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2008.08.11 21:51 |  診療  |  仕事 / 職場  |  なし  | 推薦数 : 2

タモリさんの弔辞に思うこと

いろんな書きたいことはあったのだけれど、

旬を過ぎてしまった感は否めない。

でも、タモリさんの赤塚不二男さんへの弔辞についてはすこしだけ。

原文をそのまま載せた新聞と、一部改変して(整理して)のせた新聞があって、

いくつかのブログでそのことが取り上げられていた。

 

僕の立ち位置からは、やっぱり原文ままが感動した。

たくさん出てくる固有名詞。あの2人が一緒に生きた生の情景が描けた。

認識って、像だ。

映像が頭の中に浮かんで、それが苦い味がしたり、

甘いにおいがしたり、痛い感覚があったり。

その映像の濃さでいろんな味付はあるけども、

そして、どうでもいいことはあまり映像として残らないけれども、

やっぱり、原点は映像。

 

僕らは映像をココロで感じたり、アタマで整理したりする。

僕は医者なので、基本的に頭でっかちで、いろんな物事を

アタマで、理屈で捉えようとする。

それでたしかに人について見えてくる風景はあって、

患者さんの生活や、その歪みからくる病気が、それなりに見えてはくる。

でもたぶん、それだけではまだ半分。

「ココロで感じる」という部分がないと、本当の意味で

人のことはわからない。

 

僕の知っている天才。

その人は商業高校卒で、飲み屋で知り合ったお姉ちゃんなんだけど、

そのお姉ちゃんは知り合いのメンタルな問題を

すごい深さで「わかる」。

言葉に仕方がわからなから、上手にアドバイスとか介入は出来ないけど。

ある強迫っぽい症状を出して苦しんでいるバイトの子に

一見ぜんぜん関係ないところから「親の期待を裏切れないんだね」とかいってた。

 

その子は高校中退してバイトを始めたけど、弟がいい高校に合格しちゃって、

バイトも休みがちになって手洗いがひどくなったという訴え。

こっちが理屈で積み上げて、一番の核心と思えたところをさらっと話すから

最初は認められなかったけど、やっぱりすごい。

いや違うな。僕の理解より深い。

「裏切れないんだね」という言葉の中のやさしさは当時の僕にはなかった。

たぶん、その苦しさがわかるから表現がやさしくなる。

そのお姉ちゃんに会って、自分の積み上げてきた「理屈でわかる」部分は

人間の精神をわかる上でまだ半分なんだと気がついた。

 

理屈で考えた言葉にはあまり色がつかない。

患者さんの訴えを聞いて、それをそのまま知識の海で整理することは簡単。

で、それなりのわかり方をして、答えを出すのも簡単。

でもその言葉は患者の心を揺さぶらない。

ちゃんと、聞いた話に色をつけて、匂いをつけて、

味をつけて、そういうプロセスを経たとき、

はじめて、患者さんの気持ちがわからないなりに描ける。

昔は自分がおんなじ体験をしているときしか、色がつけられなかったけど、

抽象化する癖をつけてから、前よりは色のつけ方が上手になってると思う。

天才には遠く及ばないけれども。

 

このエントリを読んで、そんなこと当たり前じゃない!

人の気持ちなんて感じるものでしょ!とか思う人がいると思う。

でも医者って頭で整理するのに特化した存在だから、難しい。

「感じる」ことの大切さに気がついたのも、7年目くらい。

わかる人から見たら馬鹿みたいなものだろうけど、

バカはバカなりに前進するしかないので。

 

だからタモリさんの弔辞。

原文のほうが端々に映像の断片がって圧倒的に色がつくし味がする。

原文は読むと涙が出てくる。

タモリさんは白紙の弔辞を読んでたって書いてあったけど、

さもありなんと思う。

たぶん、自分の中にある大切な映像を語ってくれたんだと思う。

言葉にすると「ありがとうございました」というしかない、

すごくいろんな味や匂いや痛みや、そんあものがついてる映像を。 

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コメント

コメント一覧

はじめまして、前から楽しみに読まさせていただいています。
私は養老孟司さんのファンなのですが、氏によると人には2つのタイプがあるそうです。つまり、目で感じる人と、耳で感じる人。視覚と聴覚ですね。私はなんとなく、タモリさんは耳のタイプなんじゃないかと思います。まぁしゃべるのが仕事の人ですからね、当然と言えばそうですが。
いや、ふとそう思っただけで、深い意味はありません。これからも楽しみにしています。
written by むなかた / 2008.08.11 23:42
こんにちは、医学部6年生のtetsukawaです。

なし先生は、話を聞いて色や味を感じるということは共感覚者なんですね。羨ましいです。
オウムの脱洗脳を行った苫米地英人さんは共感覚は努力で後天的に獲得できる、と言っていますがなかなか大変そうです。
精神科医としては使える能力だと思うので僕も何とか共感覚者になろうと思います。
written by tetsukawa / 2008.08.12 08:52
こんにちわ。呟き尾形と申します。
>理屈で考えた言葉にはあまり色がつかない。
 おっしゃるとおりだと思います。

 理屈というのは、言ってしまえば、抽象化することで、いっぱいあるもののなかで、何でもかんでも共通点だけを取り上げることで、個別の特別さをなくすことですものね。

 それに対して、感受性で応対するのは、理屈で考えることと真逆なんだと思います。

 それを理屈でやろうとするのは、不可能とはいいませんが、等圧線で音楽を表現しようと言う行為なんだと思っています。
 
written by 呟き尾形 / 2008.08.12 19:53
むなかたさま
コメントありがとうございます。
たしか目からの刺激が映像の大部分を構成するので、「耳タイプ」の人って、すごい頭の回転が早い人なんでしょうね。
written by なし / 2008.08.12 22:41
tetsukawaさま
すいません。あれはたとえで書いたもので、実際に味がするとか、そういうことじゃないです。共感覚者とかよくわからないので。
ただ、人のことがわかるって、そういうことに近づいていくことだと思うので書いてみただけです。
written by なし / 2008.08.12 22:43
呟き尾形 さま
コメントありがとうございます。
まったくの同意見です。
ブログを覗かせていただきましたが、これはまたすごいですね。勉強になりますので、これからよらせていただきます
written by なし / 2008.08.12 22:52
タモリの弔辞に「ぼくもあなたの作品のひとつです」という言葉がありました。なぜか頭に残っています。イグアナや外国人麻雀大会のころから知っているタモリはやっぱり人に感謝することのできる人なんだなあ、と思いました。
written by Paul Carpenter / 2008.08.13 09:24

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