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ももさんの郷愁溢れるブログにコメントをつけているうちに、思い立って段ボールを漁ること数十分、問題の音楽専科1976年3月号を手にしました。
表表紙はいまだ健在、エアロのスティーブン・タイラー、
裏表紙は影も形もないベイシティーローラーズ。

そしてデビューアルバム「紫」発表間近のジョージ・紫がジョン・ロードとのインタビューに挑んだ記事がこんな感じです。
当時音楽専科編集部の下働きだった星子誠一さん
今もお元気なのでしょうか?
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予防接種によるB型肝炎感染、血液製剤によるC型肝炎感染、今月相次いで国の責任を認める判決が出た。予防接種に関しては1988年まで、針はさすがに使い捨てにしていたが、注射器は使い回しをしていたとのこと。
新卒研修医だった1984年、大学病院の注射器は既にほぼディスポシリンジに置き変わっていて、唯一ガラス筒を使用していた動脈血ガス採血にもディスポ製品が出回りつつあった。
以前述べたように、さっさと大学に見切りをつけて、翌年院外研修先に選んだ市立病院は、いまだにガラス筒を何度も滅菌して(さすがに使い回しは無かったが)再使用していた。
大学での習慣が身に付いていたので、隅の方に申し訳程度に置かれていたディスポシリンジばかり使っていたら、ある日病棟の看護主任にこう言われた。
「先生、なるべくガラス筒使ってくれない?ディスポ使うと私たちが上の人から怒られるんです」
医療の「い」も知らず、収支決算にしか興味の無い人間に大きな権限を与え過ぎるとこんな病院になってしまう。個々の医療機関にとどまらず、今や国家の医療政策そのものがこんな風潮である。村上ファンドで儲けようと目論む政治家はいても、今回の判決を受けて院内感染対策に本気で取り組もうという政治家なんか居やしない。
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最終的に治療方針を決めるのが患者さん自身とは言え、そこは知識も経験も乏しい悲しさ、大抵の場合、主治医が勧める検査・治療をそのまま受け入れることになるので、医師の裁量権が大きく物を言ってくる。
客観的に治療法を選択しているつもりでも、外科医はやはり手術をやりたがるし、昨今は特に内視鏡手術をやりたがる。循環器内科医はバイパス術より、カテーテル治療を選びたがる。
世間にはまさに出来高払いの権化とも言うべき医者が存在する。頭痛を主訴に来院した患者に、「大腸癌の脳転移かもしれない」と大腸検査を勧めた、なんて逸話を耳にしたこともある。ただ、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、そのうち1回でも癌が見つかれば、患者さんからはえらく感謝される。
青戸病院事件のような事態から患者さんを守るためには、医師が裁量権を乱用しないような、何らかの歯止めが必要と思うが、ロビン・クックが描いたような、医師の裁量権が保険会社によって駆逐された社会もまっぴらである。
10年ほど前、内視鏡を勉強しに来た外科系の医者が、「まず内視鏡でポリペクトミーをやって、穿孔でもすれば開腹手術も出来て、一粒で2度おいしい」などとほざいていたが、たとえ冗談であってもこのようなモラルの無い発言をする輩を内視鏡から遠ざけることが、医療事故を未然に防ぐ第一歩であろう。
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先日DIONサポートからメールが来た。
「社外にデータ流出した400万名様の中に、見事にあなた様も当選いたしました」だと。
以前某クレジット会社のデータが流出した際にも、しっかり自分のデータが含まれていた。
年末ジャンボにでも当たるならともかく、こんなのに2回も3回も当たりたくはないやね。
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青戸病院の医師3人に執行猶予付ながら有罪判決が出た。全く妥当な判決で(実刑でも良かった?)、このブログで彼らを弁護する気など毛頭ない。
ただ、「男はパンツを見たい生き物」という藪本雅子の言葉を借りれば、「医者は新しい技術を習得したい、新しい治療法を試みたい生き物」と言えるのではなかろうか。
私の専門の大腸内視鏡で言うならば、新人の教育は上級医の検査の見学のみ、上級医が挿入したあとの抜去のみといった段階を踏んで、ようやく挿入を許可されることになる。
最初は直腸S状部の屈曲を超えることも出来ず、制限時間が来たら上級医に肩を叩かれ、「ハイ、交代」となる。その後、SD、脾弯曲、肝弯曲と一人で挿入できる範囲は広がって行くが、時間内に超えられなければやはり上級医に交代することで、研修医を育てつつ、患者さんの苦痛も必要最小限に抑えることが出来る。
しかし、全ての医療機関がこのような確立された教育法を実践しているわけではなく、胃内視鏡もろくにできない医者に大腸内視鏡をやらせている病院を多数知っている。
口から内視鏡を挿入して、食道ではなく、鼻腔の方に内視鏡を入れようとしている医者、食道胃接合部通過後に穹窿部に迷い混んで、10分以上もそこで悪戦苦闘して胃体部に内視鏡を進められない医者など、目を覆いたくなるような惨状を何度となく目の当たりにした。
検査をやっている医者は夢中になって、1時間近くも大腸内視鏡をやっている場合がある。検査だから手術と違って長時間やっても失血死にはならないが、状況は青戸病院事件と大差ない。優れた大腸内視鏡医とは、盲腸到達率が高い医者でも、盲腸到達時間が短い医者でも無く、現在の状況と自分の力量から適切な撤退時期を判断できる医者である。
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首長の辞令を受けた市町村職員が突如赴任してくる。医療について特別な関心や情熱があるわけでも無ければ、医学的知識も持ち合わせない人たちが、である。もちろん、定年まで病院で勤め上げようなどと考えるわけもなく、次の勤務先の辞令交付まで、2〜3年波風立てずに過ごせば、それで及第点を貰えるのだ。
彼らは普段どんな仕事をしているのか?まずは収支の帳尻合わせだろう。病院といえども赤字を出すと睨まれる時代になった。患者サービスを怠り、市民からそっぽを向かれたうえでの赤字であれば、確かにその責任は負わねばなるまい。しかし病院が黒字を出すことに血眼になれば、医療の質が低下するのも又確固たる事実である。
あるいは市民の要望や苦情処理係。朝寝坊でもして定時に外来診療を始められなかった医者に「時間を守って下さい」と注意するのは当然だ。しかし病棟の受け持ち患者が心停止になって心肺蘇生をやっているのに、「早く外来を始めて下さい」なんて言う奴も過去にはいたんだよね。
公務員への非難を避けるために市民からの苦情にはやたらと敏感なくせに、我々医療のエキスパートの助言には全く耳を貸さない。特にちょっとでも金のかかる問題については。
以前勤務していた某市立病院は何と患者をID番号ではなく、名前で管理していて、カルテは五十音順に並んでいた。ということは・・・同姓同名患者が来たら、常にカルテの出し間違いが起こりうるということ。われわれは患者間違いをなくすため、IDのついた診察券を各患者に発券するように求めた。しかし、余計なお金のかかることは全て「No」。
教授からは2年と言われていた勤務を1年残して退職した。かくして医局とも縁が切れて流浪の民となったのである。
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入院患者の臨床検査オーダーは月曜日に集中する傾向がある。火曜日に教授回診のある呼吸器内科があった時には、ほぼ全入院患者のレントゲンオーダーが月曜日に出る。相手が穢多・非人以下の研修医ということで、「お前ら、もっと分散させてオーダーを出せ」と怒鳴り込んできた放射線技師がいた。確かにマンパワーも限られているので、緊急性の無い定期検査についてはドクターごとに検査日を設けるなどの策を講じざるを得ないだろう。
ある日、中央検査科の教授がこのような通達を出した。 「当院の検体数は日本全国でも1,2を争う多さである。したがって、プロトロンビン時間は火曜・木曜しか受け付けない」
「あんたのおふくろがDICになったって、俺は知らんぞ」心の中でそう叫んだ。患者は燃えるゴミじゃない。
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象牙の塔、大学病院も昨今尻に火がついて、ようやく見直す動きが出てきた。病院は患者の病気を治すことを最大の目標に掲げて全職員が一致団結するところだと思っていたが、20数年前、卒後の研修先に選んだ大学病院にそんな様子は微塵もなかった。
20代の妊婦さんが最初腹痛を訴え、その後意識が無くなって、大学に搬送されてきた。CTで脳室に大量の出血が確認され、DICから脳死状態になっているものと考えられた。
夜9時は過ぎていたと思うが、いつものことながら病棟に残っていた研修医にオーベン、全部で十数名の医師たちは手分けして何とか救命を試みた。私は赤沈を立ててくれるよう準夜勤の看護師に頼み、濃赤10パックのクロスマッチをするため、1階の検査室に降りて行った。
普段やり付けない仕事なので手間取り、病棟のオーベンから電話で叱責されながら、どうにか完了して血液を持って病棟に上がると、頼んでおいた赤沈のスピッツがテーブルに放置されていた。その重患の入院手続きが 正式に完了していないのをいいことに、準夜勤の看護師はのんびり看護記録を書いて、深夜の看護師に引き継ぎをして、慌てふためく医者どもに一瞥もくれず平然と帰って行った。
瀕死の重病人がカボチャに見えるようでなければ、大学病院の看護師は勤まらないという訳さ。
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経口洗腸液が登場して二十余年、今では大腸内視鏡前処置の前処置としてほぼ全例に行われているにもかかわらず、医療従事者が正しい知識を持ち合わせずに不適切な使用が続いていることは大変遺憾である。
私が経口洗腸液を使用し始めた1987年当時、まだ保険収載されておらず、ゴライテリーと呼ばれていた。研修医が調剤して患者さんに飲ませていたので、患者さんは医療機関来院後に医師や看護師の観察下に飲用していた。
90年代に入り、ニフレックという商品名で保険収載され、全国の一般病院に広く普及して行った。しかし販売メーカーが充分な薬剤情報を提供するのを怠り、医療機関も経口洗腸液について無知なまま、勝手に自分たちの都合のいいように使用方法をねじ曲げたため、遂には死亡事故が何例も報告される事態に至ってしまった。
私が勤務していた病院は年間の大腸内視鏡件数が約8,000例、その半数は人間ドックでの検査だったが、全例病院来院後に経口洗腸液を飲んでもらっていた。開業して驚いたのが、あらかじめ経口洗腸液を患者さんに渡して、「自宅で勝手に飲んで、排液がきれいになったら来院して下さい」と説明している医療機関の何と多いこと!
そりゃ、自宅で飲んできてもらえば、必要充分な数のトイレを自院に準備する必要も無いし、患者さんを観察して状態を把握する手間も省けるが、それは正当な業務の放棄、手抜き以外の何物でもないだろう。自宅で経口洗腸液を飲んで具合が悪くなった場合、裁判でも起こされれば100%医療機関側の敗訴になる。
やれ、拡大観察だ、ESDだ、NBIだの立派なことを言う以前に、検査前処置の本当に基本的な部分が遵守されず、患者さんの検査リスクが高まったままの現況で、今世紀急増している大腸癌対策などとれるはずがないと考える。
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「Nothing From Nothing」などのヒット曲で知られるキーボード奏者、シンガーソングライターのビリー・プレストンが亡くなったそうです。
何でも昨年11月に腎臓移植に失敗してからずっと昏睡状態が続いていたとか。享年59歳はあまりに早過ぎる気がします。
御冥福をお祈りします。
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