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思春期から青年期の患者さんを診ることが多くて、
ふと自分の診かたの変化に気がついた。
医師になって4、5年目のころ。
患者さんの診方に少し自信がついて、
自分なりの方法論っぽいものを考えたりしてた。
当時は「崩し方を教える」やり方。
患者さんには、自分のルールが凝り固まっているせいで、
現実に適応できずに神経症圏になっている人がたくさんいた。
そういう患者さんに「ほら、こういう崩し方もあるんだよ」
とか教えて「いい加減にやる方法」を学ばせていた。
でも、このやり方は、病気の人しか通用しない。
大学で診療していた頃は、選りすぐられた病気の人を診ていた。
民間病院にきてびっくりしたのは病気の人がほとんどいないこと。
正確には、大学病院で病んでいたレベルの人がいない。
大半が病気と診断されることをすぐ受け入れてくれる。
「いいんだよ、頑張ったじゃねえか、無理すんなよ」
そんな言葉をぜんぜん受け入れない人たちを
少しずつ崩していくのが治療だと思っていたけど、
民間ではその言葉をひたすら待っている人ばかり。
これは本当に医療なのか、本当は福祉とか、
ケースワークのレベルの話ではないのか。
とも考えたけど、やっぱりこれも医療・・・・
現状は徹底的に肯定しないと駄目。
で、今やっていることは「頑張ったじゃないか無理すんなよ」
は同じでも、崩しは目的ではなく、コネクトするための手段。
崩しは導入。本命は生活の形を崩させずに粘ること。
病気を喜んで受け入れて社会から撤退する人は
自宅でもきちんとやるべき課題・果たすべき義務を設定すべき。
昔は、思春期の子が適応障害で親が頑固な堅物だと
「親を変えなきゃ」と思ったものだが、今はまったく違う。
昔は、学校を休むなんてとんでもない!と怒り出す親と
けんか腰でやりあうなんてよくあったけど、幸せな治療だったと思う。
今は親が頑固な堅物だと「ラッキー」。
頑固な堅物もこっちでやらないといけないのは大変。
自分の中に基準があって、自分に苦しむ患者を
社会に適応させるべく治療するのはたやすい(わかりやすい)。
基準が無い患者に基準を作りつつ治療するほうがずっと難しい。
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