電車の中で、サラリーマンが胸を押さえて倒れこむ、アレです。
背中に、動脈の断面図が出てきて、みるみるうちに詰まってしまうというやつ。
バックには、恐怖映画のオープニングかエンディングにでも流れそうな、やけに静かで圧迫感のある音楽が流れている、アレ。
「動脈硬化は自分では気が付かない」
まあ、間違いではありません。
自覚症状がないんだから、LDLコレステロール値を測りましょう、と。
ただ、ねえ。
あんなふうに、おどろおどろしくテレビで見せてますけど、あれって、結局テレビCMでしょう。
CMというからには、何かを売るための宣伝にちがいありません。
あのCMには、一切出てませんけどね。
単に血液検査しましょう、だけですけどね。
「薬飲まんと、死ぬでえ~」
って、言ってませんかね、あのCM。
アステラス製薬とファイザー製薬の共同CMのようですけど。
→アストラゼネカと塩野義製薬でした… 昨日から何回も見たので、今度は間違いないはずです(2010.08.20)。
私は血液検査だけで動脈硬化がある、なしは断言できないと思っています。
LDLコレステロール値の正常範囲も、実はしっかりとした根拠はありません。
なぜなら、LDLコレステロール値が高くなるほど動脈硬化性の病気(心筋梗塞とか脳卒中とか)にかかりやすくなるという研究はたくさん報告されているけど、じゃあどの値までなら安心なのかという数字は、出てませんからね。
今のままだと、下げれば下げるほどよいっていうことになってしまうんですから。
私の経験だと、LDLコレステロールの数値と、エコー検査でみた頸動脈の動脈硬化の程度は、あまりパラレルではないという印象です。
だから、数字だけで服薬させるのは、ナンセンスと思ってます。
薬売りたい製薬会社に乗せられたくはないですね。
やはり、LDLコレステロールの数字だけでなくて、せめて頸動脈をエコーでみてあげて、動脈硬化がおこりつつあるようなら、服薬するぐらいでいいんじゃないですかね。
そもそも、日本人の動脈硬化の原因のうち、コレステロールはどのくらい関係しているんでしょうか。
コレステロールより血糖値のほうが、圧倒的に問題ありと思っていますが、どんなもんでしょうか。
糖尿病患者さんの頸動脈は、ほぼ間違いなく、結構な動脈硬化をおこしています。
高コレステロール血症だけの人は、そうでもありません。
あんなCM流すなよ、と言いたくなります。
まだ、徳光さんがなんか言っているぐらいのほうが、よろしいのと違いますか?
世のお医者さんの中には、夏休みなんかとってられへん!というぐらい忙しい先生方もたくさんおられると思います。
だから、ブログに書くのは少々気が引けるのでありますが、今週は夏休みをいただいておりました。
夏休みといっても、ほとんど日常生活と変わらず、結局身内への義理だなんだで、自分のための特別な時間は、あまり…ありませんでした。
どこへ行くにしたって、蒸し暑いばかりだけれど。
で、出先で身内が救急で病院にお世話になる事態に。
本人ももと医療関係者の上に、現役医師がついておりながら…
平日の救急外来は、それはもう、患者さんと付き添いの人であふれかえっており、午後10時、11時にもなるのに、外来も会計窓口も、こうこうと電気がついておりました。
身内の者は、結局脱水だったんだろうという結論であり、入院するかもと心配しておりましたが、事なきを得ました。
結果を説明してくれたのは、若い女性の研修医で、大音量のテレビがついている中で、自信なさげな小さな声で説明してくれるものだから、正直、あまりようわからなかったんですが、検査結果に大した問題もないということだけはわかりました。
次から次へと救急車が来ていたし、もう疲れていたのかもしれません、その女医さん。
きっとその夜は寝ずの番だったんじゃないでしょうか。
だから、説明の声が小さいなどと小さいことで腹を立てる気にもなりませんでした。
たいしたことなくてよかった、と思うべきなのだろうけれど、こんな程度で救急車を呼んで、しかも夜間に救急外来を受診する必要があったんだろうか、と自分の判断に疑問符をつけつつ、騒々しい救急外来を後にしました。
病院の先生方、スタッフの皆様、ありがとうございました。
ある会社でのことです。
もうすでに、退職していて、他支社に再就職が決まっている人が、わざわざ私の面談に来ると言うのです。
仮に、その人をAさんとでもしておきましょう。
Aさんは、以前「うつ状態」と診断されて、しばらく仕事を休んでいた時期があります。
そこそこの職責にある人でもあって、会社としてはその職責に見合う仕事ぶりを期待していたのですが、思い切って言ってしまえば、「うつ状態」であることを盾に、職責通りの仕事はしないけど、職責は下りないという態度で、会社の幹部はかなり手を焼いていたのです。
もちろん、本人にはそんなこと言いませんし、私も何度も面談しましたが、あくまでAさんの不平不満に積極的に耳を傾けるという面談が延々と続いた人でした。
だから、正直なところ、退職されてほっとしたんです。
ところが…
面談時にAさんに示した「理解」の部分を真に受けて、私が「ほっとしている」ことなど露ほども気づいておられないことがわかりました。
つまり、その後も、時々私の産業医としての時間を平気で割くことに何の躊躇もなく、ただ現在の自分の境遇や不満、あるいは自慢話をしに来るようになったのでした。
話が終わるたびに、「どうぞお気遣いなく。」とやんわりお断りするのだけれど、その「お気遣いなく」が、「遠慮」ととられて、かといって「もう来ないでくれ」というのは大人げなく、対応に苦慮しておりました。
先日見えた時、たまたま私が疲れていたこともあって、「歓迎されざる客」をもてなすのに、少々エネルギー不足の状態でした。
「先生、今日はお疲れのようですね。聞くところによると、(わが社で)残業なさっているとか。ほどほどになさったほうがいいですよ。」
返す言葉がなく、いつもよりもやもやとした滑り出し。
面談を段取りしてくれた事務方が、この面談がエンドレスにならないよう後ろに一人、別の面談を組んでくれていました。
そのことを知っていたのか、
「なんなら、私、しばらくそのへんで時間つぶしてますから、その方の面談先になさいますか。」
ときたのです。
疲れた顔の私に向かって、仕事をほどほどにしろとさっき言ったばっかりのその口で、自分の面談は時間を気にせずやっちまえってえことなのか? と、思わず口汚い言葉が頭に浮かび、ひきつった作り笑いを浮かべて、
「あ、いや、大丈夫ですよ。」
とわけのわからない反応をしてしまいました。
ああ… その後、小一時間みっちり、しゃべりたいだけ自慢話をして帰って行ったAさん。
もう来るなよ、と、私の頭の中はさらに口汚い言葉で充満していました。
それでも、Aさんはまた、来るのでしょう。
KYな人。
うつ病になる人は、一般的に自分の力の無さを憂い、自責の念に駆られると言いますが、たまにこういう人がいます。
誰かのせいで、なった「うつ」。だから自分は好きなようにやらせてもらいますよ、という人。
本当は、そのKYさ加減が周りから自分を浮いた存在にし、うつ状態になる原因を作っていることがわからない。
本当の治療は、そういうKYなところを気づかせてあげることなんだとわかってはいるけれど、指摘したところで本人は、「うつがひどくなった。」と反発するんでしょうし。
最近は、こういう人のおかげで、一旦緩み過ぎた「うつ」に対する偏見が、反動のようにまた偏見に満ちるようになって、本当に助けてあげなければならない「うつ病」の人が、助けてあげられにくくなってきている気がします。
本当の「うつ」とそうでない「うつ」、ちゃんと仕分けて治療しないと、いずれ社会は大変なことになる…
私は、最近そんなふうに思っています。
語学学校のイギリス人教師を殺害して逃亡中の犯人が、顔を「整形」した、と騒ぎになっています。
その場所も、名古屋だ、いや福岡だ、仙台にもいたらしい、などいろんな情報が飛び交って、最近はあまり話題にも上らなくなっていただけに、まだ逃げ回っているのか、とあきれてしまいます。
それにしても―
美容整形と言う言葉には、若干違和感があります。
曲がりなりにも医療界にいる人間にとっては、「美容」のために顔や身体のつくりを変えるのは、どちらかというと、「形成外科」領域という考えがあるからです。
「整形外科」っていうのは、骨折とか、じん帯損傷とか、関節の病気とか、そういうものを扱う外科であって、美容のための外科というのとは違います。
Wikipediaには、「看板にあげていい」診療科名としては、正しくは「美容外科」と書かれていました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%B4%E5%BD%A2
全国にあるいろいろな美容外科クリニックのHPには、
美容外科
美容整形外科
美容形成外科
美容整形・形成外科
などと、さまざまな呼称を表示しているようですが、「美容外科」以外は、あくまで非公式なもので、お客さんにわかりやすいように、という配慮があるようです。
ただし、日常会話で「顔を整形した」と言うとすんなり理解できるけど、「顔を形成した」とはなかなか言いませんね。
ややこしいです。
結婚相手は年収4000万円以上、って言って有名になった某タレント女医さんは、時々「整形外科医」って紹介されていたことがありましたが、彼女は「美容外科医」が正解です。
被害者のご家族は、犯人が美容形成外科手術を受けたことに怒りを表しておられました。
犯人、早く捕まえてほしいですね。
インフルエンザがじわじわと、広がりを見せています。
「じわじわ」なんて、いまさらなにを言うとんねん! としかられるかもしれません。
しかしながら、最近まで私が産業医をしている事業所で、社員さんがインフルエンザにかかったという情報はあまりありませんでした。
このところ、そのような報告がちらほらきます。
ほとんどの場合、季節性インフルエンザと同じようにタミフルでよくなっているので、あまり不安をあおってはならないと思いつつも、死亡には至らないまでも、重症化している新型インフルエンザの患者さんが、実はそれなりに発生しているらしいと、報道などで聞こえてきます。
その、「報道で聞く」ということが、私にとっては最も不安です。
新型インフルエンザのワクチンについても、自分が勤めている病院に、公式な情報は何にも入っておらず、インターネットやテレビで得られる情報しか誰も知らないという事実は、国や地方自治体が、あるいは地域の医療ネットワーク(そんなもん、はじめからないのんかもしれへんけど)機能していない証拠とも言え、重症者が多発した場合の、明らかにキャパシティが不足しているこの地域の現状を合わせて考えると、そこはかとない不安を感じるのです。
まるで、まだ問題が顕在化していないから、なんとなく日常が過ぎているだけ、という気がしてなりません。
インフルエンザは、これからどうなるのか。
未知のウイルスの恐ろしさは、これから身にしみてくるのかもしれません。
日本の食糧自給率は、カロリーベースで41%。
今度の新型インフルエンザのワクチンは…
5300万人分は必要なところ、国産では1700万人分しか作れない、ということは、自給率37%。
ただでさえ、世界中のタミフルを消費している、と批判されがちな日本ですが、不足分のワクチンは輸入するそうです。
仮に輸入で必要量が確保できたとしても、これだけ「副作用」がおきるかもしれないって話が広がっている現状では、おそらく「国産ワクチン争奪戦」が始まるのではないか、と危惧しています。
それとも、外国産のワクチンを値引きしろ、とか…
大坂のオバチャンやったら言いそうです。
病院でワクチンを打つ時に、
「これ、国産ですのん?」
って聞かれたらどうするんでしょうか。
優先順位を決めると言う話も出ていますが、子供とか妊婦さんならわかりやすいとしても(それでも妊娠3ヶ月ぐらいまでなら外見上わからないこともありそう…)、合併症があるとかは、だれが認定するんでしょうか。
基準作りでも何か月もかかりそうで、国の方針が決まったころには年があけてるんちゃいますかねえ…
キング・オブ・ポップスの死因は「他殺」なのだそうです。
他殺とは衝撃的でありますが、実態は日本で言うところの「業務上過失致死」。
マイケル・ジャクソンさんのおかかえ医師をしていたマーレー氏が、不眠症のマイケルさんに、複数の鎮静剤と麻酔薬を投与して死に至らしめた、というのです。
マーレー医師には多額の借金があったという話が出ており、「お金のためにマイケルさんを薬漬けにし、とうとう死なせてしまった。」と、ほぼどのメディアも結論付けたがっているようです。
どういう理由があったのかわかりませんが、医師が、患者さんの命にかかわるほどの薬を投与することに対しては、どんな言い訳も通りません。
それでも、私は少し、マーレー医師に同情的な気持ちがないわけではありません。
こんなふうに、想像してみるのです。
「先生、眠れないんだ。全然。何とかしてよ。」
「マイケル、もうすでに薬はたくさん与えたじゃないか。それ以上飲むと危険だよ。」
「眠れないぐらいなら、死んだ方がましだよ。とにかく眠らせてくれ。」
マイケル・ジャクソンさんは、身体のあちこちに痛みがあった、とも報じられていて、痛みのために眠れなかったのかもしれません。
あるいは、地位も名誉も得てもなお、孤独感にさいなまれていたのかもしれません。
眠っている間だけが幸福…
毎日毎日、つきっきりでマイケルさんの健康管理をしていたとすれば、マイケルさんにとって、何が最も苦痛なことか―それが眠れないということだったのではないでしょうか―マーレー医師は痛いほどわかっていたのではないか、と思うのです。
もしそんなふうな患者さんが目の前にいたら、医師としてどうすべきなのでしょうか。
医者は、患者さんを助けるために何をすればいいかを考え、それを施していく職業です。
だから、多くの医師は、患者さんを苦しめている病気をなんとか治そうとします。
考えられるあらゆる治療を施しても良くならないときほど無力感を感じるときはありません。
患者さんの苦しみと医学の限界の間に挟まれて、悩むことも少なくありません。
マーレー医師は、いろいろと試してみても眠りに就くことができないマイケルさんを眠らせるために、通常では考えられないような投薬をしてしまった…
結果として、マイケルさんの命を奪うことになってしまった…
真相はそんなところではないのだろうか、と考えてしまいました。
いやいや、やっぱりお金欲しさに、求められるまま大量の薬を投与したのだという可能性は、やっぱりあるのですが…
死体からの臓器提供が可能になったために、人の死は、心臓死から脳死へと、シフトしつつあります。
脳死を人の死とすることに賛成の人に問いたい。
臓器提供を前提としない脳死判定を受けて、尊厳死を選ぶことを認めるのか。
私自身が脳死での臓器提供をしない理由のもう一つの理由がこの問題です。
脳死が人の死であるならば、脳死の時点で生命維持装置を止めることが、無条件で許されなければなりません。
臓器提供をすることを人質にとって、臓器提供に同意した者だけが、「死ぬ権利を得る」ということに、私はとうてい納得がいかないのです。
なぜ、臓器提供者にのみ「脳死」判定が認められ、臓器を提供しない者には判定を受ける機会さえ与えられないのか。
脳死を人の死と言っておきながら、それは臓器提供者のみに適応されるというのなら、死の定義のダブルスタンダードということになりはしないのでしょうか。
脳死臓器移植には、脳死判定を拒否することの高いハードルが存在するのと同時に、脳死判定を受けることの高いハードルが存在していて、こんな不公平な法律が、「人助け」という美しい言葉だけにまるめこまれて、成立していいのかと、私は強い憤りを感じます。
マイケル・ジャクソンさんが急死したのは、合成麻薬の副作用が原因なんじゃないか、普段から抗うつ剤を含めていろんな薬を飲み過ぎていたようだ、など、お薬がらみの情報が飛び交っております。
確かに、薬物への依存って、怖いですね。
私も以前、薬物依存と思われる症例を経験したことがあります。
関連病院での研修を終えて、大学病院に戻されたころの話です。
夜、アルバイトである病院の当直に行っていたんです。
そこは、地域の救急担当病院になることも多くて、まあ何もなくて寝ていられたということはほとんどなかったと思います。
その日も救急患者さんが多かったのですが、その中に救急車で運ばれてきた若い女性患者さんがいました。
病院に到着するなり、「おなかが痛い」とワーワー大騒ぎで、診察室のベッドに横になるなり、「痛み止めの注射、して!」と盛んに叫んでいるのです。
診察しても、触るだけで「痛い、痛い!」の大音響。
しかし、急な腹痛というのは診断を間違えると命取りになることもあるので、まずはレントゲン写真をとって、腸閉塞とか消化管穿孔など急いで処置をしなければならないものかどうかを確認しなければなりません。
それで、「レントゲン、とります。」と言ったんです。
みるみる、その若い女性の顔つきが変わりました。
「レントゲンなんかいらん、痛み止め、打って!」
レントゲン室へ連れて行こうとしても、「痛み止め」の連呼で、言うことを聞きませんでした。
彼女は「ペンタジン」という薬の名前を何度も口走りました。
「診断がつかないと、注射もできませんよ。」
と説明したら、
「アメリカでは、すぐに打ってくれたのに!」とますます、顔がゆがんできました。
「ここはアメリカやないよ。レントゲンとれへんのやったら、何もしてあげられへんよ…」
「もう、ええわ!!!」
救急車で来た患者さんでしたけど、私や看護師さん、事務の人に当たり散らしながら、自分の足で元気に帰られました。
ペタ中… やな。
ペタ中というのは、ペンタジン中毒を短くしたやつで、少なくとも私の仲間内ではそう呼んでいました。
ペンタジンというのは、麻薬ではないですが、依存性があるので使用には注意が必要です。
今は注射薬と内服薬がありますが、あの当時はまだ注射薬しかありませんでした。
彼女は、あのあとどこへ行ったんでしょうか。
他の病院へ行って、同じように人騒がせなことやったんと違うでしょうか。
本当に必要だったのは、薬物中毒の治療のほうだったに違いありません。
医学部を卒業して2年目のころの話です。
私は小さな病院に勤めていました。
外科医が3人ほど、あとは内科と整形外科、小児科しかない病院でしたが、スタッフが少ない分私の出番が多く、研修2年目のぺーぺーにとっては、ずいぶん修行させていただけた、ありがたい病院でした。
さて、その病院の外来での話です。
外来は、入院患者さんを診るよりずっと経験が必要なので、わたしのような新米は、救急外来以外はほとんどかかわることがないのですが、時々術後の処置などで訪れる患者さんをみたり、上の先生がどうしても手が離せないときなどに、応援に入ることがありました。
その日は、50代ぐらいの男性で痔を診てほしいと来院された患者さんを私が診ることになりました。
看護師さんの指示で、ベッドの上で四つん這いになっておしりを私の方に向けられたのですが、おしりの穴の近くに、小さなトイレットペーパーの切れ端がくっついていたんです。
未熟者の私は、つい吹き出しそうになったのですが、そばについていた看護師さんが、ものすごい怖い形相で私をにらみつけて、
「先生、笑ったらアカン!」
と、無言のプレッシャーをかけてきました。
なんとか笑いをかみ殺し、何もなかったかのように診察をしまして、痔のお薬を処方しました。
たぶん、その患者さんは、おしりの診察があるので、普段よりずいぶん丁寧に、おしりをふいてこられたんでしょう。
病院とはいえ、ベッドの上で四つん這いにされた揚句、ペーペーの女医におしりをみられて、さぞかし恥ずかしかっただろうと思います。
あとでベテランの外来看護師長さんに、こっぴどく叱られました。
「先生、あんなとこで笑ったら、患者さんがかわいそうでしょ。患者さんは自分のおしり、見えへんのやから、何がおきているんかわからへんのやし。」
「すいません…」
それ以来、私は患者さんのおしりを診察しても、絶対に笑ったりしゃべったりしないようにしています。
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