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学校教育の崩壊が話題になっている。
生徒の問題よりも先生の問題だったり、生徒の問題よりも家庭教育の問題であると多数論じられる。
例えば国旗、国歌の問題や教師によるワイセツ事件を聞けば、教師側にも問題はあると考える。
しかし、大きな問題は家庭である。
私の妻が、性教育について地域の学校教育の現状をさぐるべく(特に道徳や規範教育について)、近所の高校まわりをして校長先生や現場の教師に面会に行ったときの話を聞いた。
ちなみに、妻の弟夫婦は、小学校と中学校の教員であるので、妻は教員という仕事のたいへんさもよくわかっている。医師の仕事も大変だとは理解しているが、教員には劣ると考えているようである。
それはともかく、本題に入る。
「今の高校生は、家庭に居場所がない。」というのが結論だったという。学校にゆくと、とにかく、保健室に出入りする生徒が大変多いという。体の悩みもさることながら、こころの悩みや淋しさから用も無いのに保健室の先生と話がしたいがために出入りするという。
先生の意見では、
「最近は、片親の子供が多くなった。この地域周辺の高校生のうちの半分は、片親である。経済的にもたいへんなはずなのに、家を建てたり、土地をかったりするものだから、仕事も忙しくなり、子供たちと接する機会がすくなくなっている」
「子供たちにとって、家庭には落ち着く場所が無い。話す相手もいないので、その矛先が先生や友達、異性のほうに向けられる」ということである。
規範教育も大切であるが、その根となる家庭教育がまったくなされていないばかりか、親自体にすら問題があるため、今の高校生に倫理道徳を説いても、馬耳東風のような状態だという。
家庭崩壊は、父親と母親の不仲からはじまり、離婚というかたちで完成すると言っても過言ではない。共働きの家庭が増えて、家庭が団欒の場ではなくなるのも問題である。
そんな現状をしりめに、男女の不倫が耐えない世の中では解決の糸口はますますつかめなくなる。「自分の気持ちに正直に生きよ」と悪魔のささやきに耳を傾けたときに、家庭の中の絆は崩れ始める。同時に、子供たちは家庭の中で体験する貴重な両親からの愛情が欠乏し、そのはけ口を横の関係の中にもとめる。しかし、その友人や異性も同じく愛情に飢えているのだからお互いに奪い取ろうとしても何もないことにきづくのである。彼らに魂の安らぎはない。
女性が、または、女の子が男言葉を使うのも問題である。安らぎのない中でさらに安らぎが奪われる。家庭に安らぎを与えるのは女性の特権であるにもかかわらず。
「男らしさ」や「女らしさ」が否定されたり、ジェンダフリーなどの思想は、安らぎのある家庭(愛ある家庭)を崩壊する方向に導く。「男女共同参画化社会」なる言葉は、女性の雇用がすすんだ現代社会に必要な法律かもしれないが、方向を間違えるととりかえしのつかないことになる。家庭崩壊は国の運勢も低下し崩壊に傾く。
高校生や今の子供たちの現状を知れば、小さな子供にまで魔の手は急速に浸透してきている。
我が家が良ければ良いとも言えない時代がきているのである。
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