「先生、ワシ、若いころはボクサーやっててんで。」
大腸がんで入院してきたCさんは、自慢げにそう言いました。
「あのころは、けっこうモテたんや。今は、会社をおこして社長してるんやで。」
そう言って、私に「社長」の名刺をくれました。
「へえ、すごいですねえ!」
Cさんがそんなふうに言う理由が、私にはなんとなくわかりました。
若いころは体力に自信もあって、女性にモテたCさん。
病衣を着てベッドに寝かされていることが、とてもみじめに思えたのだろうと、私には感じられたのです。
本当は、自分はもっとバリバリ働いていて、元気なんだ。
今の自分は、本来の自分ではない。
そういう思いがにじみ出るような様子でした。
実はCさんの大腸がんは、すでに肝臓に転移していました。
それでも、大腸が詰まってしまうといけないので、手術で大腸の一部を切除しました。
Cさんの病気が大腸がんであることも、肝臓に転移していることも、家族にしか話していませんでした。
それでも、なんとなく、自分の病気はがんで、あまり楽観できないらしいということは、感じているようでした。
自分を奮い立たせるためか、本当の自分を見てほしいと思ったのか、Cさんの昔話は、その後回診のたびに続きました。
いったん退院されましたが、その後の経過はあまりよくなかったと記憶しています。
だれしもいずれは何らかの原因で、命が尽きるのだけれど、弱っていく自分と、元気だったころの自分のギャップを埋めるために、みなそれぞれ、いろんな思いを抱くのかもしれません。
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昔外科医をしていたころの話です。
外科と内科、整形外科、小児科の4科しかない小さな病院に勤めていたことがありました。
外科医は4人でしたが、一人は院長先生だったので、実質3人ですべての外科患者さんを診ているようなところでした。
ある日、70歳ぐらいの男の人が入院してこられました。
病名は忘れてしまいましたが、とても背が高いのにやせっぽっちで奥目の、なんだか人体の骨組みがそのまま姿になっているような風貌の人でした。
あまりしゃべらないし、愛想もよくないのですが、毎日ベッドサイドに回診に行っているうちに、ぼそぼそ話をするようになりました。
なんでも戦争中にソ連にいて、スパイ活動をしていたそうです。
「え~っ、スパイですか???」
スパイと言えば007です。
ジェームスボンドのイメージしか持たない私は、その地味なおっさんがスパイだと言われても、にわかには信じられませんでした。
奥目のおっさんが言うには、集団で隠れるように生活し、諜報活動をしていたんだとか。
食事は黒パンと野菜のスープ…
そんな話を聞いた覚えがあります。
極寒の地で、黒いコートをはおって諜報活動をしているおっさんの姿を想像し、若いころは結構カッコよかったんちゃうん…と想像力を働かしてしまいました。
院長先生に、
「あの方、ロシアでスパイされてたんだそうです。」
と誇らしげに言ったら、
「そんなもん、どうせ下っ端のスパイやろ。大したことないわ。」
で終わってしまいました。
医者をしていると、いろんな経歴をもつ患者さんに出会うものですが、スパイをしていた人に出会ったのは、さすがにこれが最初で最後でした。
まあ、下っ端かもしませんが… スパイはスパイですから!
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自慢じゃありませんが、私は入院経験が豊富です。
点滴だけですんだこともあれば、
手術を受けたこともあるし、
しんどい検査が続いたときもありました。
たいてい、入院してすぐは絶食でした。
具合が悪くて食欲も出ない時期はいいのですが、だんだん元気になってくると、食事時に他の患者さんが食事をするのを横目に、じっと耐えなければならないのは、がまんのいることでした。
やっと絶食がとかれて食事が出ても、最初は重湯からで、味気のないものが続きます。
主治医が回診に来るたびに、
「先生、普通のごはんが食べたいわ。」
とお願いします。
「まだ、早いわ。」
「先生、普通のごはんが食べたいわ。」
しつこくお願いした結果、
「ほな、普通食にしよか。」
「やった~!」
夕食からは、ふつうのごはんや…
心の中は白いごはんでいっぱいになり、夕食の時間が待ち遠しいこと。
そして…
運ばれてきた夕食を見て、がっかり。
やっぱりお粥です。
そう、忙しい医師にとって、患者さんの食事の内容は優先順位が低いのです。
だから、よくオーダーを忘れられてしまうのです。
厨房もすぐ準備はできないので、少し余裕をもってオーダーしないと、何食もあとからの変更になってしまいます。
泣きたい気持ちになりながら、お粥をすするしかありません。
ようやく常食に格上げになったころ、検査のために朝食がとれないことがあります。
常食の朝ごはんは、たいていパン食。
私は特に、生の食パンに、ジャムとかマーガリンをぬって食べるのが好きでした。
だから、検査で朝ごはんぬきになっても、とりあえず検査が終わってから食べるつもりで、朝ごはんを取っておくのです。
ところが、検査は外来患者さんが優先のことが多く、入院患者の検査はお昼近くになってからのことがよくあります。
やっと呼ばれて検査を受けて、戻ってきたら…
あれっ、私の食パンがない!
もう昼ごはんの時間帯だから、と補助婦さんが勝手にトレイごと下げてしまうのです。
「私の食パン!!!」
「ごめん、ごめん、もういらんと思うて下げてしもたわ。」
その後数日間、そのおばちゃんとしゃべる気にもなりませんでした。
食べ物の恨みは恐ろしいのです。
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メンタルクリニックが足りません。
朝だるくて起きられない。
夜眠れない。
出勤しようとすると冷や汗が出る。
明らかに「うつ」の症状が出ていて、なるべく早くメンタルクリニックを受診してほしい人がいても、どこのメンタルクリニックも初診は予約制で、1か月から3か月先まで予約が埋まっているというところばかりです。
どこか早く受診できるところを教えてほしい、と問い合わせをうけることが最近多くなってきました。
でも、私が電話をかけたところで、「緊急ならば大学病院に行ってください。」と言われるのがオチです。
大学病院の精神科…
いきなりそんなところを受診させるのも、かなり抵抗があります。
自分の出身大学の近くにいれば、同級生に頼み込むこともできるのですが、残念ながら遠く離れたところで仕事をしているために、頼れる同級生もいません。
こういうとき、産業医として無力感を感じます。
もし、近くの大学出身の先生が産業医だったら、もっと便宜をはかってあげることができたんじゃないだろうか、と思うこともしばしばです。
では、自分は何の役にも立っていないのか。
いや、できるだけのことはやっているつもり。
つもり、だけでは自己満足だけではないのか。
では私は退くべき?
昨日は自問自答しているうちに、気が滅入ってしまいました。
そうやって自己評価をおとしていることが自分自身を追い詰めるのだと、ふだんいろんな人を諭しているくせに、やっぱり自分もずいぶん後ろ向きになっていました。
それにしても…
1週間以内に初診の予約がとれるメンタルクリニック、のどから手が出るほどほしいです。
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先日、ある企業に行った時のことです。
社員さんのご夫婦に、最近赤ちゃんが生まれたとのお話を伺いました。
とてもおめでたい話… のはずが、どうやらその赤ちゃんはダウン症と診断され、ご夫婦ともども、とてもショックを受けているということでした。
まだ若いお母さんなので、ダウン症のお子さんが生まれる確率は、年齢の高い方に比べると低いはずだということを、そのご夫婦は知っていて、「なぜ自分たちの子供が…」という気持ちがとても強く、今はまだ受け入れられていないようでした。
それでも、生まれたばかりだから、歩いたり話をしたりする時期ではないので、実感はわかないかもしれません。
だんだん言葉を発するようになり、歩くようになり、保育園に行く年齢になり、と成長するにしたがって、当然他のお子さんと比べてしまうかもしれません。
なんと声をかけていいのでしょうか、と会社の方から尋ねられて、言葉が見つかりませんでした。
私自身に子供がいないし、偉そうなことは言えません。
ダウン症のお子さんは、総じて穏やかな性格だということ、人によっては成人してから社会の中で自立できている人もいると聞くこと、をお話しするのがやっとでした。
私は、内臓の先天性疾患を持っています。
手術で治ることが可能な病気ですが、私の場合はそうなりませんでした。
私の母は、時々、娘がこうなったのは自分のせいじゃないかということを言います。
私を妊娠中、姑とそりが合わず、私の父もあまり助けてくれなかった… そのせいで、少し精神的に不安定だった、と聞かされています。
母は、それが原因ではないのだろうかと思っているのです。
自分がもっとしゃんとしていれば、と。
社員さんの話を聞いて、そんな母の姿を思い出しました。
そのご夫婦は、いずれ生まれた赤ちゃんのご病気を受け入れて、大切に育てていかれるに違いないと信じていますが、どうか、自分のせいにだけはしないでほしいと、そう願ってやみません。
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私はテレビっ子です。
ごはん食べながら、掃除しながら、洗濯物たたみながら、いろんなことをしながら、「ながらテレビ」をやっています。
さて、最近、その「ながらテレビ」をしながら(ややこしいな)、ふと思ったことがありました。
医者って、そんなに怖いですか?
黒柳徹子さんが出てる、あのコマーシャルです。
「勇気を出してお医者さんに言ってみよう。」
どうも、医者は怖いと思われているんでしょうか。
ジェネリック医薬品にしてくれと、医者に言うのに、勇気がいるんでしょうか。
誰か、ジェネリックにしてくれと頼んで、医者からしこたましかられたんでしょうか。
患者役の俳優さんの、あのおずおずとした演技…
そこまで悪者にせんでも…
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昨日の夕方、TBS系のニュースで、DMATのことを取り上げていました。
先日秋葉原で起きた殺人事件のとき、東京DMATが出動しており、その活動の様子を報道していたのでした。
正直に言えば、DMATの存在を、その時初めて知りました。
恥ずかしいことです。
勉強不足を感じてしまいました。
昔外科医をしていたころの救急医療とは比べ物にならないくらい、各段にレベルが上がっていて、能力を持ったプロの職人が、それぞれの力を機動的に無駄なく発揮しているように見えました。
ああ、これこそがプロフェッショナル。
私にはもう、そういう世界で活動する力はない、と改めて思いました。
すでに、産業医としてのキャリアが、外科医としてのキャリアを上回っています。
産業医としての実績と知識は、それなりに上がっていると信じたい。
一方で、臨床医としての力は・・・。
専門家というものは、そういうものであり、それぞれ与えられた使命を果たせばよいのだと、そう思ってはいるけれど、彼らの姿がなんとまぶしく見えたことか!
備えあれば憂いなし。
日本の救急医療は、進化していると確信しました。
それでも・・・
今後、あのような残酷な事件で出動することがないことを、祈りたい。
当然のことながら―。
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うちの病院では、MRさんは、用がある場合は医局秘書を通じてアポイントメントをとってから来院していただくことになっている・・・はずでした。
面会は総合医局で、という取り決めのはずでした。
それなのに、そんなルールはあっという間に反故にされて、毎日スーツ姿のMRさんたちが、たくさんやってきて、廊下に立っておられるんです。
まあ、彼らも仕事で来ているわけだし、業績あげなきゃいけないんだろうし、一生懸命なんでしょう。
しかし、困ったことがひとつあります。
実は女子トイレの前に、いつも何人かMRさんが立っているんです。
だから、トイレに入ろうとすると、たいてい目が合うんですね。
いや、私がトイレに入ったことを見られてしまっているわけです。
人間はトイレに入ったら、おしっこもするし、たまにウンコもするし、おならが出ることもあります。
おしっこのじょろじょろ、ぐらいは聞こえないかもしれません。
しかし、ぶりぶりっ、とか、ぷう~っ、とか、ふとした拍子にそういう音が出ないとも限りません。
外に聞こえるんじゃないか…
そう思っただけでも、もう安心してオナラもできやしません。
だって、音の主は私とわかってしまっているわけですから。
悪気はないんだろうけど、デリカシーないですよね。
そういうMRさんの会社は、同じようにデリカシーないんじゃないだろうか。
そう思ってしまいます。
やっぱり会社の看板、しょって営業してるんですから。
そういう会社の薬は処方してやらねえ!
そうタンカ切れればいいんですけど、私はもっぱら産業医の仕事しかしておりません。
病気の予防活動ばかりしているんだから、むしろMRさんの敵かもなあ。
実際、全然声かかりませんし。当然か。
まあ、無視していただくのは何とも思いませんが、女子トイレの前に立つのだけは、やめてほしいものです。
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今日の話題は、高校生の「夜の生活」です。
産婦人科の先生方なら、高校生ぐらいの女の子の性生活について、日々接点があるんだろうなあと思うのですが、昔外科医をしていたころは、めったにそういうことに遭遇することはありませんでした。
たった一度だけ、忘れられないケースがありました。
ひどい交通事故で、10代の若者が3人担ぎ込まれました。
運転していたのは18歳ぐらいの青年だったと思います。
助手席に乗っていたのが、その青年の恋人で、後部座席にその女の子の女友達が同乗していました。女の子たちは、二人とも16歳でした。
運転していた青年は、骨折などの外傷が中心で、整形外科に入院。
助手席に乗っていた女の子は、脳挫傷で意識不明の重体。いったん外科に入院しましたが、外科では見きれないと、ほどなく脳外科へ転科しました。
後部座席に乗っていた女の子は、不思議に軽症で、なぜここまで差が出るのかと首をかしげるほどでした。
痛みのあるところはレントゲンで検査して、血液検査も行いましたが、その時点で大きな外傷もなく、念のための入院となりました。
しきりに、友人の女の子の容態を心配していましたが、私の口からはとても話すことはできず、「他の科で治療を受けている」ことを理由に、詳しく話しませんでした。
翌日、回診で女の子のベッドサイドに行ったとき。
身体の痛いところはないか、少し貧血があるようだと話しました。
その時、彼女がこう言ったのでした。
「先生、3日前に中絶した・・ お母さんには言わんとって!」
出血の有無を尋ねると、今のところ大丈夫とのこと。
産婦人科を受診させたいと思ったのですが、お母さんに知られたくない一心で、本人は強硬に拒否してしまいました。
医師としては、どんなに本人が嫌がったとしても、やはり首根っこをつかまえてでも、産婦人科を受診させるべきだった、と今になって思います。
しかし、当時は、どういうわけか、事故のショックもあるだろうからと、そっとしておくことにしました。
ただし、本当に出血があったら、かならず私に知らせるようにと念をおして。
その後特に変わった様子もなく、その子は数日で退院していきました。
医師でいる間は、人間の行動に、良し悪しの判断をしないように、人にはいろんな考え方、生き方があるのだと考えて診療にあたるようにしていましたが、10代の女の子が、すでに妊娠・中絶を経験しているという現実は、私にとってはかなりショックでした。
もっと自分の身体を大切にするよう、諭してやるべきだったのか、保護者であるお母さんに伝えるべきだったのか、今でもなお心残りです。
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医者をしていると、たまにどきっとするような質問を受けることがあります。
以前、公立病院で外科医をしていたときのこと。
定年退職してやっとゆっくりできると思っていたのに、大腸癌がみつかってしまったある男性が入院してきました。
仮にその患者さんをDさんとでもしておきましょう。
Dさんの癌は進行癌でしたが、幸い組織は進行の遅いタイプで、一応手術で取りきることができました。
術後特にトラブルもなく、もうそろそろ退院、という時期になりました。
当時は今のように癌の告知を患者さんにすることはあまりなく、術前や術後の説明は、たいていご家族にすることが普通でした。
Dさんの場合も、うすうす自分が癌だと知っておられたとは思いますが、退院の前に奥さんに来ていただいて、今後の見通しや生活面での注意についてお話しました。
そのときでした。
Dさんの奥さんに、こんなふうに質問されたのです。
「先生、癌はうつるんですか? 主人が求めてきたら、どうしようかと思って…」
Dさんの奥さんは、夜の生活で夫の癌がうつるんじゃないかと心配していたようでした。
一瞬戸惑いましたが、癌はそういうことでうつるものではないことを説明し、Dさんの奥さんは安心されたようでした。
その後、大学病院に戻ってからも、同じようなことがありました。
その時は、30代の男性患者Eさんで、感染性の弁膜症で緊急手術となり人工弁に置換する手術を行った方でした。
若かったのと、循環器内科の先生が迅速に診断してくださったおかげで、手術は無事に成功しました。
退院が決まって、Eさんの奥さんにも来ていただいて、退院時の説明を行ったときのことです。
担当の看護師さんと、なぜかその日は病棟の看護師長も同席しての説明となりました。
Eさんご夫婦はおとなしい方たちで、私が一方的に話すのを、ふんふんとうなづいて聞いておられるばかりだったのです。
ところが、看護師長がえらくはりきっており、眉間にしわをよせながら、私に言いました。
「先生、夜の生活は制限なくやってもいいんですか。やっぱりまだお若い夫婦だし、そういうこともきちんと説明してあげないと…」
えっ、あっ、うっ…
このときはあわてました。
そりゃああまり心拍数が上がると人工弁が機能しなくなるでしょうけれど、そのご夫婦がどれだけ激しい状態になるのかわからないわけですし…
正直、なんて答えたのかよく覚えていません。
よく覚えていないぐらい、内心は動転していたと思います。
なんとかその場をやり過ごしたのか…
あとで、同期の医師に「どう思う?」と聞いてみました。
「そんなん、しんどなったら自然にやめるやろ。」
はあ、そうですか。
そんなもんですか。
医者は何でも知っとかなあかんのですね。
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