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今度、非常勤で出張することになった病院は、「脳外科医が一人、麻酔科医も常勤ひとりだからさぞかし、常勤医がすくないのだろう」と思っていた。
そう思って院内PHSの番号表をみたら、医者が以外とそろっている。小児科医は5人もいるし、産婦人科医も5人はいる。
内科医は5人くらい、神経内科医4人、血液内科医2人、ほか?(忘れました)、外科医も5人とくらい、整形5人、耳鼻科がなぜか4人もいる。皮膚科や泌尿器科も各々2人はいる。
救命部の医師が各科から出向しており、それだけでも10人近くの医師はいる 。そして、きわめつけは研修医が24人もいる?。
どこからこんなに医者が集まるのか?
なのに、脳外科医と麻酔科医が各々1人しかいない。
500床レベルの病院ならば、こんなのあたりまえなのか?
でも、現在勤務している近所の500床レベルの病院は、こんなに医者がいるとは聞いていない。
前に勤務していた病院でもこんなに医者はいなかった。研修医も4-5人である。
小児科、産科医が少ないことは知られている。
次は、おそらく脳外科医と麻酔科医ではないのか?
脳外科学会の新規入会者は減り続けていることからも、それはまちがいないとは思う。
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先々週のときに、脳外科医3人のうち2人が退職して、一人で脳外科をやっているという病院の先生を訪問した。
訪問というより実際は手伝いであった。
その先生は、50代前半くらいであるが、一人でありながらもエネルギッシュかつアクティブな脳外科医である。
つい2ヶ月前に2人の若い先生が、病院を急遽退職したそうだが、手術適応の患者さんはそんなことはおかまいなしにやってくるものだから、そのまま一人体制で、週2回の手術をこなしながら今日までがんばってきたそうである。
もともと、手術が好きな先生のようで、どんな手術でも苦にならずに取り組んでいた。
脳腫瘍の症例が多いということだが、動脈瘤の手術などもやっている。CEAの症例も多いということで、私が手伝いにきてくれるのなら、どんどん手術を入れたいということだった。
私は脳外科医とはいえ、メスを再びにぎることはないだろうと決意して現在の勤務病院にきたのだが、寝耳に水のような話。メスをにぎるつもりはないことを伝えたところ
「非常勤であるからオペレーターは務めなくてよい」という。
「それならば手伝いに行きましょう」ということになり、月に3回から4回くらい手伝いにゆくことになった。
交渉が成立すると、その先生にたいへん喜ばれて、いろいろなもてなしもうけながら、病院をあとにした。
わたしのような半分リタイアしたような医者がゆくよりも、もう少し若くてエネルギッシュな先生が常勤になるか非常勤になったらよいのだろうけれども・・・。
もったいない環境である。
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昨年につづいて、今年も京都で行われた抗加齢医学会に参加した。
「脳外科医が参加してどうすんだ。」と言われそうだが、脳卒中が日本人の死因の第3位である以上は、アンチエイジング医学という学問を通じてできる限りの治療と予防の啓蒙をおこなわなければいけないと思う。
きまり文句的な指導ではなく、その人の事情にあった具体的プログラムが組めればもっとよいだろう、そんなことを思いながら、この医学会を通じて勉強してきたつもりである。
今年は、興味あるテーマのほとんどは第1日目に集中していたのだが、事情あり第2日目からの参加になってしまった。
私の今回の主たる目的が、3日目の抗加齢医学専門医の試験を受けることにもあった。
脳外科専門医の試験も、「これくらいのレベルならばよいのになあ」という感想をもちつつ、2時間の試験問題に取り組み会場をあとにした。
結果は10月1日に発表のようである。
アンチエイジングは、あらゆる科目の垣根をこえて取り組まなければいけない、健康長寿をめざす医学である。
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7月6日に新居へ引越ししました。
理由は、いろいろありますが、以前借りていた家の大家さんが予定外で海外出張から突然帰ってきたことによります。
5年間の予定だったのですが、仕事の都合で急遽帰国することになったようです。
帰国後は、持ち家がありながらもアパート暮らしをするようになったとか・・・。
家内が、「それではあまりにも申し訳ないので」と、残り3年の契約を解消し、我々が移動することになったのです。
良い機会なので、マイホームをもつことも考えましたが、ふみきることができず賃貸住宅をさがすことになりました。
富士山の見えるこの町からは、離れたくなかったことや、子供たちが「学校変わりたくない」という希望もあったので、500mほど離れた場所で、勤め先の病院に近い一軒家に引越しました。
荷物整理も未だ十分ではなく、パソコンもようやく2日前くらいより稼動しています。
このブログにもやっとアクセスできるようになりました。
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