大河ドラマは長らく見ておりませんでした。
今年は平清盛を取り上げるというので、わが故郷神戸の大輪田泊や福原が出てくるかもと期待を持ってみることにしました。
日本人が農耕民族であるというイメージを持たれがちですが、そうとも限らず海へ、海へと出て行った日本人も昔から多かったのであり、そういう意味で平清盛を通じて平安末期をながめるのもいいかもしれないという気持ちもありました。
あとは、鎌倉時代はわりにイメージわきやすいけど、平安末期はいまいちよくわからないので、知識を整理するにはちょうどよいかなと思いました。
第1回目は、中井貴一という俳優さんがなかなかによろしいなあと思いましたが、何より残念だったのが、登場人物のどなたも、京ことばをしゃべらはらへんかったことですね。
松田聖子ちゃんも、伊東四朗さんも・・・
朝廷の人がだれ一人京都弁やなかったんはなんでなんでしょう?
めっちゃ違和感ありました。
朧月という盗賊の子供が唯一、京都弁しゃべってましたね。
まあ今回出てくる平家一門は伊勢あたりの出身らしいんで、関西弁とはちょっと違うんかもしれませんが・・・。
この週末、持病がちょっと悪くなって、横になってばかりいました。
週末にしかやらない日々の食材の買い物、掃除、年賀状書き・・・
買い物と掃除はなんとかできたけれども、年賀状書きは来週に持ち越しとなりました。
最近はこんなふうに悪くなることが少なかったので、「ああまたか」という気分を久々に味わいました。
小学生頃から顕著になってきた持病については、何か計画をしても「いつ身体が悪くなるかわからない」と、不発弾のように私の日常につきまとってきました。
小学校4年生の時は、それで夏休みを棒に振り、冬休みも棒に振り・・・
高校1年生の時は、初めて入った吹奏楽部の演奏会で裏方をつとめている途中で具合が悪くなり、そのまま入院して退部しました。
その後も入院は、両手に余るほどしてきたし、手術も何度かしてきましたが、たぶん死ぬまでご一緒させていただくのだろうと思います。
小中学生や高校生、大学生の時というのは、1年1サイクルで進んでいくので、ちょっとつまづくと置いてきぼりになるような気がし、身体の具合が悪いのに、無理をしてでも遅れをとるまいとあがいていたけれど、さすがにこの歳になってくると、仕方がないなあというので、買っておいた「水の透視画法」という本を、ソファに転がって読みました。
著者の辺見 庸(へんみ よう)という人を私はよく知りません。
共同通信社の元記者だったらしいということと、本の中に出てくる文章から、脳卒中で半身が不自由だということ、さらに癌もわずらっているらしいということだけわかりました。
ただ、とても有名なジャーナリストだということは、以前からなんとなく知っていました。
「水の透視画法」は、どなたかなのブログで知って、なんとなく読みたくなって買いましたが、共同通信社が2008年から3年間、月1回配信した随筆のようなものをまとめたものであり、途中うとうとと寝込んでしまっても、中断したところから読み始めても困らない、短い文章の集まりということが助かりました。
それにしても―
私のような言葉を知らない人間にとって、この本に出てくる様々な日常の描写はみずみずしく、そして今年の大震災をまるで予言したかのような、配信時期が新しくなればなるほどにあの大災害に近づいていく何かを感じて、結局2日であっけなく読み干してしまいました。
年賀状は書けなかったけれど、身体の調子が良ければまだ読まなかったかもしれない本を読めたことは、不幸中の幸いかもしれない・・・などと考えている自分がそこにいて、苦笑してしまいました。
「水の透視画法」 逸見 庸 著
チュニジアで起きた政権崩壊が、Facebookによる革命だとの報道が、おととい、昨日あたりから盛んにされるようになりました。
チュニジアの政権が崩壊したのが、現地時間の1月14日。
これは、ベン・アリ大統領が国外へ脱出し,ガンヌーシ首相が暫定的に大統領の職務を遂行すると発表した日。
日本との時差は8時間というから、日本時間なら1月14日か、時間帯によっては1月15日。
そのころの報道は、ネットではみかけたけれども、テレビはほとんど伝えていませんでした。
一方、ゴールデングローブ賞。
発表されたのは現地時間の1月16日。日本時間では1月17日。
映画「ソーシャル・ネットワーク」が、
ドラマ部門の作品賞
監督賞
脚本賞
音楽賞
の4部門で賞を取っています。
映画は1月15日から日本公開。
ソニー・ピクチャーズエンターテインメントから配給されています。
話題になった時期が重なったからということなのでしょうけれど、昨日から今日にかけてのテレビの報道ぶりは、ちょっと異常とも思いました。
だって、ニュース映像に、映画のシーンが出てくるんですから。
えっ、実は映画の宣伝?
と思ってしまいました。
Wikileaksなどインターネットを使ったメディアの台頭で、既存メディアもおちおちしていられなくなった、ということなのかもしれませんが、だからといってその時たまたま話題になっていた映画と革命の映像を、まぜこちゃにして流すのはおかしいのではないでしょうか。
チュニジアの政権崩壊にかこつけて、Facebookの創設者だの、映画だの、話題を盛り込みすぎじゃないですか。
もっとシンプルに、チュニジアの政権崩壊の原因、これからの見通しなど、冷静に報じてほしい。
あんな報道の仕方をしていると、映画の宣伝になってしまいますよ。
私は「君が代」という曲が、結構好きでした。
曲調が厳かだし、歌詞が日本の和歌から取られているからです。
古今和歌集におさめられている、詠み人知らずの歌…
小学生の時だったか、中学生の時だったか…
学校で、「君が代」の歌詞の意味について教わったことがありました。
君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
巌となりて
苔のむすまで
「君が代」の「君」とは「あなた」のことで、
あなたの命が永遠に続きますように、
転がっていく石に苔がむすように。
そんな、恋の歌だと教わったんです。
歌うときは、「さざれ、石の」と息継ぎをしてはいけない、
「さざれ石の」を一気に歌いなさい、
と教わりました。
それ以来、この歌は恋の歌だと思って、ずっと歌ってきました。
ところが、です。
昨日の朝日ニュースター「ニュースの真相」で、京都産業大学の所功(ところ いさお)教授の解説では、1990年に「国旗及び国歌に関する法律」が制定された時、「君が代」が法的に日本の国家と決められたわけですが、「君が代」の「君」とは、国民の総意である「天皇(君主)」であるとされているとのことでした。
これは私にとって大変なショックでした。
別に天皇のことが嫌いと言うわけではありません。
しかしながら…
私自身は、君が代を歌う時、天皇を思い浮かべて歌っているわけではありませんでした。
あの法律が国会で議論されている時、学校で国旗の掲揚や国歌斉唱の際の起立を義務付けるかどうかについて、やんややんやの大騒ぎとなったことは覚えていますが、かつて学校の先生から教わった「君が代」の意味まで、決められてしまったとは知りませんでした。
もうすぐ、冬のオリンピックが始まります。
その時、日本の選手が金メダルを取れば、必ず流れる「君が代」。
演奏される国歌に歌詞は入っていませんが、勝利に酔う選手や観客が、「君が代」を口ずさむ光景はよく見ます。
その時、みんな天皇のことを思い浮かべて歌うのでしょうか?
なんか、とても、いやなかんじがします。
たまには、本の紹介もいいのかなと思い、最近読んでとてもよかったと思う1冊を。
「川の光」
松浦 寿輝 著
中央公論新社
1785円(税込)
クマネズミの父子3匹の物語です。
読売新聞の夕刊に連載されていたものを単行本にまとめたものだそうです。
新聞記者をしている知人が勧めてくれました。
その知人によれば、小学生高学年ぐらいから大人まで楽しめるということでした。
小さいネズミの物語なのですが、そこからいろいろ考えさせられる内容です。
私は、お恥ずかしながら、何度も泣きそうになりながら読みました。
日々仕事に追われている方には、気分転換に。
小さい子供さんのいらっしゃる方には、読み聞かせに。
少し大きいお子さんがいいらっしゃる方には、お誕生日のプレゼントに。
多くの方に読んでいただきたい物語です。
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