この週末、持病がちょっと悪くなって、横になってばかりいました。
週末にしかやらない日々の食材の買い物、掃除、年賀状書き・・・
買い物と掃除はなんとかできたけれども、年賀状書きは来週に持ち越しとなりました。
最近はこんなふうに悪くなることが少なかったので、「ああまたか」という気分を久々に味わいました。
小学生頃から顕著になってきた持病については、何か計画をしても「いつ身体が悪くなるかわからない」と、不発弾のように私の日常につきまとってきました。
小学校4年生の時は、それで夏休みを棒に振り、冬休みも棒に振り・・・
高校1年生の時は、初めて入った吹奏楽部の演奏会で裏方をつとめている途中で具合が悪くなり、そのまま入院して退部しました。
その後も入院は、両手に余るほどしてきたし、手術も何度かしてきましたが、たぶん死ぬまでご一緒させていただくのだろうと思います。
小中学生や高校生、大学生の時というのは、1年1サイクルで進んでいくので、ちょっとつまづくと置いてきぼりになるような気がし、身体の具合が悪いのに、無理をしてでも遅れをとるまいとあがいていたけれど、さすがにこの歳になってくると、仕方がないなあというので、買っておいた「水の透視画法」という本を、ソファに転がって読みました。
著者の辺見 庸(へんみ よう)という人を私はよく知りません。
共同通信社の元記者だったらしいということと、本の中に出てくる文章から、脳卒中で半身が不自由だということ、さらに癌もわずらっているらしいということだけわかりました。
ただ、とても有名なジャーナリストだということは、以前からなんとなく知っていました。
「水の透視画法」は、どなたかなのブログで知って、なんとなく読みたくなって買いましたが、共同通信社が2008年から3年間、月1回配信した随筆のようなものをまとめたものであり、途中うとうとと寝込んでしまっても、中断したところから読み始めても困らない、短い文章の集まりということが助かりました。
それにしても―
私のような言葉を知らない人間にとって、この本に出てくる様々な日常の描写はみずみずしく、そして今年の大震災をまるで予言したかのような、配信時期が新しくなればなるほどにあの大災害に近づいていく何かを感じて、結局2日であっけなく読み干してしまいました。
年賀状は書けなかったけれど、身体の調子が良ければまだ読まなかったかもしれない本を読めたことは、不幸中の幸いかもしれない・・・などと考えている自分がそこにいて、苦笑してしまいました。
「水の透視画法」 逸見 庸 著
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