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関わっている研修医の話。
まじめなやつで僕は彼が嫌いじゃない。
「(多重人格の)患者さんに治療らしいことがしてやれなかった」
「すごく心残りで、もっと何かできたはずなのに」
なんてかわいいことをいうものだから、
「それ違うよ。お前が治療しようなんて思ったから退院したんだよ」
と教えてやった。
まじめな研修医は治療したがる。
でも、相手のことを十分わかっていないのに、
病名だけでわかったつもりになって関わってうまくいくはずがない。
だから研修医は患者さんに教えを乞うつもりで関わっていかないと治療にならない。
僕はそういう指導を散々うけた。
僕の最初の患者さんは境界性人格障害の女の子。
当時、外科医になりたくて、いろんな事情が絡まって
最初の数年精神科で研修することになった。
(そのまま抜けられなくなったけど)
だからぜんぜん人の心の病とかに興味がなくて
興味がないけど、医者だから医者らしく頑張らないといけなかった。
その境界例の患者さんは今でも忘れられない。
地獄の日々だった
初診でシュライバーについて2時間。
その後毎週火曜に1時間以上話をきいた。
悩んでいて、苦しい思いがあるというけど、
その都度訴えが変わって、ぜんぜん理解できなかった。
一生懸命くらいつくんだけど、1時間の最後には必ず
「なんでわからないのか。お前は馬鹿か!」
みたいな雰囲気になって、罵倒されたりして、悔しくて悔しくて。
で、ときどき先輩ドクターが診てくれて、
一緒に診察室に入るとものの10分位でその女の子がすっきりして帰っていく。
この屈辱。
たぶんあの子も馬鹿な研修医にわかってもらえなくて大変だっただろうなと思うけど、
火曜の午後2時はつらい時間だった。
ただ、その先輩ドクターに唯一ほめられたことは、
「お前は馬鹿だけど、ちゃんと罵倒されているからいい」ということ。
なんだかんだいって、その後2年くらいその患者さんは僕の外来に通ってきて、
僕が転勤するまで縁が続いた。転勤するころアルバイトを始めた。
しばらく手紙をくれてて、その子が教えてくれたベンフォールズファイブは今でも聞いてる。
先輩がいうには、「あの子の周りには、あの子が正しいと思うことをわかってくれる人がいない。
もちろん、お前もわかってない。でも、周りの人間はあの子を馬鹿にするけど、
お前は馬鹿にしないで、ちゃんと罵倒を受け止めてるから、あの子はお前の外来に来る」だそうだ。
悲しい評価だった。
今はほめ言葉とわかるけど。
当時はさっぱりわからなくて、
精神科は100%向いてないからやめようかと思ったものだが、
今思えば、ちゃんと汗をかいて、彼女を主役にして、彼女の世界を立てようとはしてた。
その構造というか、彼女が主役となる関係そのものがかろうじて治療的だったんだと思う。
今なら、彼女をちゃんと治療できると思うけど、
研修医でわからないうちは、患者さんが主役なんだということを
必死で守ることが正しいんだと思う。
僕の教えてる研修医。
多重人格の患者さんを治療しようとして関わってた。
治療的に関わるというのは、医者のビジョンを相手に押し付けるということ。
相手のことをわかって、相手が一番受け入れやすいビジョンならいいけど、
わからないまま押し付けたらちょっと厳しい。
わからないうちは、「患者さんに教えてもらう」「馬鹿なうちは患者のために汗をかく」
その姿勢が、研修医にできる唯一の治療的かかわりだと思う。
彼は患者さんの訴えを聞いて振り回されて、看護からブーイングを受けて、
四苦八苦してる姿を患者さんに見せているときが一番治療的だった。
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コメント
コメント一覧
コメントありがとうございます。
新人教育の難しさは、自分が新人の気持ちを忘れているのと、今の新人は自分達と生活背景(積み重ねた歴史)が違うという両面があるんですね。初心を思い出すのと、違うよ・・・というコメントをいただいて、そこを2重で捉えることの大切さを感じました。
ちょっとずれるのですが、患者さんの親子が理解しあえないのは、その2つの問題があるからかなと思いました。また書いてアタマを整理することが出来ました。指摘していただいてありがとうございます。
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