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病気は治せばそれでよいのか

kocchan / 2012.05.28 13:28 / 推薦数 : 0

この病気については、この先生が名医だとばかりに相も変わらず宣伝が続くこのご時世。

その病気が完治することが難しければ難しいほど、それを治した医師の名声はあがる。

外科医ならば神の手を持つ男

内科医ならば、名医の一人。

何か一つでも得意な治療があって、そこに長けていれば注目はされる。

ところが、ほとんど注目されない分野がある。

予防医学の分野である。 

その人の悪いところをみつけては不安に陥れ、一つ見つかればあれはだめ、これはダメといわれ、

自分はどこも悪くないのに、だめといわれて楽しみまでうばわれてしまう。

人に自分の生活習慣がわるいといわれて不愉快なものはない。たとえ医者でも、平然と自分の楽しみを奪うアドバイスは不快である。

病気になったらその時に考えればよい。前兆がでてからでもおそくはない。難しい病気も治してくれる名医もたくさんいる。

病気は悪者あつかいされ、根絶しなければいけない風潮はあるものの、その病気を呼び寄せたのは自分自身の生き方である場合が多い。

昔は、「上医は国を癒し、中医は人を癒す、下医は病をいやす」といわれている。

日本の医療レベルはいまどこにあるのかがよくわかる話である。

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連休をすごす

kocchan / 2012.05.17 14:10 / 推薦数 : 0

「開業して休日の拘束はなくなった」と言いたいが、在宅担当患者がいるので、いつでも連絡はとれるようにしなければいけない。

しかし、それは必ずしも担当医直接というわけではないことや他院との連携の中では、相手方医院との話し合いによる。

今回は、ちょっとお許しをいただいて、連休を久しぶりにいただいた。

まとまった休みをとれるのは、これが最初で今年最後かもしれない。(いや、お盆休みがあった)。

そんなことを考えて、こどもたちを連れて朝霧高原に遊びにいった。

ここは、富士山周辺地域のなかでも水や空気が非常に澄んでいるところである。

こんな広いとこには、多くの遊び場があるにちがいない。

と思って、いろいろなところに足を踏み入れるが、制限付きの場所や私有地が多い。

でも、だれも文句の言わない場所があるにちがいないと、周辺を散策し、やっとみつけた広い場所。

水もあって草木もあって、地域の方に聞いたところ、

「そこならば誰も文句はいわない」という。

山菜とりに来る方々の姿もみながら、この中で貸切状態で子供たちと遊んだ。

水がほとんどながれていない河川敷。

水たまり場での水遊び、草木をとったり、編んだり。

子供のころならばあたりまえだった環境が、ここにも残っていた。

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4月を振り返り

kocchan / 2012.04.29 22:12 / 推薦数 : 1

10月開業以来、いろいろな人の出入りがあり、予定外の出来事やなどもあって、厳しい経営状況が続いていた。

しかし、徐々に月の収入もアップし、4月にはいって単月での黒字を達成することができたと事務から報告があった。

外来の1日の患者数は、約80名~90名。半分は物療やリハビリ中心の患者さんで、初診の患者さんはそのうちの1割から多いときは2割くらいである。 

物療患者が半分なので、患者1人あたりの平均単価は低い状態は続いている。

外来だけの収入では経営は難しく、老人ホームの訪問診療の存在は大きい。グループホーム2件と居宅方老人ホームと介護付き老人ホームをそれぞれ1件ずつ担当しているが、周辺のクリニックの先生方と連携すればもう少し枠は広げらそうである。

事務職員の努力によって何とか開業半年目にしてここまで到達できた。でも、正直なところ職員全員ちょっと疲弊状態である。

慰労する機会をもてたらいいと考える昨今である。

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アンチエイジングとは何か

kocchan / 2012.04.29 08:01 / 推薦数 : 0

ある患者さんから、

「先生がかかげているアンチエイジングとは何ですか」と問われた。

非常に難しい質問である。

「これは私の観点ですが・・・」ということで話を簡潔におこなった。

1、食事

2、運動

3、精神、心

という3つの観点から話をすることにした。

かぎられた時間10~15分の中ですべてを語るには限界があるので、簡潔にポイントだけを話した。

1、CR(カロリー制限)について話をした

2、有酸素運動と無酸素運動などのバランスについて話した

3、ときめき、とらわれない心、喜び、笑い

3番目の心の問題は、もっとも重要な問題として語った。

そして、語りえなかったことは、

「何のためのアンチエイジングなのか?」

長生きすれば、それでいいのか?

浦島太郎伝説が語っていたことは何だったのかを知らなければいけないだろう。

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生命とは

kocchan / 2012.04.24 14:15 / 推薦数 : 0

われわれの肉体の命は、永遠性がないことはわかっている。

70代~80代さらには90代になればそれがさらに身に沁みるようになるのかもしれない。

しかし、10代や20代、30代ではあまりそのようなことは意識しない。

ずっとまだまださきのことのように思えてしまう。

マヤの予言が12月21日までしかないとしても、あと8か月もさきの話。

また、明日天変地異がおこるとしても、おそらく、だれも信じない。

また、いまふつうに生きる人が、明日死ぬための準備をする人はいない。

人間の肉体は永遠性がないのに、なぜ、永遠性があるかのような心をもつのか

もし、いつなくなるかわからない自分の命のことを思ったらどんな生活をするようになるのだろうか?

希望はなくなるのだろうか?

永遠性をのぞむ人間の本性をみいだしたときに、

私は、人間には霊魂があるとするほうがごく自然な見方ではないかと考えるようになった。

さらに信じない人の死にざまはおだやかではないという事実を知った時には、

医療者も死後の世界について理解を深める必要があると感じるようになった。

病気で死ぬことは敗北ではない、

死期がはやまっただけのことかもしれない。

むしろ、そのさきにこそ大きな目的があるのかもしれない。

では、肉体をもっていきることの意味は何なのであろうか?

私たちは、なぜ肉体をもった命にこだわらなければいけないのか

それは、肉体をもつことでしかできない重要なことがあるから。

その重要なこととは何なのだろうか?

それが医療者がもたなければいけない重要な生命倫理だと思う。 

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がんとの共存をはかる2

kocchan / 2012.04.24 07:55 / 推薦数 : 0

「がんとの共存をはかる」簡単なことではない。

私の知る方でガン共存をはかって生きる人は、ほとんど見られず、残念ながら永遠の世界に旅立っていった。

しかし、雑誌や本では共存をはかる方がいることは事実。

さらには、克服した方もいる。

そして、考えてみれば、私の70代になる母も、卵巣がんで後腹膜に転移巣をかかえながらも、元気でいる。抗がん剤による末梢神経炎の後遺症は残っているが、転移巣はいまだに大きくならず、10年以上も経過している。

本人は再発に恐れをなしているが、元気な姿で自立し生活している 。

前回とりあげた方も、その後私のところに2回ほど訪れた。

腎臓がんの病巣は残念ながら確実に大きくなっている。

健側と思われた右側にも転移巣がありそうだった。

本人を前にしてどう伝えようかと思って私は少々悩んでいた。 

しかし、ご本人は「本を読んで希望をとりもどした」といって自分が気づいたことを数多く話してゆかれた。

こちらが気がついたら、検査結果もそれほど聞かずに診察室をあとにしようとする患者さんの姿があった。

「ところで検査結果について話しますよ。」

「私はよくなってきた気がするんです」という。

事実を話すのに気後れしたが、

「そうですか、でも、そんなに変わっていませんよ、むしろ、ちょっと大きくなったかな?」そう伝えた。

でも患者さんはひるまなかった。

「そう簡単にはよくならないですよね、でも、私、希望をいただきましたのでがんばってみます」

そういって診察室を出て行った。

その後、また、患者さんはしばらく私のところには訪れていない。 

患者さんの姿からいろいろ学ぶべきものがあることを改めて感じた。

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がんと共存する

kocchan / 2012.04.19 08:08 / 推薦数 : 0

80歳代の腎臓がんのかたがある日当院におとずれた。

80代で、専門病院ではかなり腫瘍も大きくなり抗がん剤治療をするくらいしか手はないということだったらしい。

80代のわりには、しっかりしていて、見た目では10年くらい若く見える、細身で浮腫もなく元気なそうなかたである。

本人は、抗がん剤の治療を拒否したので、あとは「ガンとの共存をはかってほしい」という言葉でその病院をあとにしたという。

「最近腰が痛いのでみてほしい」ということだった。

でも、本当はちがうだろうと思い

「がんとどう共存をはかるつもりですか?」と質問してみた。

すると「どうしていいのかわかりません」と答えがかえってきた。

「専門の先生の助言はありましたか?」

「悪くなったらいつでも来なさいと言われました。いい先生でした・・・。」とその先生から励ましをうけたとか。

「そうですか」と答えながらも

紹介状がなければ診てくれない病院なのに、本当にいつでもみてくれるのだろうか?

まずは、近くの開業医に相談してから受診するように指示がはいることはわかっているが、そこは言葉にはださず 

「本当にいい先生でしたね」と言った 。

症状は腰痛くらいで、一時出ていた血尿もなくなったので、本人的にはよくなってゆく(自然治癒)と考えているところもあるようだった。でも潜在的な不安はぬぐいきれていない。

結局、当院でやれる検査をおこない、

「どのように共存をはかったらよいか、いっしょに考えませんか」と言って、本を読んでもらうことにした。

そして、一冊の本をわたすことになった。

がん患者さんには正しい情報が伝わっていないことが多い。しかも、自分の生命がかかっていると思うので、いいものも悪いものも受け入れやすい。

ましてや、そこに医者が関与すれば真剣に必死になって取り組むことになる。

まるで悪徳占い師にはまった芸能人のようでもある。

でも、ほとんどの医師は、変なことをやれば訴訟やら何やらで訴えられることが多いので、科学的データに基づかないものはいっさい話はしない。

そして、希望的な話より、あと何年の命とか数か月とか、暗い話をせざるをえない。

なぜなら、がんで亡くなることは圧倒的に多いのだから。

こんな現状ではたがいにとって利益を生むことはない。

その後、その患者さんからは音沙汰がない。

その後のことについてはまた、報告したい。

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身体表現性障害

kocchan / 2012.04.14 16:15 / 推薦数 : 0

患者さんからいろいろ学ぶことが多い毎日の診療のなかで、最近体験したものを紹介したい。

43歳女性;ちょっとやや小太り気味のかた

頭痛、肩こり、頚部痛などを訴えて当院受診。神経学的検査や画像診断では特記事項はない。ときどき意識を失うこともあるというので、脳波もおこなったが異常なし。

肩こりは確かにつよいので、当院の物療を利用してもらうことで、あとは、鎮痛剤や漢方薬など使用した。

週1~2回物療に通っていたが、症状はいっこうにおさまらず。むしろ、頭痛や吐き気が次第に多くなってきて、鎮痛剤の使用回数も多くなってきた。

トリプタン系の処方も当初は考えたが、どれをつかっても効果がなく、ロキソニンだけが効果あるという。

薬剤性頭痛もあるので、使用制限も指示したつもりだったが、量は増え続けてゆく。頭痛は当然おさまらないので、ロキソニンの服用をやめるように告げ、ロキソニンは処方しないことになった。

その後のある日フラフラになりながら当院受診。

物療で消炎鎮痛処置後意識消失。バイタルは問題なく、失禁もない。頭部CTは異常ない。体はかたくなり、ロボットのような感じ、カタレプシーの状態。強直発作のようでもあったが、バイタルは変化しない。

家族から、以前に同じような症状があって、いわゆるヒステリー発作だといわれたと。

そこでセルシンを静注したところ次第に緩んで、会話も可能になるり、回復まで時間を要したが自宅にかえることはできた。

翌日、物療処置にまたおとずれたため、簡単なマッサージをさせて、置き鍼をおいて様子をみるように話をした。

その後しばらく2週間くらいこなかったが、もう一度、置き鍼を指示したところ、その後は1か月来院しなくなった。

どうしたかと思った矢先、見違えるような表情とちょっとやせた姿で当院に来院。

肩こりや頸コリも全くなくなり、気持ちも楽になったという。

置き鍼がよかったというより、本人自身がいろいろな治療をためしてみたという。人にやってもらうよりも、乾湿式のサウナや器具をつかったセルフマッサージなど、さらに、気持ちを前向きにもつようにしたところ体質もかわってきたようだという。

いままでかかなかった汗もかくようになり、食欲もそれほど亢進しなくなったという。鎮痛剤はいらなくなった。

 彼女の家庭環境にも問題はあったが、環境はそれほどかわっていないという。むしろ本人がそれを昇華してしまったようである。

 われわれのほどこす治療はたかがしれたものであることを実感した。最終的にはその方の自分で治そうとする力にどうかかわってゆけばよいのか?

患者さん自身が受動的な気持ちになっているときはなかなか治癒にはいたらなかったが、能動的になったときにゴールがみえた、そんな症例であった。

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4月からの出発

kocchan / 2012.04.13 21:23 / 推薦数 : 0

4月に入って健診もはじまりちょっと忙しくなってきた。
初診の患者も増えて、先月とはちょっと違う雰囲気である。
早くもスタッフの入れ替えもあった。
地域の動向やニーズにあった方法も考えてみる。
診療報酬の改定がみられた訪問診療や病院間連携も検討。
訪問施設もさらに増える予定である。

診療所経営は楽ではない。
でも、診療所のために患者をみているわけではない。

「地域の患者さんを診させていただいている。」
そんな姿勢だけはくずさずこの4月も出発したい

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4月に向けて

kocchan / 2012.03.29 08:06 / 推薦数 : 0

4月が近づき保険診療点数の改定内容も明らかになり、当院でも新体制にむけて準備作業中である。

安定した患者数は確保されてきたが、患者一人当たり平均単価が低く、割が合わない状況が続いている。

しかし、患者さんにはそれなりの満足をいただいてるので、この状態は変えようがない状況である。

そこで、いま一つの活路を見出そうとしているのが健診、自由診療と在宅である。

とくに、在宅については、新しい算定加算もついてきたので往診も開業医にとってははずせない仕事になってきている。周辺クリニックや病院施設との連携の枠を広げてのりだすことも重要である。

仕事は増えるかもしれないが、勤務医時代のことを考えるならばそれほどたいへんでもない。

健診については、どこのクリニックも手のまわりにくい分野である。忙しい外来診療のあい間をぬって個人開業医でやれる範囲はかぎられたものになる。

しかし、病気の予防はだれしもが注目しているところであるので、はずせないし、ここに力を入れていることの意義を開業医として強調することは大変意味があると考える。

予防は受動的な治療要素よりも能動的な面が強くなり、患者さんの意識を変えてもらう場になるからである。

そして、開業して大きな強みとなるのは自由診療も可能であるということである。混合診療禁止の原則を意識しなければいけないリスクはあるが、保険のきかない治療があり、そちらに軍配があがるならば取り扱わないわけにはいかない。

また、そちらのほうがよいということを知ってもらうことにより、治療の選択肢に幅をもたせることには大きな意義がある。

経済的な厳しい現実はあるが、上記の理想をいかせるかどうかは多くのクライエントの方々に選んでもらえるかいなかであり、経営のすべてはそこにかかっている。

私は、職員にとって働きやすい環境をつくるためだけのの医療経営はしない。

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