| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
| 31 |
精神科医の仕事って何?と聞かれたら、
僕は「無理難題を受け止めること」って答える。
だって、妄想を叫んで暴れる患者さんを沈静したり、
自傷を繰り返して、私なんてどうなってもいいのよ!とか言う患者さんをなだめたり、
焦って動けばうつや拒食がひどくなる患者さんを止めたり。
一般の人なら勝手にしろ!とか言ってしまうようなことを
真面目に受け止めるのが仕事。
だから無理難題を吹っかけられることには慣れている。
そうそう怒ることはない。
ただ、それにはいくつかコツがあって、
自分の常識のチャンネルを患者さんのチャンネルに合わせること。
彼氏を殺したい!と興奮している人があれば、
「そりゃ殺したくなる彼氏なんだな」とチャンネルをあわせる。
患者さんの殺したくなったストーリーにちゃんと興味を持って、
一つ一つの話に耳を傾ければいい。
そうすると、患者さんの中での整合性のとり方がわかる。
人の思いはかならずその人なりの理屈で整理がついている。
どんな理不尽な訴えも、その人の中では「正しい」訴え。
だから、他の科のドクターから「わがままな患者」として紹介されたり
他の病院から「人格障害疑い」とか紹介される人はあまり苦にならない。
要は、その人の正しさ・その人の理屈を捉えればいいだけ。
ただ、そういうやり方にも前提があって限界がある。
あくまでそれは病院の中での話であって、
病院という場を壊さない人に対しての話。
病院という場は、治療のための善意や道徳観念で構成されているので、
(言い方を変えれば病んだ人は救われるべきという観念)
場そのものを踏みにじれる人に対しては、無力。
ちょっと前から、えらい議員先生を診察してる。
病状を踏まえていくつかのプランを立ててみるんだけど、
こっちの立てたプランをことごとく崩してくる。
えらい議員先生は若造の言うことなんて聞く耳持たないから、
そのときの気分で薬を使ったり使わなかったり。
仕事は任せてあるといいつつ、やってたり。
周りの家族が輪をかけていうこときかなくて、
薬物治療派と自然軽快派が入り乱れて、毎回付き添いの流派が違うので、
3ヶ月たっても症状が遷延してる。
しかも、どっちに治療を進めればいいのかいまだに見えない。
まだ、病院事務の対応が悪いとか、
看護の対応が悪いとか食いついてくる
クレーマーのような人のほうがやりやすい。
少なくともそこには、病院という場に対する思いがある。
チャンネルの合わせようがある人は、たとえ喧嘩別れになるにしても
そこに線が引きやすい。
でも議員先生のように、自分を病院の上において
病院を下僕のように「使う」人に対しては、チャンネルのあわせようがない。
症状が軽快しないことばかり責めてくるけど、
いうこと聞かないのに治せとかって、そんな無理難題は受け止めきれないよ。
しょうがないから、そのつどプランを提示して
あとは相手に任せるのみ。治るか治らないかは相手のインテリジェンスと運次第。
患者さんのわがままは苦手じゃない。
善意や道徳観念の場の中で一緒に頑張れるから。
場を壊すようなわがままは付き合いきれない。
固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)