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学級崩壊のパターンは、ふたつあり、反抗型となれあい型だという。最近は、なれあい型の学級崩壊がふえて、対応しかたに困難をきわめていると言う記事をみた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061013-00000009-san-soci
これは、考えようによっては、私がかつて所属した医局も同じだと思った。
入局当時の教授は、縦関係の秩序を重んじる先生であったし、医局員のこと患者のことなど何から何まできっちりと把握し、データもしっかり整理する方であった。医局員からは煙たがれることもあり、反発する先生も多かったが、学会活動は活発だった。新入医局員も、最盛期は二桁を越える勢いで入局し、繁栄をほこった。
その反発で、次にたった教授は、いろいろな面倒な決まりのほとんどを撤廃していった。しかし、医局員との縦関係はしっかりととしていたし、教授自身のしっかりとした方針や考え方が、前の教授のものを一歩二歩前進改革させたものだったので、医局員には歓迎された。学会活動にも力をいれる先生で、教授自身も多くの発表をこなし、ペーパーもよく出されて医局員にも檄をとばされた。
その次にたった教授は、元教授のそんな学会活動中心に対立する立場にたった。前の教授は研究はやるけど、手術をほとんどやらない先生だったことが、教授として恥ずかしい姿に見えていたようである。
前々教授と前教授のやりかたに不満をいだいていた人なのでさらに輪をかけてルーズな医局の雰囲気になった。それまで、朝に行われていた朝礼にも教授自ら遅刻する。
朝のカンファランスは、教授不在でおこなわれることもしばしばとなる。
学会活動は医局員には要求するが、教授自らはその時期は終わったと、ほとんど学会発表も論文もださない。医局員との横的な関係を求めて、教授室にいることよりも医局員たちがいる部屋でボーっとしていたりする。
それでも医局員の意見には耳を傾けようという姿勢はみせるが、自分が腰をあげることはない。
医局員は、教授に顔を合わせたくないものだから、医局は常にも抜けのから(医局員が少ないということもあるが)。
「なぜ、こんな人が教授としているのか?」そんなことを、皆が思っているにもかかわらず、表面的には友達のように、無秩序に楽しく医局生活をおくっているから教授としては満足なのだ。だが、医局員はどんどん退局して、崩壊の危機をたどる。
自分に問題があることを根本的に理解していないために、医局員はやめてゆく。その勢いに拍車がかかり、関連病院もどんどん縮小である。
「脳外科は全国的に人気がないし、他の大学も同じような状態で、なにもここだけの悩みではない」などと考えているから、救いようはない。
「なれあい型」医局崩壊、そんな言葉はないかもしれないが、医局員のモチベーションが下がっているのは、医局員自身に問題ありとして動こうとしない教授自身に原因があったことに気づいて欲しかった。
それも少しは改善してきたことを聞くのではあるが・・・。
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