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産経新聞の一面の特集記事に家庭内にはびこる個人主義というのがあった。
妻にとって夫は、自分のやりたいことを束縛する存在であり、夫にしても妻は自分の自由を束縛する存在。そのため互いが互いを束縛することなく、自由に生きる、気に入らなくなったらいつでも別れ、離婚できる、そのような契約のもとで生活を送るほうが逆に長続きするというのだ。
もちろん、記事は家庭内個人主義を絶賛しているわけではなく、果たしてこのような姿の家庭があるべき本来の姿なのか?の状態である。
個人主義を主張するくらいならば、結婚などしないほうが良いと考える。
平面的な価値観でみるならば、このような生き方も良いといいたくなる。しかし、人間はその場限りの人生がすべてではなく、時間の中にいきる立体的存在である。また、死んだらすべてが終わるわけでもない(霊魂の永遠性というものはあると私は信じる)。
個人主義で生きる人間は自分の小さな枠の中でしか他をとらえることしかできないから、自分の心の枠を広げる機会を失う。心の枠が小さいと、いろいろな困難にぶちあたったときには、もろくもくずれるか、それから逃げて生活することになる。そのときはうまくいっても、行き場のない人生にいつかは直面することになる。
人間が家庭をもって生活する意味をもう一度考えなおすべきである。聖書でも「男一人ではよくない、彼の助け手をつくろう」と言って、神さまは自分のかたちに似せて、男と女を創造している。つまり、これは、男一人では完全な人間にはなりえないこと、女一人でも完全な人間になりえないことを意味している。男には、女が必要であり、女には男が必要なのである。男には、女の眼からみた心や感じ方が必要であり、女には男の目からみた心や感じ方が必要なのである。互いが互いを必要とする存在であるから、ここに結婚の意味がでてくる。
しかし、現実は、そう簡単でもない。
価値観の違いが逆に、離婚の理由の一位になっているくらいだからである。でも、そのような困難さをこえたところに本当の結婚の意味が見えてくるのではないかと思い、妻を大切に思っている。
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