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医局で一緒に働いた先生の机の上のものがだんだんと少なくなり、ついに昨日すべてのものがなくなった。
「先生長い間お世話になりました」と、いっしょに働いていた脳外科の先生がお別れの挨拶をいただく。
話やうわさは聞いていたが、10月に入ってから辞めるのかと思っていたら、26日の退職である。
そんなにはやく、この病院をやめたかったのか?
脳外科医2人と1人ではえらい違いがあるが、今後の入院患者の対応などについて検討しなければならなくなった。
そんなこんなで医局で腰をおろしていると、窓の外に虹がみえる。
「先生、虹です」と若い内科の女医さんが、写真をとっている。
「こんな田舎にでもいないと虹はみれないね」と、女医さんの姿が子供のようでほほえましい。
その日予定していた、MRとの夕食をまじえての説明会も、私一人の参加となり、ぼやきをMRの人に聞いてもらう。
自宅に帰ると、妻と子供はお休み中。
なにか淋しい1日であった。
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学校教育の崩壊が話題になっている。
生徒の問題よりも先生の問題だったり、生徒の問題よりも家庭教育の問題であると多数論じられる。
例えば国旗、国歌の問題や教師によるワイセツ事件を聞けば、教師側にも問題はあると考える。
しかし、大きな問題は家庭である。
私の妻が、性教育について地域の学校教育の現状をさぐるべく(特に道徳や規範教育について)、近所の高校まわりをして校長先生や現場の教師に面会に行ったときの話を聞いた。
ちなみに、妻の弟夫婦は、小学校と中学校の教員であるので、妻は教員という仕事のたいへんさもよくわかっている。医師の仕事も大変だとは理解しているが、教員には劣ると考えているようである。
それはともかく、本題に入る。
「今の高校生は、家庭に居場所がない。」というのが結論だったという。学校にゆくと、とにかく、保健室に出入りする生徒が大変多いという。体の悩みもさることながら、こころの悩みや淋しさから用も無いのに保健室の先生と話がしたいがために出入りするという。
先生の意見では、
「最近は、片親の子供が多くなった。この地域周辺の高校生のうちの半分は、片親である。経済的にもたいへんなはずなのに、家を建てたり、土地をかったりするものだから、仕事も忙しくなり、子供たちと接する機会がすくなくなっている」
「子供たちにとって、家庭には落ち着く場所が無い。話す相手もいないので、その矛先が先生や友達、異性のほうに向けられる」ということである。
規範教育も大切であるが、その根となる家庭教育がまったくなされていないばかりか、親自体にすら問題があるため、今の高校生に倫理道徳を説いても、馬耳東風のような状態だという。
家庭崩壊は、父親と母親の不仲からはじまり、離婚というかたちで完成すると言っても過言ではない。共働きの家庭が増えて、家庭が団欒の場ではなくなるのも問題である。
そんな現状をしりめに、男女の不倫が耐えない世の中では解決の糸口はますますつかめなくなる。「自分の気持ちに正直に生きよ」と悪魔のささやきに耳を傾けたときに、家庭の中の絆は崩れ始める。同時に、子供たちは家庭の中で体験する貴重な両親からの愛情が欠乏し、そのはけ口を横の関係の中にもとめる。しかし、その友人や異性も同じく愛情に飢えているのだからお互いに奪い取ろうとしても何もないことにきづくのである。彼らに魂の安らぎはない。
女性が、または、女の子が男言葉を使うのも問題である。安らぎのない中でさらに安らぎが奪われる。家庭に安らぎを与えるのは女性の特権であるにもかかわらず。
「男らしさ」や「女らしさ」が否定されたり、ジェンダフリーなどの思想は、安らぎのある家庭(愛ある家庭)を崩壊する方向に導く。「男女共同参画化社会」なる言葉は、女性の雇用がすすんだ現代社会に必要な法律かもしれないが、方向を間違えるととりかえしのつかないことになる。家庭崩壊は国の運勢も低下し崩壊に傾く。
高校生や今の子供たちの現状を知れば、小さな子供にまで魔の手は急速に浸透してきている。
我が家が良ければ良いとも言えない時代がきているのである。
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恐い体験の話があったので私の体験を一つ 。
脳外科の患者さんが気管切開せざるをえない状態になるのはよくあるが、日々忙しい病院では、なるべく短時間に処置を終えたいということがあります。
以前、在籍していた病院で、業者からの説明で短時間にきれいにできるとあり、「少々手荒な処置だな」とも思ったのですが、経皮的気管切開のセットを導入。はじめておこなったケースも、すんなりと問題もなく5分くらいで処置が終了したや傷口も比較的きれいなので「積極的にやろう」ということになりました。
気管切開にいたるケースは意識障害になっているかたが多かったので苦痛なくやれたことも一因としてあるかもしれません。
一方では、「何かあったらいやだ」という先生もいて、頑として従来の方法でやる先生もいました。
若い先生方は、新しいことが好きで「やってみたい」として、どんどんやる。やるのは良いのだけれど、処置前の気管内チューブの引き抜きが不十分で、穿刺できないとあせったり、ガイドワイヤーが口からでてきたりするなどのトラブルがいくつかありましたが、2年間特別に問題なくおこなえていました。
ところが、一例だけ恐い体験をしました。
70歳代の女性、脳出血で、植物状態になった患者さんです。そのかたは、胸椎のカリエスの既往あるためことや脳出血のため頚部が常に伸展位となっています。そのため、気道確保も楽に行なうことができるのですが、肺炎を合併したことや植物状態でもあるので今後のことを考えて気管切開をすることになりました。
頚部が伸展位をとったままのため気管も皮膚から透見できるばかりではなく、ちょっと開ければすぐみえる。しかも挿管チューブも入っていなかったので、引き抜き処置もいらない。慣れていた若い先生にまかせて、おこなうことになりました。
ちょうど私は、外来担当日だったの病棟にはいなかったのですが、ナースから緊急のコールです。
「至急病棟に来てください」ということで、病棟にむかうと、
施行した若い先生が、「ポーテックスチューブが入らなくてたいへんなことになっています」という。
近づいてよくみると創部は血溜まりのようになっており、ガイドワイヤーが気管に向かって入っているようなのだがどうなっているのかわからない。それにそわせてチューブを進めても、気管内にはいってゆく感触がない。しかも、挿入したチューブから吸引しても先端で何かにあたる。しかも、咳反射もみられない。気道は断裂してている様子、食道にも達したのか?
直視下でみて入れないといけないと判断し、
「気管切開のセットだせ」とナースに指示。
皮膚を切開し、気管を見ようとするが、血まみれであることや
長年伸展位をとっていたため、気管支自体がもろくなって容易に 何がどこにあるのかわからない。
そのうち、患者の酸素飽和度モニターが80%台に低下。あきらかに気道閉塞しているようなのです。
「経口挿管を試みてみます」と若い先生。
中枢側がわからなければ無駄だろうと思ったのですが、やらせてみると、「血まみれでどこにあるのかわからない」というのです。創部の血液が逆流し気道がつぶれてエアーが通っていないためでしょうか。
そうこうしているうちに、ついに酸素飽和度も70%から60%へ低下。
「脈が伸びてきました!50台です」とナースから報告。
それから、心停止になるまであっという間です。
「先生!心マします」といって、若い先生の心臓マッサージがはじまります。気道も確保されていない状態で・・・。
「これは、たいへんなことになる。
部長に迷惑がかかるばかりか、自分の医師としての生活もこれで終わりか。明日の新聞の記事だな。」
そんなことがふとわきあがりましたが、
「冷静になれ、まず一呼吸おけ」(これは術中に脳動脈瘤が破裂したときの極意でもある)と自分に言い聞かせ、「まだ間に合うかもしれない、最後までやりつくせ」と思い起こす。
まずは、気管切開した血まみれの創部をとにかくよくみるしかない。決死の覚悟で、心臓マッサージをやめさせ、
「鈎をひけ」と若い医者に指示。この間、心拍があったかいなかはわかりません。
創部を鈎で引いて十分に展開。サクションとコッヘルを使いながら気道とおぼしきものをさぐりなおします。しかし、気管支特有のあの軟骨らしきものはまったくわからないのです。一部断裂した気管の小さな切片みたいなものが・・・。この患者さんの気管支は、ぺらぺらに薄くなっているようでした。
「これでは、どんなに探っても無理か。助けて欲しい」
本当に神様に祈る気持ちでした。
「そう言えば頚部は伸展位をとっていることや、皮膚までの距離はそんなにないから、従来よりも表面側に中枢側の気管枝があるかもしれない」。
鈎の引き方をかえて断裂している気管支をさぐってゆくと、それらしきものがみえはじめる。とにかくそこでチューブを入れると奥まで入ってゆく、これかもしれないと思ったら多量の血液や血腫が吸引。
「・・・」
この場所らしいので気管の前壁とおぼしき場所に鈎をかけて、「これだ!」と気管チューブを挿入。
バックでエアを送って、呼吸音を聴取。
「やった!大丈夫だ!」思わず大声をあげてしまう。
周りのナースたちも声がでない。
数分後に心拍は、もとにもどる。(頻脈ですが)
対光反射は、わずかにあるか?意識レベルは、300。
「とにかくやり終えた」 ただそれだけです。
身体の震えはしばらくおさまりませんでした。
運に守られた。「神様ありがとう」という気持ちです。
頭部CTを施行しましたが、以前の所見とほとんどかわりはなし。患者の自発呼吸も、徐々に回復に向かい、何事もなかったのごとくです。推定15分かそれ以上の低酸素状態にはなったはずなのですが。
家族に説明する頃にはほとんど以前と変わりがないくらいの植物状態ですが、重症室に患者が入室したこともあり、この事実を隠さず説明しました。
気管切開をやったが、気道閉塞があるかもしれないことも話しましたが、家族からはとくにクレームありませんでした。
病院の規則で、インシデントレポートを作成。
経皮的気管切開をおこなっているのは、脳外科くらいだったこともあり大きな問題にもならずです。
内部では、しばらく、経皮的気管切開はやめようということになりました。
その後、患者さんは気管チューブ交換時に小さなトラブルはありましたが、状態はおちつきました。傷が食道にまで達していたような形跡はなく肺炎も軽快しました。しかし、数ヵ月後に肺炎を再発。次に敗血症を合併して、その患者さんはなくなりました。
この事件があってから、手技的な問題もあったが自分を過信してはいけないこと、自分の患者は人任せにしないこと、そして、何よりも医師になって何も知らなかったときの初心を忘れてはいけないことを思い深く反省しました。
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http://blog.m3.com/DrMarketTrading/20060613/2
こちらの先生のブログを拝見し、私も何例か歩いて来院するSAH患者(Walking SAHなんて昔言ってました)を体験していますので、ちょっとコメントしたいと思います。(この先生の主旨とは違うかもしれませんが)
脳外科医をやっていると、頭痛患者はほとんどルーチンで頭部CTをとったり、当直していても頭痛で来院したら頭部CTをとるので見落とすことはないのですが、頭部CTがないところや僻地の病院などはそこのところは問題になることがあるかもしれません。
しかし、頭痛を訴える患者さんの90%以上は、良性の片頭痛が多いので、頭痛を軽くみてしまうのは医師も一般の人も同じかもしれません。
その中でも、歩いてくるSAH患者に遭遇し、あとで悪くなって大変な目にあうのは、「運が悪すぎる」といっても良いのではないかと私は思います。しかし、患者さん本人家族や医師にとってはそうは言っていられないということです。
歩いてくるSAHの患者さんをみるポイントは、頭痛のエピソードをよく聞くことです。教科書では、「突然にくる頭痛」という表現をしますが、そのように答える患者さんはあまりいません。
あまりにそれを意識しすぎて誘導尋問的に聞くと、今度は片頭痛の人までSAHの疑いがでて過剰な検査になる場合があります。 (今の世の中それでもよいかな)
従って、患者さんに頭痛がおきた時の状況をよく思いおこしてもらって、「何かやっているときに突然頭のうしろが重くなった」とか「痛くなった」ようなことを言ったときに、まず注意します。そして、その次が大切で、その後の経過を聞きます。SAHの頭痛の場合は、出血後(たとえマイナーリークでも)頭痛が完全になおったと言うことはまずありません。鎮痛剤によっても直らず、頭痛があとをひいている場合が多いように思います。
まずはそこのところをよく聞き出すことだと思います。かつて、地方の学会で、SAHのマイナーリークをみつけるには「 突然くる頭痛」の問診だけでは見落とす危険があることを発表したことがあります。むしろ、突然くる頭痛でも「なかなか治らない、持続型難治性頭痛こそ聞き出すべきポイントではないか」と。(残念ながらこの発表の投稿はしていません)
群発性頭痛や片頭痛のひどい人で救急車でくるかたは、おおよそ、「光がまぶしく、目をあけると気持ち悪くなる」といってうずくまって吐いたりすることが多いようで。SAHの方もあたかも同じようですが光などは関係がないようです。
身体所見は、マイナーリークや急性期の場合は、他覚症状はほとんどないことは教科書どおりです。24時間くらいたつと微熱があったり、微妙な項部硬直があったりする場合もあるようです。白血球も上昇しますが、超急性期は所見なしです。詳細な問診がポイントになります。
それから、頭部CTをとれば大丈夫と思ってもSAHが見落とされる場合があること。
その一つが、マイナーリークでSAH。
貧血患者のSAH
時間のたったSAH
これらは、腰椎穿刺による確定診断しかありません。
マイナーリークのSAHでも、脳溝が消失しているとか、脳室内にわずかな二ボーがみられるくらいは見落とさない注意が必要です。脳底槽ばかりでは診断できません。
たまたま、MRIをさきにとってしまったら、T1、T2画像では残念ながら診断できません。FLAIR画像とかプロトン画像によらなくては難しいです。(神経外科内科医くらいしかとらないでしょうけれども)
脳外科医ならだれでも一度は読むDr.Yasagilの教科書には、腰椎穿刺でもわからなかったSAH例がでています。局所の血腫があったため出血がspinalのレベルでブロックされたため(確かそうだと思いました、間違っていたらすみません)、腰椎穿刺のレベルでは、出血はなかったとする症例経験です。こんなの聞いたのはこの本だけですけれど、あまりにも例外中の例外です。
いずれにしても、SAHを考えると頭痛の診断は、慎重にしないといけないと思います。でも、歩いてくるSAH患者は一般病院でも年に1例もないと思います。
でも、まれであるから恐ろしいのですね。
以上
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最近若い人の脳梗塞や脳出血の患者さんをみることが多くなった。もちろん、高齢者も多い。
自分より若い人たちが脳血管障害にかかるのはなんともいたたまれない思いになる。
かかった本人は、「病院にかかれば直してもらえる。」または、「一度やればもうやらなくても良い」と思う方も多い。
しかし、そうではないことをくどくどと説明する。
そうすると一生懸命になってがんばる人もいるが、数年たつと元の生活に戻る人もいる。元の生活にもどってしまうのは、症状が軽い患者さんが多いことはいうまでもない。
生活がもとにもどってしまうということは、医師が患者さんのライフスタイルまで介入して指導することはほとんど難しいということをかんじさせる。
でも、脳血管障害は、かかってしまってからの対策では遅すぎる。
神の手をもつ脳外科医にかかれば、難しい症例でもなおるかもしれないが、そう多くはない。できれば神の手をもつ先生たちの世話にならないようにしたいものである。
だから、生活習慣の改善、究極的にはアンチエイジングな生活が必要である。
アンチエイジング医学は、内科外科という垣根を超え、臓器別の考え方を超え、東西医学をも凌駕し、人間のエイジングに対して研究する新しい学問体系である。簡単に言うとあらゆる疾患からフリーの状態で、100歳または125歳まで健康寿命をまっとうするということである。
私もまだ学びはじめたばかりであるが、興味深い研究が現在も多くなされており、その関連の本や文献を読むだけでも飽きない。
興味ある先生がいらっしゃれば是非学んでみたらいかがか?
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今年は、娘が小学校6年で、小学校生活最後の運動会になるということで、仕事を休んで観戦することにした。
天候もよく、暑さもそれほどではなく、久しぶりに家庭用VTRをかかえて、あちらこちらを飛びまわった。
このような人がたくさん集まるところには、必ず、外来通院中の患者さんに会ったり、家族にあうことが多いが、今回はそれもなく、病院の職員に会うだけですんだ。
しかし、娘の組み体操を間近に見ようと、娘のそばに行ったときのことである。
「おとうさん、友達が鼻血だしたからみて」などと突然言われてしまう。
鼻血ごときで自分がしゃしゃり出るのもどうかと思い、娘に「顔を下に向けて鼻翼の軟骨部をしばらく押さえるように」と指示する。
「わかった」といって帰ってゆくが、何か不服そうなので、ちょっと遠くから様子をみていると学校の先生が当人を保健室につれていくところであった。
娘は、鼻血をだした同級生のためにいろいろ世話をしたかったようであり、私にもそれをちょっと期待したようであった。
気持ちもわかるが、つらいところであった。
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慢性硬膜下血腫(CSDH)の患者さんは、脳外科医にとっては手術も簡単に終わるし、入院期間も短期ですむので、患者さんにとっても医者にとてもありがたいのである。ところが、この疾患は、高齢者に多いので、意外な経過をたどることがある。
特に老健施設で普段と比べて様子がおかしいと言ってこちらに移って、頭部CTでCSDHがみつかり、すぐ手術して1週間くらいで帰すつもりがそうでなかったりする。
頭以外の病気がみつかったり、悪性腫瘍がみつかったりなどということがある。
まるで、脳外科の手術によって悪くしたように思われてしまい大変な思いをしたことが数例あった。
先月も老健からきた87歳の老人が、脳ヘルニア状態でCSDHがみつかり、緊急手術。膀胱バルーンを入れたら、ものすごい血尿である。バルーンで傷つけたかなと様子を見ていたら、数日には軽快。CSDHもよくなり、意識レベルも良好。ところが、術後10日目、いよいよ老健にもどろうとしたら、突然の無尿。BUN97、クレアチン8.0という値。
泌尿器医はいないので、内科医の先生と相談。CTやエコーを施行したところ、膀胱腫瘍があるという。結局対応できないので、転院になったものの、転院する2日前に家族の一人が「なぜこんなに悪くなったんだ?毒の入った点滴でも打ったのではないか」と看護士に直訴。
院内中の問題になるも、訴えた家族の一人に説明をしてなんとか納得はしてもらった。
そもそもCSDHで死に掛けていたのを助けたのに、何でこんな言われ方をしなければいけないのか、心は煮えくり返っていた。しかし、ここは我慢するしかないと思い、転院にはこぎつけた。結局、転院先では腎婁をいれたものの、高齢者であるし腫瘍は肺まで転移しているので、これ以上やることはないということであった。さらに、やることはないからそちらで診るように言ってきた。
家族と相談して、お断りの返事はした。
このようなことは、脳外科をやっていてよくあり、その意味で他科の先生との連携協力は本当に大切と思うが、脳外科医に何でもやらせようとするこの体質も困りものである。
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ペン回しの歴史というHPをみました。
http://www.geocities.jp/hatsune95/pen/pen.htm
いろいろ技があるのですね。
つかれたときにでも、一息いれたいときにでも見てください。
カルテを記載しながら、中学生の頃に覚えたペン回しをいつのまにかやっている自分に気がつくことがあります。
驚くのは、若い看護士たちです。
「先生すごいことできますね」
「この技には、30年以上の経験と実績があるのだ」とかなんとか言って、技をついつい披露したりすることがあります。
普段余り相手にされない おじさん医師と若い看護士との交流の手段にはなっているのかもしれません。
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今日は、妻の所属するボランティアグループで、「親子ひろば」ということで近くの公園でピクニックのような集まりがあった。
数世帯の家族の参加があり、子供たちと久しぶりに遊んだ。
ふだんは、あまり子供たちとあそんでもやらなかったので、これを機会にがんばってみた。残暑とはいえまだまだ暑さは本格的。セミの泣き声もうるさく、カブトムシはさすがとれなくても、クワガタムシはまだまだとれるところである。
子供たちは、興奮して虫取りに熱中、親もそれに負けず子供と一緒に虫とりを楽しんだ。
あまりもの暑さに疲れてしまっていると、ボランティアグループの集まりらしく、公園内のゴミ拾いにつきあわされ、最後は子供のための宝探しゲームがあり、商品をもらってスイカを皆で食べて解散になった。
炎天下で長時間遊んだり、何かをすることは大変つかれる。
帰宅後の子供たちは、まだ力が余っていたが、大人の我々はフラフラで、子供を無視して寝てしまったしだいである。
この疲れやすさは、年齢のためか?
疲れが、まだ十分とれていないが、記事だけは作成した。
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今年の1月くらいから、エルゴメータを中心とした運動療法や、ちょっとした食事制限やサプリメントにはじまったわたしのダイエット。約1ヶ月に1kgの割合で減量してゆき、はじめた頃は75kgで、現在は64kgまで減量した。7-8月頃は富士登山やら旅行やらいろいろイベントがあったわりには、66-65kgをいったりきたりしていた。しかし、8月末に風邪をひき、PL顆粒と抗菌剤の内服を約5日続けたところ、胃炎が併発。そのため、食欲不振となるも運動療法は継続。その結果、最近64kgを維持されている。
運動も、現在はトレッドミルを中心として、時速10Kmの速度で20分から30分の運動をおこなっている。そして、夜寝る前には、簡単な筋力トレーニングを15分(腹筋やスクワットなど)。また、新しいツールとして万歩計を取り入れた。
これでも、物足りない感じの日があるので土曜日、日曜日の朝は、5kmのジョギングを取り入れようと計画している(エルゴメーターかわりとして)。
食事は、特に制限ないが、ジュース類をひかえる、アイスクリームやらチョコレートなどのような甘いものはひかえる。コーヒーや紅茶も砂糖の入っているものもひかえるようにしている。
体重が減少したので、BMIは、23前半くらい。ウェスト径は、
87cmあったものが80cmまで減少した。そうなると皮下脂肪も減少し、りんご腹が、今では腹直筋の一部が見えるほどになった。
妻の実家へと結納を交わすために着て行った約13年まえの記念のスーツやズボンも余裕ではける。
そこで「昔、着ていたスーツやズボンをどんどんだしてくれ」と妻にたのんだが、処分済みで何もなくなっていた。
今まで、ウェスト88cmのズボンをはいていたが、すべてはけなくなり、今度は80cm-82cmくらいのズボンでなければいけない。
ここまでダイエットするのに、それほど費用はかかっていないが、ズボンなどの衣服のの費用が一番かかっているかもしれない。
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