5年先の状況を患者さんの立場から考えると、
受けられる医療の質と量が低下するという話になる。
医療はいままで、世の中の規範という形のないものに
支えられて体制を維持してきたのだから、
それが希薄になった今、レベルが落ちるのは仕方がない。
問題は、人間がレベルが落ちるのは仕方ないといって
それを受け入れることができるかということ。
たいてい受け入れられないから、
無理なところを維持しようとして歪みを作り出してしまう。
最近のニュースを見ていても同じ。
よくわからないけど、サブプライム何たらで原油高が続いて、
それにあわせて生活が変えられれば問題ないけど、
需要はとまらないから、とうもろこし畑が消える。
食料をバイオ燃料とやらに変える動きが出てきて、
むしろこっちのほうが生活を直撃する大問題に。
学校の現場でも公立中学に塾の先生が出向するとか。
社会がどんどん変わって教育のベースラインが下がる中、
それを何とかしようと導入したのだろうが、
それによって成績は上がるだろうけど、
「教育」の水準は下がるんじゃないだろうか。
精神科医療をしているとわかると思うが、
今は子供を育てたくない親がすごくたくさんいる。
まともに育てられない子達に
かろうじて社会を教えているのが公的な義務教育。
ただでさえ勉強に夢を描けない子が、
塾講師が主役になった中学校ですごせるはずなくて、
いったいどこに流れていくのか心配。
そして、そういう子達が10年後社会の主役を張るころには、
今よりも公共性のない社会になる気がする。
だから、いつだってうまく行かなくなった現状よりも、
それを何とかする行為のほうが被害を大きくする。
正確には、「目に付いた一部を何とかしようとする行為」のほうが
全体の被害を大きくする。
この論理は、たぶん精神科の患者さん個人の病理にも
共通していえることだろう。
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