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失われた日本文化

kocchan / 2006.12.26 13:30 / 推薦数 : 0

この22日から25日は、近くて遠い国韓国に旅行にいった。かつての韓流ブームも昨年にくらべてかなり熱がさめてしまっているが、韓国ではいろいろと日本からの観光客集めにたいへんなようである。

物質文化に押し流されてしまった日本は、海外旅行をしても何がおいしかったとか何がきれいだったとかそのような事情や内容だけに着目してしまう。韓国も、日本にひけをとらない経済大国に発展しつつあるが、貧富の差はまだあるようだ。しかし、その精神文化の世界においては、誇り高いものがある。日本にもこれくらいの伝統はあったのにと・・・日本に対して危機感を感じないではいられなかった。

日本と韓国の文化の違いを、「わさび」と「キムチ」でたとえることがある。わさびは、見た目には辛くなく見えるが、食べてみるとものすごく辛い。キムチは、見た目にも辛いし、実際食べてみても辛い。わさび文化とキムチの文化である。

かれらの心は、常に単刀直入である。言葉にも表すが、どんどん相手の心の中へと入ってゆく。ときには喧嘩のようにもなるが、最後には心が一つになる。そして、何よりも「韓国」という国を彼らは愛してやまないため、その国の同胞ということで彼らの結束はものすごく強い。見方によっては、排他的にもみえる。

それに対して、日本人の心は表だけをつくろって、中に入ってくることを拒んだりする。本当は、もっと中に入っていろいろ相談にのってほしいのにそう言わないし、言ってくれない。ときに、それが失礼に感じたり、恥ずかしくかんじたりもする。

思いやりの文化なのかもしれないが、淋しさがある。そして、度重なる日本の「自虐的教育」のために、日本という 国を愛するということがわからなくなっている。また、相手との協調を重んじるから、国がなくても隣近所がうまくいってればそれで十分である。

 それぞれの良し悪しは、あるのかもしれないが、日本の国内で人間関係が希薄になっている原因がここにあるのではないかと思う。

 本当は、もっと深い心の交流を求めているのにそれができない。もっと相手に踏み込んで欲しいのに互いにできないで何も言えず、希薄な付き合いでことを済ませてしまう。夫婦の間ですら、そうなっているのかもしれない。

韓流ブームは冷えているが、心の交流が薄っぺらになり真の心の交流を求めてやまない人がいるかぎり、このブームは去って欲しくないものである。

 

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