なし
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/07 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

  • 不眠について
    • しぎ (12.04 00:45)
    • なし (11.22 09:30)
    • full (11.21 10:52)
    • Paul Carpenter (11.21 08:42)
  • 踏みとどまることの大切さ
    • 山本 由美子 (12.01 22:58)
    • 突然メ-ルを送り失 (11.30 03:22)
    • 山本 由美子 (11.26 17:29)
    • 田中 静香 (11.21 11:27)
    • 山本 由美子 (11.21 00:08)
  • 年金テロ?
    • Paul Carpenter (11.21 08:36)
2008.07.25 21:01 |  診療  |  なし  | 推薦数 : 2

後ろめたさも必要

僕は今でも大学にちょっとだけ関わってるんだけど、

その動機は「後ろめたさ」というのがメインだ。

大学に夢も希望もなくなって民間に出たんだけど、

地方の大学って、県に総合病院精神科とかほとんどなくって、

なんかごちゃっとしたややこしい患者はたいてい大学に投げられるから、

そういう最後の砦みたいなところを逃げ出した後ろめたさは今もある。

働かない看護(働く人も一部いたけど)と、意味不明のシステムと、

山ほどの書類と、毎週まわってくる何とか委員会とか、

よくわからない研修医の面倒とか、改革案に動かない教授とか。

事務部からは精神科は稼ぎが少ないからと小言を言われ、

働かない講師陣(上司)に、一部の、

しかしすごく大きな影響をふるう非常識な部下。

彼らの尻拭いをしつつ患者のクレームは全て処理しないといけなくて、

外来日には60名の患者をさばかないと廻らない。

上司は10人ちょっと診たら「疲れたー」とかいって医局に帰る。

もともと我慢がきかない性格なのに、中間管理職でよくもったなと思う。

いや、もたなかったか。最後は薬を処方してもらっていたし。

 

で、なにが書きたいかというと、

この「逃げ出した後ろめたさ」というやつは、

今の僕にとって、決してマイナスばかりじゃないってこと。

二度と医局に戻る気はないけど、僕がやめたあと、堰を切ったように

指導医が逃散して、医局が崩壊してる。

自分のせいで迷惑が掛かっている人間のことを思う。

やめるときは「仕方ない」と切り捨てられたけど、

時間がたつと後ろめたくて何かしなくちゃと思ってしまう。

僕のすねには傷がある。だからすこし変われた。

まあ、大分時間がたって麻痺してきてるけど。

 

Paul Carpenterさんからコメントをいただいてすごく考えた。

ただ、Paul Carpenterさんの感じる後ろめたさは決して悪いばかりじゃないと思う。

後悔する・後ろめたさを抱えるというのは、

少なくとも子どもが好きで、愛着があって

すごく自分にとって大切なものが自分の思うように行かなくて

壊してしまいそうな自分がきついんだと思う。

 

前回のエントリで、自分に向き合えない人たちのことを書いた。

これは要するに、自分の行為を問題視する人がいたり、

それおかしいよと指摘されても、「そうか」と思えない人のこと。

いや、家とか友人といるときは、ちゃんと修正できる人なのかもしれないけど、

すくなくても、病院という職場で「おかしい」といわれても

「そうか」と思えない人。

ふつうは「そういうこともあるか」とどこかで思うのに。

彼らは自分の中で自己正当化の回路を強固に作っている。

後ろめたさを感じない人たち。

 

僕自身、大学病院時代にそうなった経験がある。

上記のようにいっぱいいっぱいの状態になって、

自分がすごく不幸で、すごく頑張っているのに報われないと思ってた。

患者を投げる民間の連中は「怠け者」とか思っていたし、

自分が一番仕事してるとか思ってた。

産科の先生方に比べれば、精神科なんて屁のようなものなのに、

自分が不遜な態度で他の科や他病院とけんかしても、

相手が悪いと本気で一方的に思ってた。 

でも今、民間に出て後ろめたさを感じながら働いてみて、

自分がすねに傷を持つ身だからこそ

やっと客観的に物が見れるようになってる。

いや、すねに傷があるからこそ、昔より後輩が思いやれる。

後ろめたさは必要だと思う。

自分の思い込みにブレーキをかけるために。

自分の中に自己正当化の回路を作らないために。

            

だから、グサグサと感じたPaul Carpenterさんは

後ろめたく感じてしまうんだろうけど、

それは「自分と向き合えない人たち」とは本質的に異なる。

その後ろめたさは、決して悪いばかりじゃないと思う。

最悪の展開を確実に止めている。

その後ろめたさは、自分の思い込みにブレーキを欠ける役割を担っていると思う。

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)