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子供が最初に生まれて最初に経験する病気は、突発性発疹であるが、長女が4ヶ月くらいのときにそれを経験した。しかし、長女の場合は、発疹がでなかったため、「かつて学んだものと違うな」と「何か別の病気なのではないか」と私もよくわからなくなった。あとで、調べたら発疹がでない場合もあることをこのとき知った。小児科については、無知なのだということを知らされた第1例目である。
長女が4-5歳のころ、39度の発熱が2日間続き、熱も下がったので幼稚園にいかせたら、そのあと手の平などの皮が日に日にぼろぼろむけてきた。幼稚園の先生が、しょう紅熱ではないかと指摘があり、病院にかかるよう指示があった。小児科の先生に診せたら、案の定その診断で登園中止になった。医師の娘でありながら、診断されずに登園させ、幼稚園には申し訳ないことをしてしまった。
その経験があってから、妻は、子供が病気にかかると小児科にかかることを選択するようになった。私も、教科書を買って勉強するようにしていたが、そんな時間も十分とれなかったので、それ以後は「小児科にかかれ、相談してくれ」というようになってしまった。
私の父は、子供の病気のほとんどすべてを、自分で診て、薬を処方した。私も、真似事をしてみたが、難しく、対症的な治療処方を行なうのが精一杯であった。特に、たいへんで手も足も出なかったのが、次男が生後2ヶ月で肺炎になったときである。小児科の先生より、「生後は重症化することがある」と言われ、当初自宅で診ることを決めていた私の気持ちも砕かれて、入院加療をお願いした。このときは、すべてを小児科の先生にゆだね、おねがいするしかなかった。
他にも、子供の病気であるとびひも最初はわからずにいた。そのうち、体幹にポツポツとした発疹が現れ、何がおこったのかまったくわからず、小児科の先生に診せたら、水痘が合併したことがわかった。
他にも、子供の病気がわからなかったものが多数あり、小児科の先生に助けてもらった。子供の前では、さえない姿ばかりをさらしてきた。
言い訳として、日々の仕事の忙しさのため、子供の病気の面倒もみれないのだと自分で自分を納得させてきた。でも、本当のところは、小児はみれないのである。
子供の頭部外傷や外傷はある程度みれても、病気はみれない。
このような医師がいるため、小児科の先生の苦労もたえないのだなと妻も私も先生方の苦労を理解し、感謝の思いをもっている。
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専門馬鹿になってしまった私にとって、いちばんやっかいなのが子供の病気である。医師であるからには少なくとも自分の子供も病気くらいは自分でみてやりたいと思う。
医師である私の父は、自分の息子の出産は自分の自宅でしかも自分の手でとりあげている。また、私の病気のすべてを自分でみたし、弟の腸重積のオペの執刀も自分でおこなっている。いまでは、考えられないことではあるし、とても真似などできない。でも、何度かこころみようとはした。
一例目の長女は知り合いの先生の病院で 出産してもらったが、頭が出てこないため吸引分娩となった。知り合いの先生が「やってみるかい」などといわれたが、とてもできなくて、妻の腹を圧迫するのが精一杯であった。その後、私の圧迫のしかたが悪かったのか妻は弛緩性出血で約3000ccくらいの出血をおこし、プレショック状態となった。幸い輸血しないで、輸液と子宮弛緩剤でなんとかのりきった。出産後の真っ白になった妻の顔房は今も忘れられない。それ以後、出産には自分が手をだしてはいけないと思ってしまった。
長男は、勤めている病院で出産してもらったが、「先生がとりあげてみるかい」と同じように産科の先生からいわれた。もちろん、長女の出産のときの記憶があり、とても手がだせなかった。しかし、前回よりも安産で何の問題なく出産は終わった。
経産婦になると違うものなのかと思いなおし、自分でとってみようという願望が再びわくようになった。
次男も勤め先で生まれたが、今度こそは取り上げようかと身構えていたが、分娩台にのる移動先で頭が出てきてしまったため、取るまもなく生まれてしまった。
三男が生まれるときは、妻も40歳を超える出産となっていた。経産婦とはいえ、高齢での出産であるから安易に手は出せないと思い、結局、産科の先生にお願いした。
これだけ子供の出産現場に立ち会う機会があった(というかつくったが)、何も手を出せずにみるだけで終わってしまった。無念の思いもないことはないが、これでよかったと思う。
つづく
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