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経皮的気管切開の体験

kocchan / 2006.09.23 11:48 / 推薦数 : 1

恐い体験の話があったので私の体験を一つ 。

 脳外科の患者さんが気管切開せざるをえない状態になるのはよくあるが、日々忙しい病院では、なるべく短時間に処置を終えたいということがあります。

以前、在籍していた病院で、業者からの説明で短時間にきれいにできるとあり、「少々手荒な処置だな」とも思ったのですが、経皮的気管切開のセットを導入。はじめておこなったケースも、すんなりと問題もなく5分くらいで処置が終了したや傷口も比較的きれいなので「積極的にやろう」ということになりました。

気管切開にいたるケースは意識障害になっているかたが多かったので苦痛なくやれたことも一因としてあるかもしれません。

一方では、「何かあったらいやだ」という先生もいて、頑として従来の方法でやる先生もいました。

若い先生方は、新しいことが好きで「やってみたい」として、どんどんやる。やるのは良いのだけれど、処置前の気管内チューブの引き抜きが不十分で、穿刺できないとあせったり、ガイドワイヤーが口からでてきたりするなどのトラブルがいくつかありましたが、2年間特別に問題なくおこなえていました。

ところが、一例だけ恐い体験をしました。

70歳代の女性、脳出血で、植物状態になった患者さんです。そのかたは、胸椎のカリエスの既往あるためことや脳出血のため頚部が常に伸展位となっています。そのため、気道確保も楽に行なうことができるのですが、肺炎を合併したことや植物状態でもあるので今後のことを考えて気管切開をすることになりました。

頚部が伸展位をとったままのため気管も皮膚から透見できるばかりではなく、ちょっと開ければすぐみえる。しかも挿管チューブも入っていなかったので、引き抜き処置もいらない。慣れていた若い先生にまかせて、おこなうことになりました。

ちょうど私は、外来担当日だったの病棟にはいなかったのですが、ナースから緊急のコールです。

「至急病棟に来てください」ということで、病棟にむかうと、

施行した若い先生が、「ポーテックスチューブが入らなくてたいへんなことになっています」という。

 近づいてよくみると創部は血溜まりのようになっており、ガイドワイヤーが気管に向かって入っているようなのだがどうなっているのかわからない。それにそわせてチューブを進めても、気管内にはいってゆく感触がない。しかも、挿入したチューブから吸引しても先端で何かにあたる。しかも、咳反射もみられない。気道は断裂してている様子、食道にも達したのか?

直視下でみて入れないといけないと判断し、 

「気管切開のセットだせ」とナースに指示。

皮膚を切開し、気管を見ようとするが、血まみれであることや

長年伸展位をとっていたため、気管支自体がもろくなって容易に 何がどこにあるのかわからない。

そのうち、患者の酸素飽和度モニターが80%台に低下。あきらかに気道閉塞しているようなのです。

「経口挿管を試みてみます」と若い先生。

中枢側がわからなければ無駄だろうと思ったのですが、やらせてみると、「血まみれでどこにあるのかわからない」というのです。創部の血液が逆流し気道がつぶれてエアーが通っていないためでしょうか。

そうこうしているうちに、ついに酸素飽和度も70%から60%へ低下。

「脈が伸びてきました!50台です」とナースから報告。

それから、心停止になるまであっという間です。

「先生!心マします」といって、若い先生の心臓マッサージがはじまります。気道も確保されていない状態で・・・。

「これは、たいへんなことになる。

部長に迷惑がかかるばかりか、自分の医師としての生活もこれで終わりか。明日の新聞の記事だな。」

そんなことがふとわきあがりましたが、

「冷静になれ、まず一呼吸おけ」(これは術中に脳動脈瘤が破裂したときの極意でもある)と自分に言い聞かせ、「まだ間に合うかもしれない、最後までやりつくせ」と思い起こす。

まずは、気管切開した血まみれの創部をとにかくよくみるしかない。決死の覚悟で、心臓マッサージをやめさせ、

「鈎をひけ」と若い医者に指示。この間、心拍があったかいなかはわかりません。

創部を鈎で引いて十分に展開。サクションとコッヘルを使いながら気道とおぼしきものをさぐりなおします。しかし、気管支特有のあの軟骨らしきものはまったくわからないのです。一部断裂した気管の小さな切片みたいなものが・・・。この患者さんの気管支は、ぺらぺらに薄くなっているようでした。

「これでは、どんなに探っても無理か。助けて欲しい」 

本当に神様に祈る気持ちでした。

「そう言えば頚部は伸展位をとっていることや、皮膚までの距離はそんなにないから、従来よりも表面側に中枢側の気管枝があるかもしれない」。

鈎の引き方をかえて断裂している気管支をさぐってゆくと、それらしきものがみえはじめる。とにかくそこでチューブを入れると奥まで入ってゆく、これかもしれないと思ったら多量の血液や血腫が吸引。

「・・・」 

この場所らしいので気管の前壁とおぼしき場所に鈎をかけて、「これだ!」と気管チューブを挿入。

バックでエアを送って、呼吸音を聴取。

 「やった!大丈夫だ!」思わず大声をあげてしまう。

周りのナースたちも声がでない。

数分後に心拍は、もとにもどる。(頻脈ですが)

対光反射は、わずかにあるか?意識レベルは、300。

「とにかくやり終えた」 ただそれだけです。

身体の震えはしばらくおさまりませんでした。

運に守られた。「神様ありがとう」という気持ちです。 

頭部CTを施行しましたが、以前の所見とほとんどかわりはなし。患者の自発呼吸も、徐々に回復に向かい、何事もなかったのごとくです。推定15分かそれ以上の低酸素状態にはなったはずなのですが。

家族に説明する頃にはほとんど以前と変わりがないくらいの植物状態ですが、重症室に患者が入室したこともあり、この事実を隠さず説明しました。

気管切開をやったが、気道閉塞があるかもしれないことも話しましたが、家族からはとくにクレームありませんでした。

病院の規則で、インシデントレポートを作成。

経皮的気管切開をおこなっているのは、脳外科くらいだったこともあり大きな問題にもならずです。

内部では、しばらく、経皮的気管切開はやめようということになりました。 

その後、患者さんは気管チューブ交換時に小さなトラブルはありましたが、状態はおちつきました。傷が食道にまで達していたような形跡はなく肺炎も軽快しました。しかし、数ヵ月後に肺炎を再発。次に敗血症を合併して、その患者さんはなくなりました。

 

この事件があってから、手技的な問題もあったが自分を過信してはいけないこと、自分の患者は人任せにしないこと、そして、何よりも医師になって何も知らなかったときの初心を忘れてはいけないことを思い深く反省しました。

 

 

 

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