| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 |
病気を病気としてではなく、その背後の
人格傾向とかそういうものを問題にしたがる。
研修医にもそこから教えたがる。
それは実に正しい。古きよき時代ならば。
たしかに普通の人が病んで患者になるんだし、
病気になるにはプロセスがあるから
でも、それは今の研修医に「教える」ことなのか?
まだまだ目先のことしか見えなくて、
全体像がつかめていない研修医が
患者を人として見てしまったら、
逆に病気が診れなくなるってことをわかっていない。
だってたいていの研修医は精神病じゃないじゃない。
自分の延長線上で、人として患者を見てしまうと、
病気に対する判断を間違う。医者の判断は
残酷なものばかりだから。
そして、今大学は誰も下の責任を負わないから、
判断を間違った若手はさくっと地獄に落ちる。
昔のように守られてはいない。
病気というラベルは
治療法をきめるために貼るもので
病気の人への治療とはたいてい非情なもののはず。
治療が非情ではないとするなら、
患者が病気未満ということでしょ。
それなら大丈夫。
病気じゃない患者を治療?する場合はみんなハッピー。
でも病気という一線を越えた患者には、
情とか人とか邪魔にしかならない。
人である前に病気に振り回されている人を
人として処遇してたら、それは害毒にしかならない。
人の権利云々より、病気に振り回される苦痛を感じろよ。
なにより、病気という次元でものを考えるのは
医師の専売特許。これが権利の源泉。
昨今、「病気しか診ないで患者を見ない」とか
マスコミに叩かれていて、テレビでそう声高に
しゃべるタレント医者がたくさんいるけど、
いつも××じゃないかと思う。
それが医者の最大の存在価値なのに。
精神科において、患者を人としてみることと
病気を治すというのは矛盾する。少なくとも研修医の心の中では矛盾せざるを得ない。
最初っから両立させようと、研修医に要求したら、
かなりのパーセンテージでやぶになる。
警察がやくざを締め上げるのに、
お上品な言葉を使ってうまくいくはずない。
本当の警察は人権より治安を重視するべき。
医者が病気を治すのに、患者さんの
お気持ちに沿って・・とかやっていいはずない。
患者の気持ちとやらより、治療が大事。
専門性というのはそういうもののはず。
繰り返し書くけど、患者を人として見ないから、医者は正確な判断が下せる。
人としてみて患者に決めてもらうというのは、
犯罪被害者に、復讐権を与えて
自分で犯人を探せというようなものだと思うんだけど。
病気が自在に診れるようになって、
その先で人として見るという話はもちろんわかる。
偉い先生たちも
そういってくれればいいのに。
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)