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「うちの子の相談にのってください」
といわれることがときどきある。
子どもが病気だとかなら苦にならないんだけど、
子どもが不登校で、それは学校の先生が悪くて!とか
なってくると、途方にくれてしまう。
本当に先生が悪いなら、解決は簡単。
生徒の父兄が徒党を組んで教育委員会を叩けば、たぶん父兄側が勝つ。
でもこの女性がいいたいことは別。
「先生なのに、先生らしくうちの子を守ってくれない」という訴え。
聞くと、不真面目な子を怒らずに、まじめに頑張っているうちの子を守らない。
まじめにやるほど疎外されているのに、配慮してくれない!という話。
僕の患者の女性はすっかり学校と戦闘状態にはいっていて、
子どもが板ばさみになって可哀想だった。
この女性と話していると、「学校の先生はまじめな子こそ守るべき」という。
「先生らしくしてくれない担任」「うちの子は正しいことをしてるのに」
そういう話を平気でする。この女性を壊さないように、
それでいて、世の不条理を教えていくのはとっても大変だ。
道徳的な正しさというのは、子ども時代に教えるべきだと思う。
なぜなら、そういう「正しさ」のベースを子ども時代に創っておかないと
人を信じなくなるし、人から信じられなくなる。
端的に日本の集団で生きていくうえですごく不利。
だから、道徳的な正しさを教えることはすばらしいことなんだけど、
世の中はずるいやつしか生き残っていけないこともまた真実。
今大人で、社会生活をしている人はみんな思うだろうけど、
世の中は正しいやつが勝つんじゃなくて、勝ったやつが正しい。
だから勝つためにはあらゆる不正が、ずるが、許される。
甘い汁をすうやつがいて、おこぼれにあずかるやつがいて、
報われない人がいる。
それが世の中の通常の姿であることは間違いない。
子育ては、こういう社会にぶち込んで自立させるのがゴールなんだから、
「先生が正しさを認めてくれない!」という訴えは、
親の気持ちとしては十分わかるけど、両手をあげて賛成はできない。
ものの本を読むと時々、
「世の中には裏があるのは当たり前だから
小さい頃から裏をかくさずに教えたほうがいい」とか書いてあるけど、
ゴールがそうだから小さいころから慣らしましょうというのは間違い。
それは被虐待児の生活。大人の汚いところを満遍なく見せられた子たちは、
「ふつう」を獲得するために何年もの苦労を重ねる。
そうじゃなくて、たしかに僕らの社会は半分腐ってるけど、
建前の奇麗事もまだのこっている世界。
そんな世界を一人で渡っていくのは大変だから、
自分の信じる仲間を作って、仲間と一緒に
だましだまされの世界を渡って行けるようにしてあげたい。
だからこそ、「人をだましちゃいけない」とか、
「人にやさしくしなくちゃいけない」
「人のものをとってはいけない」
と教えなきゃいけない。教えて、それを十分自分のものにしてあげて、
その上で子どもは「それはそれ、これはこれ」
「心に棚を作れ!」とか使い分けられるようになっていってほしい。
だから道徳は必要。
その女性は、間違ったことを言ってるわけじゃない。
ただ使いこなせてないだけ。
不登校を子どもの問題って捉えていたけど、
本当は彼女自身が正論を「汚い世の中」で使いこなせないでいる。
本当は先生に合わせるなり、逆に表面上合わせて裏で親の組織をつくるなり、
上手に「汚い世の中」に合わせて自分の正しさを使いこなすべき。
こういうケースを見ると、昔の僕は
「正しいことばかり教えちゃ駄目だ」
「もっとずるく生きれるように教えよう」とか思っていたけど、
今は、患者さんの思う正しさを無理に崩そうとはしないで、
「正しさの使い方」を教えたいなと思う。
使えば使うほど、「正しさ」って上手に使えるようになるから。
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コメント
コメント一覧
うちの嫁も小生もこどもがいじめられるたびかっかしますが、最終的には嫁が自分のこどもを守り、教師といじめる子ども(と親)にも事実がたとえ一部でも伝えられるような方策を努力し考え抜いてとってくれるので助かります。それだけの気力体力(と必要な知性)があるということなのだろうと。
ちなみに小生自信は嫁からいつもぼろかすに言われていますが。
コメントありがとうございます。
実在のケースとはだいぶずらして書いているのですが、いわれるとおり、家族が守って戦うという姿勢は一番大切ですよね。今の僕にできることは、一緒になって学校とやりあいながら、落としどころをさぐることですね。
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