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2008.07.01 21:36 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  なし  | 推薦数 : 4

生活保護の不公平に思うこと

やくざに脅されて担当官が長いこと生活保護を支給していたらしい。

新聞に載ってたけど、じゃあこれからこの問題をどう扱うの?と思う。

ぜんぜん対策が取り上げられないのがすごく嫌だ。

やくざと生活保護の問題なんて、はいて捨てるほどあって、

この手の社会保障のお金って大半は

「うるさい人」がもっていくんであって、

「本当に必要な人」はもらえないものと相場が決まってる。

 

僕の精神科の患者さん。

知的にあまり高くないけどすごく律儀で、

夫が自営業を失敗して首をくくって、

借金で生活をやりくりしているうちに親兄弟から絶縁されて、

子どもをたくさん抱えて路頭に迷っちゃった人。

子どもが病んだから病院にきたけど、明らかにお母さんが病んでる。

人様に迷惑をかけられないとか言うこの人を、散々説得して

保護を受けてまず生活できるようにしましょうとか言って

申請させたらあっさり却下。理由は借金があるから。

 

かと思うと、別に働けるんだけど、

窓口で死ぬ死ぬ自殺するって大声でさわいで、

「私が死んだらあなたのせいですよ○○さん!」とか

名指しで攻撃した人はあっさり保護をもらってきた。

その担当官もうつになって、通院してるからわかったんだけど、

生活保護の受給なんて、基準はあってないようなもの。

 

たぶん、問題はその世界が閉じていることだと思う。

家庭だって、周囲との関係が閉じて家庭内暴力が始まったら手が出せない。

親族や警察が入るとか、外とコネクトしないと解決しない。

保護をもらうって事に恥とかもろもろの感情が絡むので

生活保護をダイレクトに表に出しにくいってこともあると思うけど、

閉じて見えなくなるほどに、まっとうな人間は

ずるいことが上手い人間に駆逐されてしまう。

ずるい人間というのは、自分でルールを書き換えてしまうから。

 

先日美人さんと飲んだときもびっくりする話を聞いた。

美人さんは保母さん。今働いているところは

前の職場よりずっと忙しくて、給料も3分の2くらいなんだけど、

今の職場をやめる気はないそうだ。

理由はセクハラがないから。

 

僕は東京福祉大の事件みたいなことは、

まあないこともないだろうけど、珍しいのかと思っていたら、

保育所とか、福祉系の職場では、ああいうのは「常識」だって。

その女の子のいた職場では、月曜はその子が担当で酒の相手をさせられて、

まあオーナーは年なので最後までやられるとかはなかったそうなんだけど、

オーナーに息子とかいるところは最悪だそうな。

なんか、エロ本みたいな世界。

 

世の中すごいなと思う。

田舎のお金持ち達は自分達のルールで生きてる。

その美人さんの前に務めてたところは、

近隣の私立保育所のオーナーはみんな仲間で、

やめるといったら「どこでも働けないようにしてやる」とか言われたらしい。

で、僕の居る町に流れてきた。

そういうお金持ちの人の世界って中がよく見えないけど、

見えない世界って、僕らの住む世界と違ったルールで動いてるんだなと思った。

産地偽装とか、料亭の使い回しとか、そういうのもお金持ちの世界。

そういうむちゃを、むちゃとして修正しようと思っても、

どうしたらいいのか、よくわからない。

         

ルールってやっぱり創る側が強いな。

や○○屋さんは創る側にくっついているから強い。

強くない僕らはせめて

窓口でごねて保護を獲得したあの人を見習って、学んで、

まっとうな患者さんにごね方を教えないといけない。

ルールを自分に引き寄せて書き換える技術は必要だと思う。

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2008.06.13 19:36 |  診療  |  生活 / くらし  |  なし  | 推薦数 : 4

秋葉原の事件について(補)

根本的に間違っていました。

ダイレクトに書くのがきつかったので、

ラ●ボーのこと例えに上げちゃったけど、

ラ●ボーのストーリーがずいぶん間違っていたらしい。

あれは映画評論見て覚えていた僕の脳内物語です。

映画ファンの方すいません。反省しました。

 

ただ、人の映画評が僕のアタマに刷り込まれたのは、

その評論にすごく納得したからだと思う。

人が一線を踏み越えるプロセスとして

「その流れはありえる」と思えた。

僕の診た患者さん達がそうだったから。

 

妹を殺そうとして夜中に首を絞めてた子や、

父親を殺そうとして包丁を枕元においていた子。

 

何人か、人を殺そうとして、

間一髪でやらずにすんだ人達を知ってる。

そういう人たちの話を聞いてみると、

みんなそうする必然性を抱えていた。

ある意味、自分が生き残る為に人を殺そうとしてて、

少なくともその瞬間は「(殺人が)正しい」と思って行動してた。

 

だから昔から「殺人犯は身内か金がらみ」といわれてきたんだと思う。

すごく反社会的な行動で、その人なりの正当性を保持するには、

すごく濃い情念が、濃い関係が必要だから。

でも、最近はそういう濃い背景がみえない犯罪が増えてて話題になってる。

 

通行人をノミで人を刺したあと、

「誰を刺してもよかった」と言い放った子を診たことがある。

個人的な感情では、貴様ふざけんな!という犯罪だけど、

医者として一生懸命自制して聞けば、

刺した通行人は親に似ていた。

親の期待にこたえられず見放され、

クラスに向かう途中での衝動的な犯行だった。

 

このノミの子は、自分が殺すべき恨みを

感じる相手ではない誰かを八つ当たり的に刺した。

強い情念や必然性をもってしても、まだ相手と向き合えない。

向き合えないことを正当化するシステムが彼の中に出来ていて、

それが彼をより孤立させて悪循環してる

そんな印象だった。

 

あの事件の犯人は、会社に恨みとかぬかしているけど、

その直近の理由にさえ向き合えない臆病者だから八つ当たりをする。

人のつながりを馬鹿にして、個人の正当性ばかりを主張して、

うまくいかない付けを人のせいにして逃げていった先に、

今回の犯行があっただけだと思う。

 

これをテロとか評価するコラムを読んだけど、

そんな立派なものじゃないと思うし、

理由がよく見えないのは、人と向き合えなくて、

向き合えないことを正当化して、それを周囲が、

社会が守っている状況のためだと思う。

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2008.06.10 21:51 |  診療  |  生活 / くらし  |  なし  | 推薦数 : 7

秋葉原の事件について2

まずもう一度確認するけど、

犯人のような人間は許せない気持ちが強い。

それをおいて、考えたことを書いてみたい。

 

最近周囲を見ていてつくづく思うのだが、

みんなハッピーになりたくて当たり前だけど、

その「方法」を豊かに持っている人間と、

「方法」をほとんど知らない幅の狭い人間がいる。

僕ら医者は基本的に後者だと思う。

 

受験勉強をたくさんやった人ほど

先生の下で自分の正しさを競うことが骨身にしみている。

競って勝つことで評価されることに慣れている

だから白黒があいまいなまま、それでよしとすることが苦手。

なんというか、世の中の楽しみ方が下手なんだと思う。

他人の物差しから自由になることが難しくて

あいだみつをさんみたいに、ありのままの自分を肯定することが出来ない。

 

僕はたまたま精神科医になって、

患者さんたちが自分の我(正しさ)を通そうとすることで、

悪循環にはまるのをたくさん見てきたから、

競うことから降りる大切さを知っている。

 

「自分が、いなければ、職場が回らない」切れ切れに喋るうつの患者さんに

「でも今は、そこから降りましょう」と休養の大切さを心をこめて喋れる。

競って勝ち続けなくても生きる場所があることを示せる。

 

でも僕が医者になる途中で挫折してたら、どうなっていたんだろう。

自分の正しさを証明するために競うことから降りて、

別の場所で楽しくやれたんだろうか?

あんまりそういう柔軟性はないような気がする。

挫折してたどり着いた先でも競うことから逃れられず、

誰かに評価されようとしてどんどんスミに追いやられ、

いろんなものを恨みながら生きていたんじゃないかな。

 

学校での「成績の良し悪し」というのは自分の価値を数値化する。

それって本当は、人の気持ちをわかる力や、

人と関わったりする力より、汎用性のない「能力評価」なんだけど、

世間的にはすごく上位にランクされる能力評価だ。

だから子どもの頃から成績競争してて、そこで勝つ味を覚えてると

いろんな他の価値あるもの(人の気持ちとか)を馬鹿にしてしまう。

他人の気持ちをわかることを馬鹿にした人間は、

挫折したときに収拾がつかない。

 

 

今回の事件で、勝ち組・負け組の話の流れで、

派遣(トヨタ)で働いていたことが話題になっているけれども、

たぶんそれは、犯行に踏み切る最後の一歩の問題。

ジャンプに踏み切る位置の問題。

むしろ問題は、ド田舎の秀才が進学校で落ちこぼれたとき、

そのプライドを抱えたまま、下請工場で働くことが

どれだけ大変かということにあると思う 

             

そこで一から出直せばいいという人は

世の中を楽しむすべに長けた人だと思う。

人の気持ちがわかる、人の輪の中でハッピーになる「方法」を知っている人。

人の気持ちがわからない幅の狭い僕らにとって、

人の中で一からとか、すごく難しいことだ。

ハッピーになるというのは、自分で自分を肯定することだけど、

肯定できず、しかし自分のプライドも捨てられず、

恨みをつのらせるという病理は、

医者の大部分が「わかる」面があるんじゃないか?

      

もちろん、だからといって殺しに行くやつはいないが。

(続く)

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2008.06.10 10:42 |  診療  |  生活 / くらし  |  なし  | 推薦数 : 3

秋葉原の事件について1

まず最初に。

ニュースを見て感じることは犯人に対する憤り。

僕だってニュースは被害者の立場で見るから、

7人の被害者の人生や残された人たちを思うと

犯人を許せない気持ちで一杯になる。

 

ただ、ずっとニュースを見ていると、

マスコミの顧客主義が透けてみえて何だか嫌になる。

視聴者は被害者の立場に立つわけだから、

被害者側の感情を煽って煽って、最後に落ち着かせようという腹だ。

 

今の時期は「殺すのは誰でもよかった」とか、

「防ぎようのない犯罪」とか、センセーショナルなキーワードをちりばめて

こういう犯罪が増えてる!と視聴者の不安や恐怖を煽ってる。

たぶん、これから少ししたら(今日明日くらいから)、

煽った不安を回収する作業に入るんだろう。

安心を与えるために、事件に対する分析が入ってきて、

なんでもいいから「わかりやすい理由」をでっち上げる。

それが顧客主義に基づく情報の扱い方。

不安を煽って安心を与える。

 

それでもいいと思うけど、

僕にとって大切なのは「理由付け」。

それが論理的なものであれば、別にイライラしないんだけど、

たいていは、犯人の社会背景を切り取って、

「こんな社会が悪い」とか、言って終わり。

それだけで弱ければ「こんな武器が悪い」

「秋葉原の歩行者天国は危険」とか、悪いもの探しで幕。

論理性のかけらもないから、

マスコミの皆さんの用意してくれた流れは居心地が悪い。

 

この事件を論じるならば、

専門家にこの犯人のことをもっと論じてほしい。

すぐに「残虐非道な犯人」とか、

「何を考えていたのか不明」とか

「犯人は自分達と違いすぎてわからない」と棚上げしないで。

犯人を輪の中の人間として論じてほしい。

輪の中の人間が、どうして輪の外に、犯罪者となっていったのか

その流れを論じてほしい。

 

あの犯人だって人間。

人間だからハッピーになりたかったはず。

こんな狂ったハッピー・エンドを迎えたくはなかったはず。

ただ、ハッピーになり方をあまり知らない人間は結構大勢いて、

そのあたりが実は理解されていないんじゃないかとも思う。

(続く)

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