに変わらないはずなのに、妙に老けてしまった友人やら、逆に、20年も経っていのにまったく変わった感じがしない友人などもいる。
違いはどこからくるのかわからない。でも、話してみると本質的な性格は、学生時代とそう変わっていない。
大学にのこって仕事をしている友人に、大学病院の近況をきいたりしていると、話に花が咲いてしまい予定を大幅に超えてしまった。
遠くは北海道からやってきた友人もいたが、充実した1日であったと思う。
忙しさから少し開放されて、このような時間がもてると身も心もリフレッシュされ、若い頃の自分にかえったような気分になれる。
また、10年後の再開を約束し、帰途についた。
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非常勤で手伝いにゆくある病院の脳外科の話のその3である。
脳外科医が1人になってしまって、約半年たっているが、忙しさは相変わらずである。
「医師以外のスタッフがそろっていれば、一人でやろうと思えばできるものなのか?」
と思っていたが、さすがにそうもいかなくなってきている。
この10月から11月にかけて脳卒中患者がどんどん入院してくる始末。
脳動脈瘤の破裂で、緊急手術をやらなけれないけない機会が増えて、手術はこなせていてもそのあとの術後管理に十分な手がまわらない状態になってきていた。
そのため術後トラブルも数件あり、もはや一人では太刀打ちできない立場になりつつあった。
無理に患者は受けないほうが良いだろうと思うが、そうもいかない様子。
「一人この病院に就職したい」と希望した方もいたが、専門医でないため採用しなかったようである。
最近は、その矛先を私にむけるようになり、「先生に来てもらえればありがたいのですが・・・」と行くたびに言われるようになった。
集約化などと言われる時代であるから、そのほうが理にかなっているか?
でも、そうなるとこの地域は、首都圏から遠いし、富士山も遠くである。
今の住まいからは通うには厳しい。
単身赴任というかたちをとるしかないが、ほとんど病院のなかで暮らす毎日になるだろう。
ハードな毎日になることは目にみえている。
そんなことを思うと
先生には申し訳ないが、「あまり長居はできないか?中途半端に私がくるから、がんばってしまうのかもしれない」
でも、それなりの腕をもっている先生でもある。しかも近辺の脳外科病院もあまり難しい手術には手をださない傾向にある。
当然、積極派のこの先生に患者は集まってしまうようである。
はたしてこの状態で、いつまでもつのだろうか?
無医村地域ではないのだから、周囲の病院が、患者獲得に乗り出せばよいのだろうと思う。
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