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「この子の考えていることがわからないんです」
そうやって精神科に不登校の子どもを連れてくる親はたくさんいるけど、
最近は20歳代の子どもの親がそういって来院することがちらほら。
大学に行かず家でごろごろしてるとか、
就職しないで家でごろごろしてるとか。
いや、聞いてみればいいと思うんですが。
「私達では聞けないので、先生聞いてやってください」
うーん。気持ちは分かりますが・・・
はじめて会った医者に悩みをべらべらしゃべりだす子は
そっちのほうが異常ですよ。
で、親は何がわからないのか。
いや、大きくなった子どもの気持ちなんてわかるわけない。
だって、自分の常識とすごく違った常識で生きている存在だから。
今20歳の子は、親が生きてきた50年とは
まったく違う20年間で形成されている。
例えていうなら、そろばんをはじいて計算してきた人が
エクセルで計算をわかりたいと思うようなもの。
わかるにはそろばんのはじき方ではなく、キーボードの打ち方を
覚えなきゃならない。
それはけっして不可能じゃないし、
打ち方が違うだけで、原則は同じなんだけど、
パソコンを馬鹿にしないで踏み込まないといけない。
このパソコンを馬鹿にしないでというのがたぶん、ネックになるんだろう。
頭ではわかっても、感情としてパソコンなんて・・・
いまどきの子ども達の常識を「なってない・・」と
思ってしまう感情が、ごろごろしている子どもを
病院に任せてしまう原因になっている。
だからこじれる。
だから、この子のことを弁護する以上に、
「いまどきに常識」の正当性を弁護するのが大切な気がする。
そこからはじめないと、たぶん歩み寄れない。固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)