| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 |
富士山周辺地域は、富士山を中心として様々天候の変化を体感することができる。
富士山の東側の地域(御殿場、小山)は気温が低く、ときおり積雪も見られる。南側(三島、沼津、伊豆)は、温暖で比較的暖かく、雪が降ることはほとんどない。
西側の富士、富士宮は多彩である。とくに、富士宮は、朝霧や山梨県側に近づくと白銀の世界になるところもある。
富士山に近づけば、当然、気温は低く、積雪を体験できるが、さすがに北海道ほどの積雪量はない。
私が住む太平洋側に面する富士山南側地域は、今年は積雪もみられず、晴天の毎日。
冬は、もっとも富士山がきれいにみえる季節。
朝日をみながら、雲ひとつない空に映えわたる富士山を見ながら1日を出発している。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
年末はあわただしく終了したが、やっと1月1日になって休めるようになった。
例年ならば、はやばやと休みがとれていたが、今年は、年末ぎりぎりまで仕事をした。
1月5日から業務再開。
それまで、十分に力を貯えておこうと思っていたが。
しかし、家にいたらいたでやることは多い。
落ち着くまで、まだまだかかりそうである。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
クリニックに閉じこもった診療だけではなく、週1回居宅型の介護施設とグループホームに往診にゆくことになった。
都市部での外来診療だけでは地域にむけての発信も限られてしまうし、経営的にも厳しい。
施設の往診をいれると診療の幅が広がるとともに経営にもプラスになる。
開業しながら、簡単な病棟管理をするような雰囲気になるので、時間外や夜間のコールなどもありうる。
でもそうそう急変はあることではないが、その場合には出向くこともある。
しかし、クリニックの直営施設ではないので、やむ得ないときは救急病院に行ってもらう。
そんな事情があるので、ときどき救病院側から、嘱託医が不在であることに苦言を言ってくることもあるようだ。
クリニック直営の病棟ではない、施設は患者さんにとっては自宅に等しいのだ。そんな事情も理解してくれないときにはちょっと淋しさも感じる。
経営も落ち着かず、休みもなかなかとれない。
疲れやすさも以前に比べると大きくなった。
安定した経営になるには、今は3年はかかると忘年会の席で先輩医師にいわれた。
3年ですむのだろうか。
開業3ヶ月、みちはまだ長い。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
2ヶ月もたつと近所の評判がどうなのか気になる。
評判は上々、でもきっと満足がゆかず他の病院にいってしまった人もいるにちがいないと思いながら診療に当たる毎日。
そんな中で、こんな方にであう。数ヶ月まえから左胸がいたむという。近所の医者にかかったら、問題なさそうだが心臓かもしれないといわれる。次の病院では、レントゲンをとって、心電図までとったが大丈夫かもしれない。でも、循環器専門医にかかったほうがよいといわれ、受診したところまったく問題がなかった。でも、肝心の胸痛はまったくよくならない。そこで当院を訪れた患者さん。いくつかの病院での検査結果を信じて、帯状疱疹などによる神経痛かもしれないと思って、血液検査をやって、あとは患部をあたためたりして様子を見るようにはなした。7日後には、患者さんの喜びの声。あれだけ病んでいた胸の痛みが局所をあたためるだけで治ったという。血液検査では、帯状疱疹などヘルペスは陰性。
でお、その方は、本当にうれしかったようで、「本当にうれしくて、先生が神様のように思えた」と。
「後医は名医」というが、運良く後医になった症例だった。
かぜを引いたようだが咳がとまらないという患者さん。胸部XPや一般血液検査でも陰性。はやりのマイコプラズマかと思って検査したが陰性。耐性菌かもしれないとおもい別の抗生剤をだしたが、その後7日間くらい患者はこなくなった。
おかしいなと思っていたら、ある日突然訪れて
「先生にだしてもらった薬でアレルギーになって、全身に発疹がでて、ご近所の病院受診。内服中止の指示がでたので薬を飲むところではなかった」ということで報告にきてくれた。
本来ならば、悪くなったなど聞くことはなかなかないもの。
開業するとよくなった患者の姿はみることはあっても、悪くなってこなくなった患者はみないものである。
近所だからということで、来ていただけるのはたいへんありがたい。
すでに数十人「どこにいっても治らない」ことを訴えてくる患者が訪れている。過大な期待をいだいてもらっても困るので、そんなに他と比べてよくなるようなことはやっていないことを言いながら治療にあたる。
いろいろやってみようとするが、患者さんのほうが疲れてしまってそのうち来なくなる。
難病のかたは簡単ではない。
心が病んでいるかたも多い。
自分が治そうという医療者の心がけも必要ではあるが、我々の力はどうしてもおよばないものがあることをしらなければいけない。また、治ったところで自分がすぐれていたわけではなく、運が良かった場合がほとんど。
治療にあたるものは、自分が治療にあたったという思いよりも、日々是勉強の毎日であることをこころがけとすべきであろう。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
あっという間に2ヶ月が過ぎた。
患者さんの数も、1日80名前後で経過している。
わたくしも少しずつまわりをみることのできる余裕はでてきた。
スタッフも徐々に慣れてきているが、経験値の差が出てきてる。
大病院で働いてきた人は、大きな病院のシステムや運営に慣れている。しかし、それが必ずしも患者中心とは言いがたい。
職員にとってはやりやすくても、患者にとっては不便なシステムであることは多々ある。
クリニックで働いてきた人にはそれなりのノウハウをもっている。しかし、それが必ずしもいまの現状に即したものであるのか考えないといけない。
事務方にとっても、人生の経験値も大きいが、わかりにくい保険システムを理解し、時には患者さんんもうまく説明しなければいけない。
患者さんを迎えるための窓口としての責務の大きさは看護士とは違ったポイントがある。
看護師においては、全体をみわたせる視点と全体の流れ、そして、患者さんの表情(病気の具合)や満足度を見なければいけない。医師の手の届かなかったところへ手がゆけるように助けなければいけない。
業務がうまく流れてゆくように、コーディネートする力も要求される。様々な、病気の情報や医学的な処置も知らなければいけない。
やることはたくさんある。
私自身も、来院する患者さんが多彩なので専門馬鹿をいつまでもかたるわけにはいかない。オールマイティーにみるが、専門的な観点が必要なときは転医をすすめている。
「ひろく浅くみるのが私の専門です」と話しながら、患者の答えに応じている。
最初からは、うまくはゆかないのはあたりまえかもしれない。でも、それがゆえに診療がうまくゆかなかったり、患者うけもわるかったならばそれも問題である。
自分自身にも非はあるかもしれない。
職員の足りないところは、もう少し、様子をみないといけないと思うが、すこしずつ修正して患者さんにとって気持ちの良いものに変えてゆかないといけない。
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)
「患者中心」を診療方針の中心におく病院は多いが、本当にそれを実践している病院はすくない。
わたしがかかった「病気を診るまえに患者自身をみよ」といっている病院も、患者よりも病気だけを診て治してもらった。
それはそれでよかったが、もう一度かかりたいとは思わなかった。
患者さんを守るには、患者を守る医者の労働環境や生活を守らなければいけないという風潮は強くなってきている。
脳外科医だった時代に、38度の熱をだしながらも手術をしたり、24時間立て続けに手術をこなしていたら、患者さんが
「そんなハードスケジュールのなかで、私の手術をうまくできるのですか?」と問われたのがいまになって思い出す。
非常に、こころが痛むような鋭い質問である。
疲れを感じていなかったし、むずかしい手術ではなかったので、「心配ないです。かわりにできる医者もいます」ということで答えた。でも、まったく大丈夫とも正直いえないところがあった。
患者中心の医療をおこなうにあたって、
医師と患者はある意味一心同体であるという観点も必要だと考える。
そして、その関係も上下という関係よりも、自由に変わりうる関係であること。
医師は、パターナリズム的な上下を好むかもしれない、しかし、それでは医師中心の姿勢になる。
ときには横の関係に、ときには上下逆の関係なることもあってもよいはず。基本は、医師も患者も同一的な立場に立つことである。
そうなると、一般的な人と人の交わりや関係のなかでで築かれる”きずな”のようなもの、さらには、もっと深い関係が築かれてもよいはずである。
開業してみて、地域住民や多くの方々とのつながり重要性を非常に感じる。
この方は何のためにこのクリニックにきたのだろうか?以前ならばそんなことを考えてしまうような患者さんが多い。
他の病院で検査もうけ、治療薬ももらっていながらこのクリニックに来院する方が多いからである。
「ほかの病院と変わらないではないか」という方もいらっしゃるかもしれない。
しかし、自分が経営しているという感覚をすて、
「ここで開業させていただいてる。」
「地域の方々の支えがあるのでやっていける。」
そんな思いを強くしながら、とにかく、いまは無心で診療にあたる毎日である。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
内覧会からあっという間に1か月。
早いものである。
患者をみている時間を思えば、1日もアッというまにすぎてゆく。
いままでとは違って自由に診療ができるところがよいけれども、保険診療を以前よりも意識して患者をみるようになってしまった。
いかにしてコストアップをはかるのか、医事と相談しながらの診療でもある。
月末になってレセプトのチェックに取り組み、現在奮闘中である。
理想と現実のはざまに立ちながら、めざすものを追求すると割が合わなくなる。とくに1人の患者に時間をかけると、患者は喜ぶが、経営陣は喜ばない。1人に30分もかかってしまうと、1時間に2人しか診れなくなる。3分診療ならば、30分あれば10人は診れる。
完全自由診療でクリニックを開業した知り合いの医師が言っていた。
「1日に診る事のできる患者は少ない、経営も楽ではない。しかし、1人の患者に対して十分時間をかけて診る事ができるので、診療が楽しくなった」という。
医療に金がかかりすぎているという認識は、変わらないと思うが、医療の質を低下させないためにはどうしたらよいのか。
単に、診療報酬アップをはかればよいというわけではないはずである。
開業医の毎日の診療も勤務医と同様に余裕はない。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
内覧会2日間を経てついに診療開始となった。
内覧会は多くの方々に内覧していただいた。
1日目は、500名あまり、2日目は800名あまりの方が訪れた。知り合いの方々も多く訪れてくれたが、すべてに対応しきれずの状況だった。
いったいこれからどうなるのか計り知れないものを感じながら2日間をあわただしく終えた。
翌日の診療開始日には、40名の初診患者さんが訪れた。
電子カルテの操作がまだ慣れていない事務と医師によってなかなか患者さんがまわらず。数名の患者さんが途中で帰ってしまうという出来事もあった。
でも、朝8時30分から休憩もいれず20時には診療終了し、そのあとカルテ記載など後処理に22時近くまでかかった。
その日に帰ったのは午後23時ころである。
自宅にかえったときには、時計の日付は翌日になっており、家族も全員寝静まっていた。
悲しいかな。
でも、最初だから仕方がない。
疲れているのは皆おなじである。
2日目はどうなるのか?と思いドキドキして診療にのぞんだが、午前と午後であわせて30名。(午前20名、午後10名)
昨日のことが嘘のようである。
余裕も十分あり、昼食にもありつくことができた。でも、休憩は15分くらいである。
診療が終了したのは、午後7時ころ。
昨日よりは早い。
「こんなペースならば余裕をもって患者さんの話が聞けるかもしれない」そんな希望をいだきながら2日目を終えた。
それから3日目、4,5日目と30名から40名のペースで患者さんが来てくれる。
診療開始2週目に入ったが 多くて50名。
平均していまのところ30~40名くらいである。
脳神経外科、リハビリをメインにしているが、今はなんでもみている。小児科はかかげていないが、子供で風邪のかたもいる。
また、その後の経過を報告したい。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
内覧会そして診療開始まであとわずかになった。
台風15号による被害は、院内に植えてあった木が数本倒れたが、建物には影響がなかった。
検査機器やさまざまな物品の搬入納品が一部遅れをなすことになった。
医師会へのあいさつや説明や地域のあいさつまわり、周辺クリニックや病院の表敬訪問なども昨日やっと済ませた。この地域は、医師が少ないのかどこも忙しそうで、しかも、歓迎ムードである。
今日、やっと一息つきながら院内のネット環境も整って、院長室からブログを配信できるようになった。
長い道のりだった。私がやったことは微々たるもので、ほとんどは準備室を立ち上げてがんばってくれた数名のスタッフの支えによるものである。
開業にあたっては、良きパートナーといかに出会うかにかかっている。資金交渉やリース契約などは、特に様々な業者がかかわることがあったため、手が回りにくかった。
自分一人の力で、ましてや、世情に疎い医師が一人で全部をこなすには荷が重すぎる。
不安と期待の折り重なる毎日。
実家から反対の声があったが、なんとか理解が得られて
「開業は、決して楽な道ではない。でも、おまえがやるというなら挑戦してみろ」とのこと。
1か月くらいの生活を維持できるくらいの餞別も少々いただいて出発となった。
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
建物の引渡しが完了し、いよいよ機材の搬入がはじまった。
診療開始までの日にちがないので、多くの機材が一気に搬入された。
オープニングスタッフも全員集まり、自己紹介してもらい部署で親睦も深めながら準備にとりかかってもらった。
業者の出入りが激しく、どれだけの人にあったかわからない。
期オープニングまで時間がないので、焦る思いが先行しがちであるが、落ち着いてまとめてゆきたい。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)