なし
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/01 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

  • 不眠について
    • しぎ (12.04 00:45)
    • なし (11.22 09:30)
    • full (11.21 10:52)
    • Paul Carpenter (11.21 08:42)
  • 踏みとどまることの大切さ
    • 山本 由美子 (12.01 22:58)
    • 突然メ-ルを送り失 (11.30 03:22)
    • 山本 由美子 (11.26 17:29)
    • 田中 静香 (11.21 11:27)
    • 山本 由美子 (11.21 00:08)
  • 年金テロ?
    • Paul Carpenter (11.21 08:36)
2008.01.14 17:41 |  診療  |  なし  | 推薦数 : 2

思いと役割の対立

精神療法をまじめにやればやるほど、

患者を1人で抱え込みすぎて、

集団の中に帰すのが怖くなった時期がある。

 

一人の患者の内面を考えれば考えるほど、

「弱いところ」が目に付いてしまい、

その弱さをどうカバーするかの方に頭が行く。

だから社会復帰を考えるとき、

「患者さんが耐えられるかな」と思うと胃が痛くなった。

 

例えば、思春期の患者さんがうつ状態と紹介されると、

担任教師と話す機会があるけれども、

感受性の強すぎる生徒をどうやって集団で見ているのか

どういう理屈で伸ばしているのか、不思議に思っていた。

 

きっかけは学校の教師の講演。なるほどと思った。

教師は一人一人のことなんか考える余裕はないとのこと。

クラスにはいくつかの塊があるので、人を塊と見て、

こぼれないように塊を工夫するのだという。

だから学芸会や運動会や、いろんな催しが学校にあって、

いろんなパラメーターで塊が再編成される。

 

だから不登校は塊からこぼれる子なんだけど、

クラスで一番できない子(各パラメーターで最下位の子)

は不登校にならないとのこと。

こだわりがあって自分の役割というか、

役どころを演じきれない子が不登校になるらしい。

(このへんは意訳)

 

この話を聞いてから、弱い子は「弱い子」として

学校に返してやったらいいし、

仕事の遅い会社員は「できない人」として

職場に返すこともできるんだなとわかった。

集団のケツのほうの塊に紛れ込むのが目標。

要は社会での自分の役どころを受け入れられるか。

弱いところを何とかするのではなく、

弱いところを肯定できるようにすること。

  

ただ、最近思うのは、昔より患者さんが自分の役どころを

受け入れられなくなってきている感じがする。

抱え込んで相手の思いに寄り添うだけでは

一緒に迷走しそうな感じ。

夢とか目標が一般性を失って、

すべてが「個性的」になってきているせいだろうか。

学校の先生たちも同じ問題で悩んでいる気がする。

   

個性化というのは、ゴールの設定を難しくする。

 

 

固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)