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少年犯罪のニュースを聞いて、
すごく嫌な気分になるのは何故だろう。
たぶん、そういう事件に巻き込まれたとして、
当事者になったら、どうあがいても
損にしかならないから嫌なんだと思う。
何故非行歴の無い少年が、突然重大犯罪をおこすのか。
ニュースでは「何故?」と問うけど、
そんな個人的な理由はどうでもいいと思う。
世の中のルールよりも家庭のルール。
家庭のルールよりも自分のプライド。
優先順位がおかしな人間はたくさんいて、
その上にいろんな条件が乗っかったから事件が起きた。
それだけの話。
僕が嫌なのは、こういうやつが身の回りにいたとして、
被害にあったら泣き寝入りだし、
身を守ったら守ったで、拘留されるという現実にある。
相手が少年なだけに、マスコミが
倒した人間を非難する材料はたくさんある。
社会が発達したせいなのか、
現場から遠く離れたところで議論が行われる。
福島の産科の先生もそうだけど、
現場で望まない修羅場を潜り抜けた人を待っているのは、
全く現場と関係ないところでゆったりと交わされた議論。
その議論には修羅場というニュアンスがはいっていない。
修羅場の議論は本来、
「戦ったこと」
「生き残っていること」
が価値として尊重されるべき。
巻き込まれた修羅場で必要なのは、戦って生き残ること。
自分が生き残るからこそ、明日も自分の役割が果たせる。
その上で、プラスαがあればいうことなし。
産科の先生はまだ明日お産をとる気力が残っていれば
それでよしとすべき。
戦争で敗走してきた指揮官をいちいち拘留したり
処刑したりする国はまず負ける。
だから今すごくおかしな状況。
不登校の議論も同じ。
修羅場にのぞんでいる子どもを、
現場から遠くにいる親や教師が論じるとき、
修羅場というニュアンスがなくなると、
子どもの罪を問うことしか出来ない。
不登校でなくても
適応の問題を抱えて復帰しようとする人、
修羅場に入ろうとする人全てに言えることだが、
彼らを議論したい人は、修羅場のニュアンスを汲むべき。
汲めない人は、そのつもりがなくても、相手を一方的に断罪していることに気がつく必要がある。
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