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研修医が以前に書いた多重人格の子から
急に退院したいといわれてあわててる。
研修医は何でそういう事態になったのかわからずにいるけど、
たぶん、患者さんが自分の親の悪口を散々言うのに同調して
一緒になって責めるようなことを話したんだろう。
たしかにその患者さんは、勢いで親をミソクソにいうかもしれないけど、
それは患者さんの中の一面でしかなくて、
医者が一緒になって親を責めると、あとから患者さんが追い詰められちゃう。
患者さんの一面しか目にはいらなかった研修医のミス。
昔僕も同じようなことをやって死ぬほど怒られた経験がある。
医者1年目の冬。17歳の女の子が落ち着かなくなって、不眠を訴えて来院した。
当時は「心因反応」という診断がよくつかわれていて
不登校をきっかけに多彩な精神症状が現れていた。
背景に親の登校刺激があって、まじめなその子は追い詰められてた。
先輩ドクターに状況を解説されながら診療したので、
患者さんの女の子が追い詰められているのがよくわかって、
結構感情移入してしまった。
診察室でうつむいてしゃべらない患者さんに
「君のそういう気持ちをわかってくれないなんて!」
「君のお母さんはひどいな!」とか話してしまった。
患者さんはすごく困った表情を浮かべて、
それがよくわからなかった僕は先輩にそれを伝えたら、
烈火のごとく怒られた。人格レベルで駄目出し。
今思えば、すくなくても彼女の周りで彼女のことを
一番一生懸命考えていたのは親。
たしかに親が彼女を追い詰めた一面はあるけど、
親の指示に従おうとして彼女は苦しんでいて、
親を否定したいんじゃなくて、親にわかってほしいだけだった。だから、親を否定することは、彼女自身を否定するに等しい。
でも当時はアタマが廻らなくて、患者さんの一面しか見えなかった。
そういうことがあった後、結構長い時間がたって
虐待された子が絶対にお母さんを非難しないのを見て、少しわかった。人間って、自分で自分を肯定するのってすごく難しい。
自分にとって大切な誰かに「あなたは正しい」と言ってもらえないと、
なかなか自分を肯定することが出来ない。
「あなたが大切よ」といってもらえないと、
なかなか自分を大切にすることが出来ない。
ちゃんと自分で自分を支えられるようになるのが大人なんだろうけど、
そんなちゃんとした大人は少なくて、僕自身だって誰かの声を必要としてる。
だから僕は患者さんの女の子の気持ちを汲みながら
彼女にお母さんを大切する方法を教えるべきだったんだと思う。
それが彼女自身を大切にする方法だから。
で、研修医は親を責めることの愚をわかってくれたけど、
なかなか・・・・指導って難しい。
僕は死ぬほど怒られたけど、僕はそこまで研修医を怒れない。
一気に怒るには、いろんなものを相対化してしてしまう癖がついてるから。
いや、研修医にとっていい人でいたいからか。
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コメント
コメント一覧
否定はするけれど、(良くも悪くも)愛が捨てきれない。自分をかんがみて、親をけなすというのにはそういう部分があるような気がします。
どんなにくずで最低な親でも、それでも子どもにとっては、自分にとって大切な誰かというポジションに君臨するのが親で、そうそうその思いを棄てられない。
自分にとって大切な誰かをけなされるというのは、自分自身を否定されたに等しいですから。
コメントありがとうございます。僕も同じく思います。
親は自分に近すぎて、ほかの人たちとは差別されるものですから、その一番近くて半分自分にくっついているものをネガティブにだけ捉えることは、すごく難しいことだと。
ある知人から「親からの迷惑料と思って、お金や物をどんどん受け取っておけばいいんだ」
と言われたとき、何でかわからないけどすごく哀しくなって
一晩中号泣してしまったことがあります。
普段は、自分も親の愚痴を言っているのに、
何故こんなことを言われて哀しくなったのか、
と思っていたのですが、これを読んですごく納得しました。
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