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今日はちょっと愚痴っぽいことをアップする。
当病院内の検査機器のことである。
100床超の規模で、脳外科をとりあえず備えながら、仕事内容には不満がないものの、検査機器の老朽化に対してどうにもならなくなってきていることである。
10年以上も前に購入したCTやMRIも、老朽化が激しい。
この前も、CTの管球が突然とんでしまったため、1日検査不能状態になった。したがって、地域の救急も制限つきで対応という状態である。せめて16列とは言わないまでも多次元CTにしてほしい。
MRも0.5Tの、GE社のもの。
1.5Tが主流になっているこの世の中で、0.5Tを駆使して脳ドックまでやっている。脳動脈瘤を見逃したら検査機械に責任転嫁できそうだが、それですむのか不安である。
アンギオ装置は、いまだ、カットフィルムのアナログ式。
機械は、20年以上も前に導入したもので、4年の未使用期間があるため使えるかどうかわからないという。わたしも機械に何かあったらいやなので、アンギオはやっていない。
したがって、当院では未だ脳血管撮影が不可能な脳外科施設となっている。
しかし、ありがたいことは古い機械を駆使しながら良い画像つくりにがんばっている技師さんたちである。当直帯でも真夜中のどんな時間帯にでも呼び出せば文句も言わずにきてくれるからである。
裏方のような彼らの支えで、何とか脳外科らしいことをやっていられることを忘れてはいけないと思いながらも、技師さんたちの士気もあがるような検査機器にしたらよいのにと思うのである。
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「生命の大切さを教育する」ことの重要性が語られることは多い。殺人やら虐待などのニュースを聞くたびに、生命の大切さを教えなければいけないという。でも、だれがどんな教育をするのか?まったくわからない。
戦争を経験した方々に、その頃の体験を語ってもらえば生命の大切さがわかるのだろうか?
人の生死を目撃する医者が生命の大切さをよく知っているのだろうか?
戦争を目撃した人々が、それをよく知っているのだろうか?
周辺を語ることはできても、本質を語るには 宗教ではないだろかと感じる。
宗教を低俗なものとして扱う左翼教育のおかげで、もっとも大切なものが骨抜きにされ、権利や人権、そして差別など主張する今の教育である。生命の尊厳もその一つか。
日本人が歴史をかけて大切にしてきた心や大切にしてきた伝統、まさしく、その中には日本固有の宗教的な精神がある。そこには、生命という内容をこえたもっと大切なものが内在している。
わたしは、その大切なものの一つが「愛」ということばではないかと考える。愛と言う言葉をもたらしたのは、キリスト教がはじめてであると聞いた。東洋では「仁」だとか「和」というのことばであらわされてきたのか?
人間は「愛」を感じなければ動かない、なじみの病院にもゆかない、心がふさぎこみうつ傾向になる。
究極的には、自殺までする。
でも生命をかけて愛してくれる人には、生命をかけて美をかえそうとする。喜んでその人についていこうとする。「くるな」といってもついてくる。そのくらいの力が真の愛にはある。
生命も真の愛があって成立するように感じる。
ただ生きれば良いのではないのだと思うが、そのあと一歩が必要なのだ。聖書には、「信仰、希望そして愛が必要」という。まさしくそうなのかもしれない。
医者は患者の生命を守ることも大切だが、さらに一歩すすんだこの世界も忘れてはいけないと感じながら、苦悶する日々の診療である。
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今日の外来診療患者数は、午前中は10人前後。午後は、4-5人ときわめて少ない。そんな中で、 午後一人の患者さんが、「薬を飲むのはいやだ」といってきた。60代の女性脳梗塞後遺症のかたである。糖尿病もある。
「脳動脈硬化や虚血病変を認めているので、今後の再発予防のためにも服用したほうがよいでしょう」と説明するが、「飲んでいても、何もかわらないし、自分は元気だからできればいらない」と言い張る。いろいろ理由をきいたり、こちらが内服の意味を説明する。
しかし患者さんとしてはすでに、半年近くまで内服してもらっていたが、もうがまんならなくなった様子である。説得しても聞く耳をもたない感じだったので、そこまで無理強いはできないと思い、「わかりました、それではもうやめましょう」とこちらが譲歩した。また、内科でも糖尿病の基礎疾患があるので、そちらにまかせてしまおうと、「あとは内科の先生に診てもらってください」と話した。すると、その一言に突き放すように感じたのか「やめて本当に大丈夫なのですか」と、あれだけ言ったのに患者さんが質問してきた。
「糖尿病もあるし、脳梗塞もあるから、再発しないとは言い切れないです」
「脳梗塞再発したから治療してほしいと発症したあとから言われてもやれることには限界があります」と話したら、
「やっぱりください」という。
結局、処方することになった。
そんな問答で約30分の診療。
日ごろ少ない外来患者数が幸いし、ちょっと問題ある方がきても、十分余裕をもって対応できるのでじっくりと話すことはできた。1日60人近くみる外来では、とてもここまでの対応はできない。
もっとも病院側からは、「もっと患者を増やせ、検査しなさい」と経営会議では言われてしまうが・・・。
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脳外科医1人体制になって、1ヶ月を経過しようとしている。どこからも助けがない中で、唯一内科の先生が、援助に入ってくださるので本当にありがたい。
一人で、外来も病棟もこなすのは、かつてもよくあったことではあるが、問題は時間外のことである。もう一人くらい人員がいると、休日を当番制でまかせられる。しかし、それがなければ、休みないままではある。
「また、心休まらない日々がはじまるのか?」と当初は思っていたが、今のところそれほどきついわけではない。ある程度の余裕はあるのも、内科の先生のおかげである。
内科の先生の協力があると、こうもちがうものかと感じる。かつては他の科からはほとんど援助をもらえず、見方をかえれば押し付け合いのような感じで患者をみていたから厳しいものがあった。当然のことではあるが、科の垣根をこえた連携というものの大切さを今更ながらに感じている。
日ごろ、患者さんを診療していて感じるのは「脳卒中は予防が大切で、かかってからのでの予防では遅すぎる」というのが、この病院に就任してから、私が患者さんに訴えてきたことである。
しかし、残念なことにその声もむなしく、相変わらずかかってからはじめて予防を考える人が多い。それでも考えられるまで回復すればよいほうかもしれない。命をおとしてしまえば、そこでは予防の話すらできない。
それでは、何に一番気をつけるのかということになるが、今のところは高血圧である。早朝高血圧が悪いとかいうのは、心血管障害ではきくが、脳卒中については相関がないという話もある。しかし、いずれにしてもガイドラインベースを目標とした血圧管理は、絶対に必要であると思う。残念なことに、私の近くの開業医さんにかかりつけの患者さんが、よく脳卒中で搬送されてくる。患者さん本人の意識の問題もあるが、血圧の管理はあまいというのが実情のようだ。
私の場合は、極力目標値をめざすので、薬を飲むのをいやがる患者さんもいるけれど、2剤や3剤くらいを当たり前のように内服してもらっている。もちろん、1剤ですむ患者さんもいるが、そのような方は40代や50代で、早期にコントロールがつきやすい。
他にもいくつかのリスクファクターが提唱されてはいるが、高血圧が今のところ一番のリスクだと思う。
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「健康食品のすべて」と題して、米国版のナチュラルメディシン・データーベースの監訳版がでたので購入した。
この本の中身をみてびっくりしたのは、世の中に健康食品と言われるものがいかに多いのかということである。こんなサプリやら健康食品もあるのかと関心してしまうものもある。米国版の監訳なので、日本では手に入らないものまで網羅してある。
しかし、日本や中国産の漢方薬系統のものは情報不十分ではある。しかし、年間4冊のアップデータも発行するというから、内容は充実してゆくこと間違いないだろう。
最近患者さんは、飲んでいる薬は教えてくれても、健康食品については教えてくれないことが多い。医療者サイドも、あまり注目していない場合がある。ねほりはほりよく患者さんに聞いてみると、かならず健康食品に手をつけている人がいる。この冊子には、医薬品との相互作用の情報も満載してあるので、注意を促すことが可能である。
しかし、あくまでも米国仕様であるから、日本独自のものも是非出版していただきたいところである。
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患者さんの健康を気遣いながら、自分の健康についてあまり関心をよせない先生方が結構いる。
特に、喫煙については言うならば、医師の喫煙者は当院では減少することはない。
喫煙する先生方で、禁煙を決意する先生はほとんどいないからと思う。または、健康診断でそれほどひっかかることがないからか?
以前働いていた病院も同様だった。
特に、医師の職員検診の受診率が問題になり、「研修医も含めて少なくとも年1回は必ず受けるように」と院内産業医の先生が叫んでいた。しかし、その叫びもむなしく、受診率40%台(医師約100人中)と伸び悩んでいた。
理由は、「忙しい」とか「その日の枠内では時間がとれない」とか「連絡がまわってこない」とかいろいろあった。
問題は、検診をおこなう側にもあり、一般の方の検診枠の合間合間に行なうため、時間がどうしても限られるということである。忙しい医師のスケジュールにあわせて、柔軟な対応ができればよいのだが、その点は触れられず産業医の先生は、「受けない医師のモラルを問う」と医者を批判していた。
私は、立場上もあり、無理して時間をつくり半日つぶしで検診をうけた。その結果、脂肪肝やら高脂血症やらがわかる。さらに、風邪をひいた覚えがないのに、妙にASLO値が高い(350くらいだったか?)。子供が溶連菌感染にかかったことがあったのでそれをかつてもらったのか?そんなことを考えつつ、検診の重要性を認識した。
脂肪肝もあったので、糖尿病が気になり、OGTTもやったがそちらは大丈夫だった。
後輩や上司の検診結果などもみせてもらったが、さんざんたる結果。まだ、私のほうがよいほうか?たまたま、咽頭培養をやった医師には、MRSAを検出したものもいた。リスクファクターだらけの先生もいたが、さすがに本人も自覚をあらたにしていた。
勤務医の先生方は忙しいので、確かに不養生になるのはわかる。職場環境や様々な問題をかかえストレスも多いが、自分の身体状態には注意するべきであろう。
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10月14日家族で久しぶりに近所の温泉にいった。自宅からは、車で10分くらいのところにある。
あまりにも近いところなので、気にもかけなかったが、都内に住む知り合いの人が、そこにきたことがあって大変良かったと感想を述べていたのを思い出した。
それならばと、家族でぞろぞろと、大人500円、子供300円の炭酸カルシウム温泉である。町外れにあるので、ほとんど人がいない。広い風呂場を悠々闊歩できる。定番のサウナやら露天風呂、ジャグジーなどもそろっている。都内の銭湯と同じかちょっと良いくらいだろうか。
私の近所には、多数の温泉施設があり、富士山の恵みを満喫できるすばらしい場所である。でも、ほとんどどこにもいかなかった。
利用料も、手ごろであり、温泉スパにいったり、健康ランドにゆくよりは、安くすんでしまうところもある。マッサージ器も無料で使えるなんてところもあるとか?
どこのどの施設が良いかは、ネットの口コミ情報でも取得できる。
忙しい勤務の中で、疲れを癒すには温泉が一番。
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学級崩壊のパターンは、ふたつあり、反抗型となれあい型だという。最近は、なれあい型の学級崩壊がふえて、対応しかたに困難をきわめていると言う記事をみた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061013-00000009-san-soci
これは、考えようによっては、私がかつて所属した医局も同じだと思った。
入局当時の教授は、縦関係の秩序を重んじる先生であったし、医局員のこと患者のことなど何から何まできっちりと把握し、データもしっかり整理する方であった。医局員からは煙たがれることもあり、反発する先生も多かったが、学会活動は活発だった。新入医局員も、最盛期は二桁を越える勢いで入局し、繁栄をほこった。
その反発で、次にたった教授は、いろいろな面倒な決まりのほとんどを撤廃していった。しかし、医局員との縦関係はしっかりととしていたし、教授自身のしっかりとした方針や考え方が、前の教授のものを一歩二歩前進改革させたものだったので、医局員には歓迎された。学会活動にも力をいれる先生で、教授自身も多くの発表をこなし、ペーパーもよく出されて医局員にも檄をとばされた。
その次にたった教授は、元教授のそんな学会活動中心に対立する立場にたった。前の教授は研究はやるけど、手術をほとんどやらない先生だったことが、教授として恥ずかしい姿に見えていたようである。
前々教授と前教授のやりかたに不満をいだいていた人なのでさらに輪をかけてルーズな医局の雰囲気になった。それまで、朝に行われていた朝礼にも教授自ら遅刻する。
朝のカンファランスは、教授不在でおこなわれることもしばしばとなる。
学会活動は医局員には要求するが、教授自らはその時期は終わったと、ほとんど学会発表も論文もださない。医局員との横的な関係を求めて、教授室にいることよりも医局員たちがいる部屋でボーっとしていたりする。
それでも医局員の意見には耳を傾けようという姿勢はみせるが、自分が腰をあげることはない。
医局員は、教授に顔を合わせたくないものだから、医局は常にも抜けのから(医局員が少ないということもあるが)。
「なぜ、こんな人が教授としているのか?」そんなことを、皆が思っているにもかかわらず、表面的には友達のように、無秩序に楽しく医局生活をおくっているから教授としては満足なのだ。だが、医局員はどんどん退局して、崩壊の危機をたどる。
自分に問題があることを根本的に理解していないために、医局員はやめてゆく。その勢いに拍車がかかり、関連病院もどんどん縮小である。
「脳外科は全国的に人気がないし、他の大学も同じような状態で、なにもここだけの悩みではない」などと考えているから、救いようはない。
「なれあい型」医局崩壊、そんな言葉はないかもしれないが、医局員のモチベーションが下がっているのは、医局員自身に問題ありとして動こうとしない教授自身に原因があったことに気づいて欲しかった。
それも少しは改善してきたことを聞くのではあるが・・・。
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10月9日は体育の日なので、子供たちといっしょに公園で遊んでみた。長女が鉄棒で逆上がりをするので、自分もできるだろうかと思い、年がいもなくやってみた。
意外とすんなりできて、お父さんの威信を保てた。
そこでいい気になって、これはできるかと、懸垂などやってみた。すると、1回目はなんとか、2回目はもう顔まであがらない。3回目は、もう無理。
これは、まずいと思っていたら、子供もやりはじめる。
ところが、子供は1回もできない。
お父さんの威信は保てたが、1回もできないのはまずい。
新聞紙上では、子供の体力低下が、また進んだことを報告している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061008-00000012-yom-soci
朝食抜きはないにしても、TVを見る時間が長いとか食事も偏っていると言われれば・・・。どうも、はっきりしないが・・・。
まだ、できないことはあるのではないかと思ったが、それはひとまず置いといて、年がいもなく、ジャングルジムに登ったり、ブランコにのったり、滑り台で滑ってみたりした。
汗はだくだく、息もたえだえ。回転系の遊具では、めまいすらする。
こどもの遊びはこんなにも良い運動になるのかと感じる。
天気もよく気持ちよかったが、炎天下に3時間もいたものだから、帰宅直後は何も感じなかったが、午後10時頃には突然の疲れが出現し、いつのまにか昏睡状態。
年取ると疲れは遅くでるのだろうか?
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