麻生総理大臣が、自分はこんなに健康管理をして健康なのに、そういうことをしない人のためになんでお金を払わんといかんのか、と、おそらくその場にいた人たちの機嫌を取るつもりもあったのか、そんな発言をしていたことが報道されました。
毎晩ホテルでお酒飲んでいても、肝機能は大丈夫なんでしょうか。
この話を耳にして、ふとサラリーマンだった父のことを思い出しました。
高校を卒業して40年間。
毎日2時間近くかけて電車通勤していた父が、いつも自分の健康維持について心がけていたことがありました。
持病で耳が悪かったので、風邪をひかないようにすること。
風邪をひくと耳の聞こえが普段以上に悪くなって、耳漏があったそうです。
だから、ちょっとでも風邪気味になると、葛根湯をよく飲んでいました。
外から帰ったら、必ずうがいと手洗いをしていました。
もう一つ、父はおなかをこわさないように、いつも用心していました。
私の母は、少々いたんだ食べ物でも、もったいないからと言って平気で食べるほうで、食べてもなんともありませんでした。そして、家族にも同じ調子で、ちょっと古い食べ物を食卓に並べることがありました。
父は、耳が悪い代わりに、目と鼻がとても敏感な人で、ちょっとでも古そうな食べ物は、必ずにおいをかいで自分で確認してから口に入れていました。
その理由は、2時間の電車通勤の間に下痢をしたら、大変なことになるからでした。
各駅停車でないので、おなかがピーヒョロヒョロと鳴り出すと、もう次の駅が来るまでなんとか我慢しなければならず、過去のそういう経験から、父は、いつもおなかをこわさないようにしていたのでした。
もう一つは、日曜日の昼寝。
私が小学校高学年ぐらいのころには、すでにそういう習慣があったと思います。
日曜日の午後3時とか、4時とかになると、必ず週刊誌を手に持って布団に入り、週刊誌を眺めているうちに、小一時間昼寝をしていたのでした。
子供の私は、「お父さんは日曜日、昼寝ばっかりして。」
と時々父に言っていましたが、家族の誰が何と言おうと、この昼寝だけはずっと守っていました。
そのせいかどうかわかりませんが、あまり父が仕事を休んだのを見たことがありません。
下請け会社さんにお食事をごちそうになった時に、食中毒になった時ぐらいでしょうか。
そのときは、下請け会社さんの社長さんが、お見舞いのフルーツを腕いっぱいに抱えて、うちに飛んでこられましたが―。
たいていのサラリーマンは、仕事に穴をあけないように、あるいは家族のために、自分なりに健康管理をしているものではないでしょうか。
いや、健康管理をしたくても、このごろは仕事最優先で、運動したり休養をとったりする時間がない労働者も多いというのが、産業医をしていて感じることです。
人それぞれ、社会の中で担っていることもライフスタイルも違うし、もっといえば持って生れた体質というものも、病気の発症と密接に関係しているので、健康的な生活をしている人がみな健康というわけにもいかず、逆に、多少不健康な生活をしていても、あまり病気にならない人もいます。
まあ、そういうさまざまな個人差を包み込むようにして、社会保障というものは成り立っているのであり、それを否定してしまったら、国民皆保険制度など成り立ちません。
ひょっとして、麻生総理大臣は、国民皆保険制度をやめて、アメリカのように個人で医療保険に入る仕組みに変えたがっているのでしょうか。
そこまで頭のまわる人でもなさそうですが。
本当に予防医学が大切と思うならば、
「義務教育の段階で、病気予防についての知識が学べるような体制作りをします。」
ぐらいのことを言ってくれれば、まだ前向きでよかったと思います。
麻生総理大臣の頭の中は、本当にからっぽなんじゃないでしょうか。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
季節のせいなのか、偶然なのか、理由はわかりませんが、このところ精神の不調を訴えて、面談を受ける人が多くなっています。 今月は、「死んじゃだめだよ。」と、何度言ったかわかりません。
「死んじゃだめだよ。」と言ってみたところで、どのくらい抑止力があるのかわかりません。
信頼関係がある人とそうでない人とでは、その言葉の重みも違ってくるでしょう。
それでも、ふとその言葉が頭に浮かぶかもしれないと思い、「死んじゃだめだよ。」と、声をかけています。
「死ぬ」ことを選ぶ前に、いくつかやってみる価値のあることがあるから―
こうしてみよう、こんなこともできる、とにかく、全部やってみよう、と。
人さまの人生だから、他人の私がとやかく言う筋合いなどないのかもしれない、と心の片隅で、思わないでもありません。
苦しんでいる本人のこと以上に、そのひとが死んでしまった後に残された人たちの心情を思って、「死んではいけない。」と言っているのだと言われれば、まったくそのような思いがないとは言えません。
それでもやはり、死んでしまうぐらいなら、それまでにできることがあるのではないか、という気持ちは強くあります。
外科医をやめて、大学院で公衆衛生を学んでいるころ、アルバイトで健康診断の健康相談の仕事をしたことがありました。
その日は社員さんの家族も受診される健診でしたが、あまり健康相談に訪れる方は多くはありませんでした。
数少ない相談者の中に、ある社員さんの奥さんという方がいました。
「子育てもすんで、夫と二人の生活になったんですけど、なんだか気持ちが落ち込んでしまって… なんにもする気になれないんです。私、何のために生きているのかわかりません。時々、死んでしまいたいと思うことがあります。」
子供が自立して、ちょうど同じころに更年期の症状も加わっているように思えました。
自分の存在する意味がわからない―
やっとこれから、自分の自由な時間ができて、やりたいことがいろいろとできる時なのに、すっかり落ち込んでしまっているその相談者を前に、何と答えてあげるのがいいのか、しばし考え込んでいました。
「死にたいという気持ちは、三日我慢すればおさまってきますよ。」
つい、そんな言葉を口にしてしまいました。
精神医学的に裏付けられた知識というわけではありませんでした。それは、以前読んだ中島らもさんのエッセーに書かれていたことでした。
らもさんが、うつ病で通院していた時に、むしょうに死にたくなって、あわてて家族が主治医のところへ連れて行った時に、主治医の先生が、
「三日我慢したら、死にたくなくなるで。」
と言ってくれた、というようなくだりがあったのでした。
らもさんは、死にたいという衝動と三日間闘って、主治医の言う通り自然におさまった、というふうに書いていたように思いますが、正確にはどうだったのかわかりません。
なぜか、ふとその文章を思い出して、相談者の方に言ってしまったのでした。
その後多くの言葉をやりとりしましたが、最後に、その相談者の方は、「三日我慢すれば、おさまってくるんですよね。」
と、何度も自分に言い聞かせるようにつぶやいて、帰っていかれました。
正直なところ、生きる意欲を失ってしまった人、あるいは失いかけている人の話を辛抱強く聞くというのは、私にとってはだいぶ神経をすりへらす作業です。
面談が終わると、たいてい眼がしばしばとし、頭は重くなり、けだるい感じになります。
身体に感じる疲労感のわりに、本当に自分の発した言葉が意味のあるものだったのかどうか、漠然としていて、報われない気持ちに襲われることもあります。
職域におけるメンタルヘルス問題は、産業医の業務を占める割合が増大する一方で、会社によってはほとんどそのことに追われているような思いに、しばしばさせられます。
会社のほうも、人手が少なく仕事が増えてくると、心を病んでいる人のケアは、産業医にお任せになりがちです。
それでも、人として、きちんと向き合ってあげようという気持ちと、産業医の役割なんだからという気持ちと、両方でなんとか私のモチベーションを維持している感じです。
私自身が、もっと頑丈な精神を持たなければ、ちょっとこの仕事を続けていくことが難しくなるかもしれないなあと、今月はやや後ろ向きな気持ちになっています。
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
自慢じゃありませんが、私は入院経験が豊富です。
点滴だけですんだこともあれば、
手術を受けたこともあるし、
しんどい検査が続いたときもありました。
たいてい、入院してすぐは絶食でした。
具合が悪くて食欲も出ない時期はいいのですが、だんだん元気になってくると、食事時に他の患者さんが食事をするのを横目に、じっと耐えなければならないのは、がまんのいることでした。
やっと絶食がとかれて食事が出ても、最初は重湯からで、味気のないものが続きます。
主治医が回診に来るたびに、
「先生、普通のごはんが食べたいわ。」
とお願いします。
「まだ、早いわ。」
「先生、普通のごはんが食べたいわ。」
しつこくお願いした結果、
「ほな、普通食にしよか。」
「やった~!」
夕食からは、ふつうのごはんや…
心の中は白いごはんでいっぱいになり、夕食の時間が待ち遠しいこと。
そして…
運ばれてきた夕食を見て、がっかり。
やっぱりお粥です。
そう、忙しい医師にとって、患者さんの食事の内容は優先順位が低いのです。
だから、よくオーダーを忘れられてしまうのです。
厨房もすぐ準備はできないので、少し余裕をもってオーダーしないと、何食もあとからの変更になってしまいます。
泣きたい気持ちになりながら、お粥をすするしかありません。
ようやく常食に格上げになったころ、検査のために朝食がとれないことがあります。
常食の朝ごはんは、たいていパン食。
私は特に、生の食パンに、ジャムとかマーガリンをぬって食べるのが好きでした。
だから、検査で朝ごはんぬきになっても、とりあえず検査が終わってから食べるつもりで、朝ごはんを取っておくのです。
ところが、検査は外来患者さんが優先のことが多く、入院患者の検査はお昼近くになってからのことがよくあります。
やっと呼ばれて検査を受けて、戻ってきたら…
あれっ、私の食パンがない!
もう昼ごはんの時間帯だから、と補助婦さんが勝手にトレイごと下げてしまうのです。
「私の食パン!!!」
「ごめん、ごめん、もういらんと思うて下げてしもたわ。」
その後数日間、そのおばちゃんとしゃべる気にもなりませんでした。
食べ物の恨みは恐ろしいのです。
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
私はテレビっ子です。
ごはん食べながら、掃除しながら、洗濯物たたみながら、いろんなことをしながら、「ながらテレビ」をやっています。
さて、最近、その「ながらテレビ」をしながら(ややこしいな)、ふと思ったことがありました。
医者って、そんなに怖いですか?
黒柳徹子さんが出てる、あのコマーシャルです。
「勇気を出してお医者さんに言ってみよう。」
どうも、医者は怖いと思われているんでしょうか。
ジェネリック医薬品にしてくれと、医者に言うのに、勇気がいるんでしょうか。
誰か、ジェネリックにしてくれと頼んで、医者からしこたましかられたんでしょうか。
患者役の俳優さんの、あのおずおずとした演技…
そこまで悪者にせんでも…
固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)
お役人は、そもそもバカバカしいと思うようなことを、熱心にやる人々だとは思っていました。
それが無駄であろうがなかろうが、とにかくそれさえやっておれば安心で、そのこと自体にどのような意味があるのか、ちょっと変えてみたほうがいいんじゃないか、というような、頭を働かせるということはしないらしいです。
最近、産業医をしているA社から、相談を受けました。
環境分析などをやっている企業さんなので、社内にはいろんな分析機器があります。
その中に、石綿分析装置があるのです。
放射線を使用して分析するのですが、分析機の外には放射線が漏れない構造になっています。
したがって、分析業務に当たる人は、鉛の入った防護服を着るとかはする必要がなく、当然分析室への立ち入りも、特に放射線管理区域にはなっておりません。
ある日、労働基準監督署の立ち入り検査があったそうです。
その時に、その石綿分析装置による分析が、放射線取扱業務に当たるから、電離放射線取扱者健診を実施していないのはオカシイ、と指摘されたそうです。
「健診、やっぱりやらなくちゃいけないんですかね。」
放射線管理区域に立ち入るのでなければ、電離放射線健診は必要ないはず。
そのように答えても、相談してきたB氏は、産業医から労基署に文書で回答してくれとかなんとか食い下がってきて、なかなか引き下がらなかったんです。
業を煮やした私は、自分で労基署に掛け合うから、と言ってしまいました。
健診やれと言ってきている人物の名前もわかっていたので、電話をかけることにしました。
しかしー
何回かけても、不在とか、今日は休んでますとか、出張してますとか。
逃げ回ってるんじゃないのかと思うほど、いつもいないのです。
仕方なく、労働衛生の専門技官とやらにつないでもらいました。
「石綿の放射線分析装置を使っている人に、健康診断なんて必要なんでしょうか。」
「分析機にサンプルを入れる時に、手が入りますよね。そこは一応、放射線が漏れる可能性がゼロではないので、そこは放射線管理区域なんです。だから、(法律通りに読めば)健康診断をしなくていいということは言えないんです。」
「機械が故障でもしない限り、放射線は漏れないと思うんですけど・・・ サンプルを入れてフタを閉めない限り、分析機は動かない構造ですし・・・」
「少しでも可能性があれば、そこは放射線管理区域なんです。」
「そんな健診やって、異常値なんかでないでしょう。」
「法律ではそうなってますから・・・」
こんな小役人に何言ったって、どうせ「法律ではこう読める」と解釈するんでしょう。
バカバカしいので、さっさと電話を切りました。
健康診断は、医師の判断で、血液検査は省略できることになっているので、ちょっと手間はかかるけど、私が問診と診察をすることにしました。
役人って、「今そこにある法律」がすべてで、それがオカシイんじゃないかって思わないんですね。
そして、高額なお金を使わせて健康診断を受けさせることに、何の抵抗も感じないんですね。
本当に、バカバカしくってやってられません。
固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
秋葉原で起きた殺人事件で、被害者の中に、B型肝炎に感染している方が含まれていたそうです。
現場で救命救急活動をした人に、感染してしまった可能性があるので、警察署に問い合わせるようにとのアナウンスが流れました。
多くの医療機関では、B型肝炎のワクチンを、医療従事者に接種するようになっています。
それは、患者さんからの感染を受けないようにするためです。
しかし、「通りがかりの人」にも積極的な救命救急活動への参加を望むならば、すべての人に、B型肝炎ワクチンの接種を義務付ける(もちろん、無償で)必要があるのではないでしょうか。
ただ、今のところワクチンのないC型肝炎やHIVなどに対しては、どのように対策をしていくべきなのか、考え込んでしまいました。
救命救急率は、現場での処置が早ければ早いほど高くなります。
でも、病気が感染するかもしれない、という恐れが、救命救急活動への参加を躊躇させてしまうことは十分に考えられます。
医療用手袋
人工呼吸用のマウスピース
街角のどこかに、必ずそういうものが常備されているという体制も、やはり必要ではないかと思います。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
昨日の夕方、TBS系のニュースで、DMATのことを取り上げていました。
先日秋葉原で起きた殺人事件のとき、東京DMATが出動しており、その活動の様子を報道していたのでした。
正直に言えば、DMATの存在を、その時初めて知りました。
恥ずかしいことです。
勉強不足を感じてしまいました。
昔外科医をしていたころの救急医療とは比べ物にならないくらい、各段にレベルが上がっていて、能力を持ったプロの職人が、それぞれの力を機動的に無駄なく発揮しているように見えました。
ああ、これこそがプロフェッショナル。
私にはもう、そういう世界で活動する力はない、と改めて思いました。
すでに、産業医としてのキャリアが、外科医としてのキャリアを上回っています。
産業医としての実績と知識は、それなりに上がっていると信じたい。
一方で、臨床医としての力は・・・。
専門家というものは、そういうものであり、それぞれ与えられた使命を果たせばよいのだと、そう思ってはいるけれど、彼らの姿がなんとまぶしく見えたことか!
備えあれば憂いなし。
日本の救急医療は、進化していると確信しました。
それでも・・・
今後、あのような残酷な事件で出動することがないことを、祈りたい。
当然のことながら―。
固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
うちの病院では、MRさんは、用がある場合は医局秘書を通じてアポイントメントをとってから来院していただくことになっている・・・はずでした。
面会は総合医局で、という取り決めのはずでした。
それなのに、そんなルールはあっという間に反故にされて、毎日スーツ姿のMRさんたちが、たくさんやってきて、廊下に立っておられるんです。
まあ、彼らも仕事で来ているわけだし、業績あげなきゃいけないんだろうし、一生懸命なんでしょう。
しかし、困ったことがひとつあります。
実は女子トイレの前に、いつも何人かMRさんが立っているんです。
だから、トイレに入ろうとすると、たいてい目が合うんですね。
いや、私がトイレに入ったことを見られてしまっているわけです。
人間はトイレに入ったら、おしっこもするし、たまにウンコもするし、おならが出ることもあります。
おしっこのじょろじょろ、ぐらいは聞こえないかもしれません。
しかし、ぶりぶりっ、とか、ぷう~っ、とか、ふとした拍子にそういう音が出ないとも限りません。
外に聞こえるんじゃないか…
そう思っただけでも、もう安心してオナラもできやしません。
だって、音の主は私とわかってしまっているわけですから。
悪気はないんだろうけど、デリカシーないですよね。
そういうMRさんの会社は、同じようにデリカシーないんじゃないだろうか。
そう思ってしまいます。
やっぱり会社の看板、しょって営業してるんですから。
そういう会社の薬は処方してやらねえ!
そうタンカ切れればいいんですけど、私はもっぱら産業医の仕事しかしておりません。
病気の予防活動ばかりしているんだから、むしろMRさんの敵かもなあ。
実際、全然声かかりませんし。当然か。
まあ、無視していただくのは何とも思いませんが、女子トイレの前に立つのだけは、やめてほしいものです。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
うつ病でメンタルクリニックに通っているZさんが、長期療養に入りました。
急に休みに入ってしまったので、あわてた上司が仕事の問い合わせをZさんにするものだから、Zさんは十分に休めない、と訴えます。
当面、仕事の話はしないで、と上司には言いました。
しかし、上司は「急に休まれたから、仕事にさしさわりが・・・」といってききません。
上司は上司で、会社から叱られるので、仕事のことが気になって仕方がない様子。
とうとう、その上司まで精神不安定になってしまいました。
なんとか調整しようとして、Zさんに上司と仕事のやりとりできないかと聞いてみたのですが、本人は受け付けません。
そりゃそうでしょう…
医師としては仕事のことは考えずにゆっくり療養させてあげたいと思います。
しかし、一方の上司も気が狂わんばかりになっているし。
そこで、Zさんに、お願いしました。
主治医の先生に仕事のやりとりしていいか、聞いてみてくれないか、と。
返事は、やっぱりそれはやめといたほうがいい、ということだったけれど、産業医から電話をするように、とのお達し。
いくら先方からの指示とはいえ、診療時間に重なったら、ゆっくり電話になんか出る余裕はないだろうと考えて、診療時間開始の前に電話させていただきました。
いろいろお話しさせていただいたけれど、基本的に主治医は会社のことにはタッチしない、と言われました。
上司が追い詰められている、そう説明したのだけれど。
患者さんがよくなるためにどうすればいいのかを考えるのが治療する側の立場だ、と。
厚生労働省のマニュアルが出ているから…
どこそこ大学のナントカ先生がご専門だから、一度アドバイスを受けてみたら…
そんなふうに言われてしまい、なんだか私ってそんなに頼りないですか? って思ってしまいました。
最後に、
「先生も一人で抱え込まないように。」
ですって。
とってもいい先生だと評判の精神科医だから、患者さんを安心してお任せしているのだけれど、やっぱり産業医ってやってみないとわからないことがあるんだよね。
まあ、私も、もっとソツなく動けるようにならないといけないんだと思います。
まだまだ未熟者、そう言われたような気がして、今日はちょっと気が滅入っています。
固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
某科の若い医者は、こちらがあいさつしても、いつも知らんぷりです。
よく自分の机の前に座っているのですが、パソコンいじっているか居眠りしているか、どちらかしか見たことがありません。
昼間の救急担当らしい日に、PHSが鳴っても、
ぼそぼそぼそ・・・・
と電話口に向かって何かしゃべってるんですが、あれでは聞いてるほうは何を言っているかわからないんじゃないかと思います。
かろうじて聞こえてくるのは、
「それは自分が見るべき患者じゃない。」
というような意味の言葉です。
ちゃんと患者さん、診んかい!
たまに定時で帰ることがあって、そういうときは、シューッとオーデコロンなんかを体中にふりまいて、気取った足音をたてて去っていきます。
これからデートなんか?
部屋にオーデコロンの匂いが残って、くさいやんか。
頼むから、外来と病棟でちゃんと普通の医者やっててほしい、と私は密かに願わずにはいられません。
固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
| 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
| 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
| 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
| 28 | 29 | 30 | 31 |