患者の内面に配慮しない精神医療。
そんなものはないけど、
医療がビジネスと同一線上で評価される昨今、
昔かたぎのやり方では廻らなくなりつつあるのも事実。
生産性を上げないと飯を食っていけない。
だから最近読む本はビジネス関係の本。
精神科の本よりよっぽど面白いと思う。
ビジネスの世界の方が医療より先に足場が崩れた。
終身雇用の安定化した世界観が壊れて、リストラの嵐。
アメリカ型の成果主義の会社に生まれ変わらないと
生き残れない、そんな世界。
先日読んだ会社のマネージメントの本。
新人教育は3年目まで。
3年やって駄目な人間はさっさと会社から
戦力外通知を出したほうがよいという話。
終身雇用の頃は、直属の上司が新人を
わかるまで手取り足取り教育するのが普通だった。
夜は飲みに連れて行って、愚痴を聞いたり聞かせたり。
でもそういうのって、夢に一般性があった頃の話。
今は個性化の時代。
そもそも会社に求めるものが多様化している。
だから上司は、「一緒にやろう」とするのではなく、
新人の多様化した価値観を認めてやる作業と、
「成果を出せるかどうか」判定する作業の
2つをやるべきらしい。
上司が部下と一緒に生きていくという選択枝はない。
結局会社では、その人の人生はしょえないという
当たり前の事実。
その人の価値観を認めるという美麗字句のもと、
その人なりのあり方をほめてほめてほめちぎって、
成果が出せるかで評価する。出せなければ首。
ある意味極めてフェア。
なるほどなあと思った。
世の中そこまでいっているのか。
病院にもシビアな成果主義の流れがくるのかも。
病院職員に対する成果主義はもう来てるけど(軽く)、
医療の中身もそれで測られるようになるのだろう。
だとするならば、生産性を高めるために
相手の価値観まで手を出すことは出来なくなる。
治療目標も、社会復帰とか、その人なりの生き方を模索とか、
そんなあいまいなものは駄目になって、
設定可能な目標―症状の消失を目標にすることに。
症状は消えるけどいつまでも社会復帰できないとか
いくらでもありそう。
その人の価値観に口を出すことは、治療上
とっても大事なことだと思っているんだけど、
ビジネスとして考えたら、それは間違っているんだね。
まあ、10年後本当に焼け野原になったあとなら
成果主義もありと思えるけど、
今はまだそこまで割り切れない。
でもたしかに、「その人なりの価値観」に
口を出すところを医者が一人で手作業でやっては
産性があがらない。
なんとか生産性を挙げるために
集団療法でパッケージしたりとか、
周囲の病院と連携して一緒にやるとか、
いろいろ考えているけど、何かいい手はないかな。
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