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< ワーキングプア問題に学ぶ戦闘と補給の関係... | メイン | うつで自殺した部下 >
2008.04.27 21:41 |  診療  |  なし  | 推薦数 : 0

ワーキングプア問題に学ぶ戦闘と補給の関係②

(続き)逆に補給が戦闘を限界付けるという面が抜けている。

会社じゃなくて、人にお金をかけていかないと、

どんどん中身がすかすかになって、

戦うための能力自体が枯渇していくはず。

 

そもそも日本が戦争に負けたのだって、

戦いに補給が追いつかなくなってしまったから。

補給の範囲内で戦闘をデザインしないといけなくて、

勝つことで補給を現地調達・・というのは、

一部真理ではあるけど、長期的には無理がある。

そういう戦略を練るところに議員さんの存在価値が

あるはずなのに、補給とか、補給物資そのものを

作り出す人を軽視しすぎ。

 

どんな会社だって、儲けを目指して活動しているけど、

儲けの一部は必ず内部留保しようとする。

いわゆる裏金もそう。裏金ってそもそも

何かあったときに人にかけるお金。

どんな組織にも、裏金に当たるものがあるのはよくわかる話。

これが会社を維持するために必要だからだ。

もしかしたら、会社が内部留保の分も仕入れに使ったら

もっと儲かるかもしれないけど、

それをやる会社はつぶれるリスクが跳ね上がる。

 

で、もっというと、長い目で見れば

社会保障などの補給の範囲と、

国の経済的実体的戦闘行為は、

お互いがお互いを既定し合うんだと思う。

 

で、さらにいうと、

僕は人だって同じ論理が当てはまると思ってる。

人は他の人たちと戦闘を繰り返して生きているけど、

社会で何かを望むとき(戦闘行為に及ぶとき)

自分の補給をつかさどる背景をぬきにして

望んではいけないと思う。

 

単純に金銭面で考えても、

昔は「人は人、うちはうち」とその家の持つ

金銭の余裕の範囲内で小遣いがもらえ、

分相応な買い物しか出来なかったし、そういう

補給に見合ったお金の使い方が叩き込まれた。

僕自身貧乏性はまったく抜けない。

贅沢するとすごく不安になる。

 

そういう自分という独立国家?みたいなものを

補給の範囲内でものを望むやり方は、

家庭で「我が家のやり方」として

レクチャーされてきたんだと思う。

金銭面に限らず、社会の中での人間関係においても。

 

だから、「あれが買いたい」と欲しがって、

サラ金に補給を頼むようでは破綻して当たり前だし、

人間関係で、人に認められたいと望むのも、

自分のもつ実力以上に望むとき、補給がないままに望むとき、

人間関係が激しく破綻するんじゃないかと思っている。

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