臨床が行き詰ると無性にRPGゲームがやりたくなるときがある。
毎日何十人も「死にたい」とかいう患者さんを診て、
相手のペースに合わせて「死なないでください」とか
言い続けていると、本当にくたびれるときがある。
患者さん1人1人が違う人間だから、
違った治療プランでみるのが正しいし、
時間さえあれば、相手のルーツを踏まえた介入の仕方を工夫できるけど、
山のような患者を前に、それをやろうとすると、頭がバーストする。
結局、必要最低限のことをこぼさぬ様に仕事をするようになり
(省けるものをどんどん削って、たくさん診るようにしていくと)、
それはそれは面白くない、無味乾燥な仕事になってしまう。
それでも専門医としての最低ラインは守れるが。
こういうときに、RPGがやりたくなる。
自分のやっていることに疑問を持ったり、停滞していると感じるとき。
自分のルーツ、自分のやりたかったはずのこととズレてると感じるとき。
そういうときのRPGはとても楽しい。
たぶん、努力がダイレクトに結果として現れるから。
1時間戦闘すると、レベルが上がる。レベルが上がって、
勝てない相手に勝って、見える風景が変わることが楽しい。
寝苦しい夜も何とか安眠できる。
僕はこういう感覚を適応障害の治療に応用するのは大事だと思っている。
もう一度、社会に参加しようとチャレンジするときには、
確かなものが必要。
それはがんばった分だけ結果は出るという感覚じゃないかと思う。
だから、ある程度自傷や抑うつなんかが収まってきた患者には、
家の中で達成できる目標(家事とか)をつくってクリアさせる。
家族の中で役に立つ結果を出そうとする試みを続けさせる。
もちろん、すんなり乗れる人も、頑張れない人もいる。
頑張れなかったら「上手くいかないときのしのぎ方」を学んでいるとして、
もう社会復帰への道に乗っているんだと信じ込ませる。家族ごと。
もう社会復帰のゲームに乗っていて、戦闘を始められなくて、
フィールドを走り回ってもいいんだよ。町で会話ばかりしててもいい。
でも戦闘を始めれば、必ずレベルは上がるよという感じ。(ゲームマスターが保障)
現実はゲームじゃないから、実際に社会に出るまで時間はかかるが、
激しい症状が治まった適応障害の人たちを、社会に戻そうと思ったら、
そのプロセスをわかりやすく見せてあげる必要があると思う。
どうせ、レベルは1ずつしか上がらないにしても、レベル40くらいでクリアできると思えば、それを家族と一緒に承認できれば、1時間かけてレベル上げもできるので。
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